モノ消費からコト消費へと消費のあり方が変わっている。同時に、単にモノを売って終わりではなく、サービスも一体化して提供するスタイルが一般化しつつある。この流れの中で、「どのようにサービスとして事業を育てていくのか」が改めて問われているのではないだろうか。

今回、eiiconでは革新的で優れたサービスを表彰する「第3回 日本サービス大賞」(応募受付 9/2〜)が始動するにあたり、委員長を務める村上氏にお話しを聞く機会を得た。サービス産業に深い知見をお持ちの村上氏に、日本サービス大賞創設の背景や狙い、過去の取り組みについて聞くと同時に、“優れたサービスが持つ仕組みや共通点”、“サービスとしての事業の育て方”についても教えていただいた。

本記事では、あらゆる業界が“as a Service化”する今、サービスとしてどう事業を育てていくのか、考え方の作法について詳しくお伝えする。

■日本サービス大賞委員会委員長 村上輝康氏 (産業戦略研究所 代表/元野村総合研究所理事長)

1968年4月、株式会社野村総合研究所(NRI)入社。研究員、コンサルタント、現場の管理者、経営者として44年間勤務。2008年より株式会社ベネッセホールディングス社外取締役、2012年より産業戦略研究所代表。2013年より株式会社NTTドコモ取締役(独立役員)。その他、数々の組織で顧問等を務める。情報学博士(京都大学)


■サービス産業の生産性向上が鍵

――まず、「日本サービス大賞」の背景や狙いについて教えてください。

村上氏 : 日本サービス大賞は、サービス産業生産性協議会(SPRING)が主催しています。SPRINGは、サービス産業の生産性を高めることを目的に発足した組織です。というのも、図1を見ていただくと分かるように、1955年にはサービス産業がGDPの約47%でしたが、現在は72%を占めています。日本はものづくりの国だと思われがちですが、実は製造業は2割程度にすぎません。つまり、今の日本経済は、サービスで動いている、といっても過言ではありません。


<図1>GDPの産業別構成、1955年と2016年の比較


村上氏 : では、日本のサービス産業の生産性はどうかというと、図2から読み取れるように、アメリカを100とした場合の日本の生産性は50.7%。アメリカの約半分しかありません。日本の産業の7割以上を占めるサービス産業が、非常に生産性が低い――これが日本の現状です。


<図2>日米の産業別生産性(時間当たり付加価値)と付加価値シェア 2015年


村上氏 : もうひとつ、日本の現状を端的に示している数字があります。「GDP」と「1人当たりのGDP(生産性)」の世界ランキングです。2000年には日本のGDPはアメリカに次ぐ2位でした。1人当たりのGDPも2位でした。では、2018年はどうでしょう。GDPは中国に抜かれて3位です。1人当たりのGDPは何位になったと思いますか?

――5位ぐらいでしょうか…。

村上氏 : 実は、26位まで凋落してしまったのです。経済規模は3位を堅持していますが、生産性で見ると26位にまで落ちてしまった。日本全体で見た時、経済の規模はあるものの生産性はきわめて低い、つまり日本人はもはや豊かではないということなんです。現状維持のままでいいわけがありません。これを何とかしなければならない、というのが私たちの問題意識なんです。

日本のサービス産業は、見方を変えれば伸びしろが大きいとも言えます。サービス産業の生産性を上げれば、日本のGDP、1人当たりのGDPを上げることができるはずです。この考えのもと、2007年にサービス産業の生産性向上を目的とする国内唯一の経済団体「サービス産業生産性協議会(SPRING)」を立ち上げました。

このSPRINGの取り組みの一環として、2015年から「革新的な優れたサービス」を表彰する日本サービス大賞を始めました。2018年11月には「労働力喪失時代のスマートエコノミーを目指して」という提言も出し、サービスイノベーションの全面展開の必要性を提起しました。この流れの中で、モデルとなるようなサービスを見いだし、広くお知らせしていくことで、サービス産業の生産性向上に寄与していきたいというのが、日本サービス大賞にかける私たちの想いなのです。

▲「日本サービス大賞」Webサイト。https://service-award.jp/ 第3回の応募受付期間は、2019年9月2日(月)~10月31日(木)15時迄となっている。結果発表は2020年秋を予定。なお、ロゴは世界的にも著名なグラフィックデザイナー・原研哉の手によるものだ。


■優れたサービスに宿る、価値共創の仕組み

――日本サービス大賞は「革新的な優れたサービス」を表彰するとのことですが、具体的にどのような点を審査基準とされているのでしょう。

村上氏 : 私たちは、優れたサービスの本質である「価値共創」を軸に審査を行います。

――「価値共創」とは、どういうことですか。

村上氏 : 価値共創とは、企業と顧客が一緒になってサービスの価値を創っていくことを言います。まず、価値共創という考え方が生まれた背景からご説明しますね。

――お願いします。

村上氏 : サービスの世界では、2004年に2つの大きなパラダイムシフトが起こりました。1つ目が、全米競争力協議会というアメリカの経済団体が出した「Innovate America」という報告書です。その報告書で、歴史上初めて、「サービスサイエンス」という言葉が誕生しました。従来、サイエンスといえば、基本的には、テレビや自動車、抗生物質といった、モノの世界に貢献するものでした。

ところが、21世紀になって初めて、アメリカが「(目に見えない)サービスのサイエンスが重要だ」ということを言い出したのです。この考え方は、瞬く間に世界中に広がり、「サービスをサイエンティフィックにやろう」という動きが活発化しました。

――では、2つ目のパラダイムシフトは?

村上氏 : 2つ目が、同じ2004年に2人の経営学者が提唱した「サービス・ドミナント・ロジック」という、サービスこそが経済の中心にあるという考え方です。これは、従来のグッズ・ドミナント・ロジックと相反する概念として生まれました。グッズ・ドミナント・ロジックでは、提供者である企業が、顧客に対して価値を“創造できる”と考えます。

一方、サービス・ドミナント・ロジックでは、企業が価値を創造できるわけがない。企業ができることは、価値を“提案する”ことだけだと説明します。価値そのものは、顧客の中にあって、顧客の中にある価値を一緒になってCo-create(共創)するのがサービスなのだと、こう提唱しました。

――世界中がサービスに対する見方を大きく変えていった、と。

村上氏 : はい、この2つの考え方がサービスの世界を突き動かしています。そして、私たちもこれらの考え方の上に立って活動を行っています。審査基準である「価値共創」についても、この考え方をもとにしています。

図3は日本で開発された価値共創のフレームワークです。サービスにおいては、提供者(企業)が利用者(顧客)に対して価値提案を行います。価値提案というのは、特定のコンテンツを、特定のチャネルを使って、特定のコンテキストで送り届けることです。ただし、利用者は「はい、ありがとうございました」とそのまま受け取るわけではありません。利用者は、“事前期待”というものを持っています。利用者の事前期待と、提供者の価値提案が出会って、非常にダイナミックなやり取りをします。そのやりとりが「価値共創」なのです。


<図3>サービス価値共創フレームワーク(ニコニコ図)


――提供者が“価値を提案”し、利用者は“事前期待”を持ってそれを受け取る、と。

村上氏 : それだけでは終わりません。価値共創が行われると、提供者は必ず顧客の満足度評価を行います。満足度評価は、通常の顧客満足度調査だけでなく、ミステリーショッパーズ調査等、多様な手段を用いて行われます。そして、顧客の満足度が十分高ければ、次のラウンドのサービスの事前期待を高めることになります。そして、次の事前期待は、次の価値提案と出会い、また価値共創が行われるという流れです。これが、利用者サイドで起こる価値共創です。

――利用者サイドの価値共創は、事前期待と満足度がポイントですね。

村上氏 : このフレームワークにはもうひとつ特徴があります。一般的な価値共創は利用者サイドでのみ起こると言われています。ですが、このフレームワークでは、提供者サイドでも価値共創が起こっていると考えます。それが提供者による「学習」を通じた価値共創です。

利用者サイドの価値共創の過程で、利用者は、様々な価値発信を行います。それは、形式的な顧客満足度調査でだけでなく、SNS上でのつぶやきや、顧客の表情や仕草かもしれません。

提供者は、顧客へのサービスの場で、感覚を研ぎ澄まして顧客の価値発信をとらえる必要があります。

もし的確に価値発信をとらえることができれば、それは、提供者が既に蓄積している知識・スキルと出会います。企業というのは、知識・スキルの蓄積を武器にしますね。このすでに蓄積されている知識・スキルと

新たにとらえられた価値発信の結果が出会って、何らかの学習が行われます。提供者サイドで起こる価値共創というのは、つまり利用者の価値発信の把握から生まれる学習なのです。ですから、提供者サイドでは、顧客の価値発信から「何を学んだのか」という、学習度評価を行わなければなりません。提供者は新たに学習した知識・スキルをもとに、次のラウンドの新たな価値提案を行うのです。サービスイノベーションはこうして進んでいきます。

――提供者サイドは、満足度調査で得た学びをもとに、改善を重ねていくのですね。

村上氏 : ただし、もう1点留意すべき点があります。価値共創が起こったとしても、そのサービスは持続可能だというわけではありません。マーケットで資源投入がなされて、付加価値が生成され、その結果として給料も払えるし、新しい価値提案のための投資ができる――そうなって初めてそのサービスは持続可能だと言えます。ですから、私たちは「利用者サイドの価値共創」と「提供者サイドの価値共創」に加えて、「マーケットで成果が出ているか」も評価の軸に加えています。さらに、「国や社会全体に貢献しているか」についても見ていきたいと思っています。


■受賞サービスに共通する、企業と顧客の双方向性

――なるほど、審査基準がよく分かりました。日本サービス大賞は、今年で3回目となりますが、過去2回において、具体的にどういったサービスが受賞してきたのでしょうか。受賞のポイントもあわせてお伺いしたいです。

村上氏 : 2つの事例をご紹介します。まず1点目ですが、第1回目の内閣総理大臣賞を受賞した九州旅客鉄道株式会社(JR九州)の「ななつ星 in九州」です。

ななつ星は、ご存知の通り35億円の豪華列車ですが、サービスとしても大変優れています。というのも、旅行者は旅行に出発する数カ月前に抽選で決まります。当選した旅行者1組に対してツアーデスクという担当がつき、旅行までの間に数カ月かけて20~30回のやりとりをするんです。機関紙やメール、手紙、電話、さらにはお伺い書の共同作成という形で行われます。そのやりとりの中で、お客様への理解を深め、3泊4日の旅行のコンテキストを徹底的にデザインします。そして、それに応じたサービスを提供するんです。双方向でコンテキストをデザインしていく点が、サービスとして非常に優れています。

Photo : Hirokazu Fukushima( frap Inc. )

――確かにお客様の事前期待を深く把握してから、サービスをデザインする点は特徴的です。

村上氏 : 2点目が、第1回目の地方創生大臣賞を受賞した、NPO法人東北開墾の「食べ物付き情報誌 食べる通信」です。きっかけは東日本大震災でした。震災により東北の生産物が売れない状況をなんとかしたいとの想いから、発起人である高橋博之さんは情報誌を立ち上げました。情報誌を通じて、被災地の農業・漁業についての深い情報を発信するということを始めたんです。発信内容は、生産者のプロフィールや取り組んでいる内容、想いなどです。

そして、情報誌に牡蠣やサクランボといったモノをつけるという、通常とは逆の仕組みを構築しました。ネットでの掲載だけではなく、SNSやイベントを通じて、徹底的に生産者の情報を出し、顧客と太い関係づくりを行ったんです。

同時に、生産者に対して「SNSなどでお客様からメッセージが来た時には、必ず返信してほしい」と依頼しました。情報を発信しつつ、徹底的に返信するということをやったわけです。その結果、双方向のやりとりが生まれ、かつ非常に質の高いコミュニケーションが行われるようになりました。

その一例として、ある秋田県の農家が、「連日の雨により収穫ができなくなった」とSNSで発信したところ、各地から200人もの人たちが来て、収穫を手伝ってくれたそうです。単なる情報のやりとりだけではなく、共感関係が生まれていることの証です。

――生産者と顧客という関係を超えていますね。

村上氏 : その後、この取り組みは全国へと波及し、約37の類似の情報誌が生まれました。高橋さんは、それをリーグ化し「食べる通信リーグ」というものをつくりました。また、「ポケットマルシェ」というオンラインの産直市場も創設。さらには、日本の生産物を海外へと輸出するために、東急さんと組んで、タイのバンコクにも進出したんです。顧客からの価値発信をキャッチし、どんどん事業を進化させているという、非常に優れたサービスだと思います。

――顧客の価値発信を徹底的に拾っていくための仕組み化ができている事例ですね。

村上氏 : これらのサービスの本質は、サービスモデルが優れているということなんです。一般的には、ビジネスモデルの優れた企業が成功すると思われています。ビジネスモデルとは、企業が儲ける仕組みのことですね。一方、サービスモデルとは、優れた価値共創の仕組みのことです。「ITを駆使して売り抜けてやろう」ではなく、「顧客と向き合って一緒になってサービスをつくっていく」――そんな企業を、私たちは日本サービス大賞を通して、もっとたくさん見つけ、発信していきたいと考えています。

<過去受賞一覧> https://service-award.jp/award_index.html


■表彰して終わりではない、そこからがスタート

――日本サービス大賞を受賞することで、企業にはどういう特典があるのでしょうか。

村上氏 : まず、プロモーション効果は大きいと思います。表彰式には必ず内閣総理大臣が来られます。内閣総理大臣賞の他に、各分野ごとに6つの大臣賞を設けていますが、原則として各大臣が出席し、想いを込めて表彰します。その情報を各メディアにも掲載していくので、サービスの認知を高めるために、非常によい機会となるはずです。

また、私たちは、表彰は始まりだと捉えています。受賞企業とメディアの接点をつくったりだとか、直接お話しいただく機会を設けたりだとか、そういった取り組みを進めていきます。受賞をきっかけに、新しい声がかかるということも、実際にありますね。「表彰されて終わり」という賞にするつもりはありません。

――優れたサービスモデルを、日本全体に伝播させる役割を担われているわけですね。

村上氏 : そうですね。ですから、サービスイノベーションの模範事例になるようなものを選びたい。単にサービスとして優れているだけでなく、担い手の行動パターン・発想が新しいイノベーションを生み出すきっかけになるようなサービスを選ぶことができれば、と期待しています。将来、大きく成長する可能性のある企業や団体を見いだし、知名度を上げます。それらのサービスモデルの根底にあるものを、広く伝播させることで、日本のサービス産業、さらには日本の経済全体に貢献していきたいと考えています。


■ビジネスモデルではなく、サービスモデルから始めよ

――最後に、新しい事業やサービスを作り出そうとしている人たちへアドバイスをお願いします。

村上氏 : 新しい事業やサービスに着手する時、ビジネスモデルから始めやすいですが、大事なのは優れたサービスモデルです。優れたサービスモデルがないところには、優れたビジネスモデルなんてものはありえません。そこをまず認識することが大事だと思いますね。

また、日本はものづくり大国の伝統が根強く残っていて、グッズ・ドミナント・ロジックが産業界に染みついています。しかし、今、世界はサービス・ドミナント・ロジックで動いています。この認識の作法をしっかり理解しなければ、企業も国も生きのびてはいけません。独りよがりで、多機能・高品質な製品をつくればいいわけではありません。顧客の価値を実現するものがサービスです。このスタンスで自分たちのビジネスを再定義するべきだと思います。


■取材後記

トヨタが「自動車をつくる会社」から、“移動”に関するあらゆるサービスを提供する「モビリティカンパニー」へとモデルチェンジしたことが記憶に新しい。しかし、MaaSやSaaSという言葉が一人歩きし、「as a Service(サービスとして)」事業を推進していく方法を明確に心得ない企業も多いのではないだろうか。今回の取材で教えていただいた「価値共創のフレームワーク」は、モノを売ることからコトを売ることにギアチェンジした企業にとっても、参考になる内容だと感じた。

第三回目となる「日本サービス大賞」の応募受付開始は、9月2日(月)を予定している。会社規模、設立年数、業種は問わないという。サービスを提供している企業であれば、サービス産業である必要もない。応募用紙はもう公開されているので、以下のURLから詳細を確認のうえ、栄えある受賞を目指してみてはどうだろうか。

https://service-award.jp/

(構成:眞田幸剛、取材・文:林和歌子、撮影:加藤武俊)