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【オープンイノベーター列伝/巌真一宏】「人が集い、新しい何かが生まれる場」としてのカフェを創る

巌真一宏 (いわま かずひろ)氏は、慶應義塾大学経済学部卒業後に三井物産へと入社。その後パタゴニア日本支社、ソフトバンクを経て2002年スターバックスへ入社。東日本店舗営業本部長、コミュニティアウトリーチラボ チーフディレクターを歴任し、現在はスターバックスコーヒージャパン健康保険組合常務理事。“人々が集まり会話が交わされ、新しい何かを生み出すためのインスピレーションが得られる場”の創生をライフワークとする。

 

■被災地で聞いたある言葉から生まれた復興支援プロジェクト“道のカフェ”




2011年7月、陸前高田。そこには、コーヒーを片手に笑顔で語り合う地域の人の輪があった。カフェづくりを通じて被災地のコミュニティ再生につなげる復興支援プロジェクト“道のカフェ”が開催されたのだ。

巌真氏は、仕掛け人の一人だ。きっかけは被災した方からのある一言だという。「震災直後の2011年5月、公益財団法人松下政経塾による被災地スタディーツアーにプライベートで参加しました。訪れた陸前高田市の避難所で『そろそろコーヒーでも飲んで、一息つきたい』という声が聞こえてきたんです。それを聞いたら、何かせずにはいられませんでした」

東京に戻った巌真氏は、すぐに松下政経塾、キヤノンと共に企画を練った。そして“カフェづくりを通じてコミュニティ再生を支援する”というコンセプトで“道のカフェ”を生み出す。「単に無料で配るだけでは、結局コーヒーを持って仮設住宅に戻ってしまう。それでは私たちが行く意味がありません。どうせなら地元の人たちを巻き込んで、将来につながることをしたかった。そこで立ち返ったのはカフェの原点です。もともとカフェは知らない人同士が集い語らうことで、新しいつながりや何かを生み出すエネルギーを得る場。スターバックスも『サードプレイス』という言い方をしていますが、まさにそんな場を創造することが重要だと考えました」

 

■各々が強みを発揮し、地域コミュニティを再生




“道のカフェ”プロジェクト設計の柱としたのは、大きく2つ。ひとつは、椅子とテーブルを設置したカフェスペースを作り、皆が語らう場を作ること。そしてもうひとつは、その場限りの交流ではなく、地域の人同士の持続的なコミュニティを創ることだ。

「“お店対お客様”という関係では、単にコーヒーを提供して終わってしまいます。そこで仮設住宅にお住まいの世話好きな方々にエプロンをつけてサーブする側になってもらいました。私たちスタッフもただコーヒーを作るだけではなく、お客様たちと一緒に椅子に座って知らない人同士の会話が弾むきっかけづくりや、1人でポツンとしている人がいないよう輪を作るようなファシリテートを行いました。日本人は特に知らない人同士の会話が苦手ですから、コミュニケーションしやすいような設計が大切ですね」

仮設住宅では、色々な地域から集まった知らない人同士が隣り合って暮らしているケースが多い。だからこそ人と人との壁を取り払い、新たな交流を生む仕掛けが必要だった。そこで“道のカフェ”では開催中のシーンをプロカメラマンが撮影し、その場でキャノン社のプリンターでプリントして地域の方に渡すという企画も行われた。

「震災で多くのものを失ってしまったかもしれないけれど、また新しい思い出を作っていこう。そのための第一歩にしよう。そんな想いで企画しました。当初は何ができるのか手探りの状況でしたが、結果として松下政経塾、キヤノン、スターバックスといった連携した各団体が各々の強みを発揮したプロジェクトになりましたね」

“道のカフェ”は今では巌真氏の手を離れているが、現在も高校の文化祭で出店するなど様々な形で活動は続いている。さらに陸前高田では、住民の方々が自らカフェスペースを作っているという。巌真氏が最も伝えたかった、人が集まりつながる場を作ることの大切さと楽しさが、地域の人々の心にしっかりと根付いているようだ。

 

■カフェを通じて、志賀高原の活気を取り戻す。個人としての挑戦


「“道のカフェ”の活動を通して、被災地に限定せず、人が集まり会話が生まれる場をもっと作っていきたいと考えるようになりました」。巌真氏はスターバックス社内でコミュニティアウトリーチラボを立ち上げ、様々なコミュニティの人々と人が集まる場の創生に取り組むようになった。

その一環で相談を受けたのが、志賀高原の横手山・渋峠スキー場だ。全盛期は多くのスキーヤーで賑わっていたが、現在は当時の1/3にまで来場者が減ってしまったという。この地を再び活性化させようと、巌真氏の指揮のもと2013年12月に1シーズン限定でスターバックスの店舗を出店した。

「シーズンが終わり退店する時に、『これからも手伝って欲しい』という声をいただき、その後は個人的に支援を継続することにしたんです。この地が再びビジネスとして成功し、観光客で賑わう様子を見たいという想いもありました」。こうして、巌真氏個人と志賀高原との取り組みが始まった。「地方創生というほど大々的なことは考えていません。志賀高原を再び人が集まる場にしようという目標に向けて、地元の方々と話し合いながら小さな試行錯誤を重ねています」

2015年にオープンしたカフェは、“クランペット”という英国発祥の軽食パンが看板商品だ。機材はオークションサイトで安いものを買ったり、地元のホテルの社長さんに使わない冷蔵庫を譲ってもらったりして揃えた。イタリアやフランス、台湾などからの海外留学生インターンを受け入れたりもしているという。
「絵を描いてもらうなど、関わってくれた人それぞれの良い部分をつなげて、小さなことを積み上げている段階です。まだまだ赤字ですね」。今後はクランペットカフェを起点として、地元農家の方々と協力した野菜や果物の販売や、隣県の草津温泉との連携などネットワークを広げ、人を集める仕掛けをしていくという。

目立った変化が起きるのはまだこれからだろう。しかし巌真氏が手弁当で地域コミュニティに入り込むことで、少しずつ人と人とがつながり、新たなものが生み出されつつあることは確かだ。「今は試行錯誤の段階ですが、ゆくゆくは地元の人たちの中から自然発生的に新たなムーブメントが生まれてくる形につなげたいと思います」

 

■オープンイノベーションが真に根付くには、教育現場からの改革が必要




様々な人や企業の強みを活かして、新たな価値を生み出す。まさにオープンイノベーターといえる巌真氏だが、本人はその言葉に少し違和感を抱いているようだ。アメリカが発端になり、日本でもオープンイノベーションという言葉が流行しているが、根本が異なるのだという。

「私は教育現場がカギなのではないかと思います。例えばスタンフォード大学では違う学部の人同士が混ざるゼミがあります。何かを目指すには多様な力が集まることが必要だということを肌で感じているのだと思います。それに対して日本では知らない者同士が多様性を受け入れコミュニケーションをとっていくような教育を受けていません。社会人になって改めて異業種交流をする、となるとどうしても打算が働く場合があります。しかし、本当にそこから意外なものが生まれるのでしょうか」

オープンイノベーションが本当に日本の社会を変える大きな原動力になるためには、少し時間はかかるが、教育現場に取り込んでいく必要があるのだろう。

 

■山の上だけではない。様々な場所で人が集いつながる場を作っていく


「今はクランペットカフェのスープを開発しているんです。私は料理が得意ではないので、妻も巻き込んでいます」と言う巌真氏。今もほぼ隔週で、週末は志賀高原に出向いているという。その根底にあるのは、やはり「人が集まり会話が生まれる場を作る」という強い想いだ。

「アメリカやヨーロッパのカフェに行くと、お店の人とお客さん、そしてお客さん同士の壁が非常に低い。そこで初めてあった人同士で会話が弾んでいるような場がよくあります。そうした場を作るノウハウを、“道のカフェ”で確立して、志賀高原で活かそうとしています。しかしこのノウハウは山の上だけではなく、あらゆるところで発揮できる。東京都心では特にそんな場が必要なのではないかと思いますね」

確かに都心のカフェは“人と人がつながる場”というよりは、音楽を聴いたりPCを使ったりという“一人になる場所”“現実逃避する場所”という印象が強い。カフェの本来の目的とは、大きく異なる姿になってしまっている。「もちろんそういう役割もカフェにはあると思います。しかし中には『あのカフェはパソコンやっていると野暮だよね。皆でわいわいがやがやできる雰囲気がいいよね』という場も作りたい。そういう場が、社会にとって大きな財産になると思います」

特に東京は今後、海外からのビジターが急増している。「色んな国から来た人たちも混ざり合って、ワイワイ話しているうちに何か新しいものが偶然生まれたら面白いですよね」。近い将来、巌真氏が生み出した新しい場が、日本のあらゆる場所で見られるかもしれない。

 

■最後に


巌真氏は、カフェという「場づくり」と通じて人々のコミュニケーションを活性化し、新しいものが生まれることを期待している。巌真氏のように「人が集まり、つながる場を作ることの大切さと楽しさを知ること」が、オープンイノベーションを起こすための一つの有用な手段になるのかもしれない。さらに、巌真氏が指摘したように、教育の現場に多様性を受け入れるプログラムを導入することが日本のオープンイノベーションを進化させる原動力にもなるだろう。

(構成:眞田幸剛、取材・文:佐藤瑞恵、撮影:加藤武俊)