オープンイノベーション界隈に身を置き、数多の事例を見てきている業界人たちの知恵をオープンにしてしまおうという企画「オープンイノベーターズバトン」。株式会社マクニカ 新事業本部 幸村潮菜氏からバトンを繋いだのは、カナダ大使館 商務部でイノベーションを担当するロウェナ・コウ氏です。

コウ氏は、2016年8月に駐日カナダ大使館の商務部に赴任して以来、インフラや金融部門などを担当。2018年9月より、イノベーション担当として、日本企業とカナダ企業のオープンイノベーションを繋ぐハブとして活動されています。――第6回目となる「オープンイノベーターズバトン」では、カナダのオープンイノベーションのトレンドや、日本企業が海外のスタートアップとのスムーズな連携を実現するための秘策をお伺いしました。

カナダ大使館 二等書記官 商務部

ロウェナ・コウ 氏

2011年、カナダ外務省に入省、2016年8月に駐日カナダ大使館に赴任。インフラや金融セクターなどを担当、2018年9月よりイノベーション担当となり、現在に至る。


ファシリテーターとして日本とカナダを繋ぐ役割を果たしたい

2016年8月に駐日カナダ大使館に赴任して以来、商務部で林産業やインフラ、金融セクターを担当してきました。2018年3月には、オープンイノベーションにも関わるようになり、正式にイノベーション担当になったのは同年9月からです。日本におけるオープンイノベーションで特に印象に残ったのは、スタートアップイベント「スラッシュ」に参加したとき。展示を見て、日本の大企業がスタートアップとの連携を急速に進めていると感じました。さらに、2020年にオリンピックが東京で開催されることが決まり、経済的な活気も得て、日本はここ数年で変わったという印象を持っています。

私はこれまで日本に対して、どちらかというと保守的なイメージの国としてとらえていました。しかし経済成長と訪日外国人の増加により、市場は開かれてきています。同時に日本のカナダへの関心も高まっていると感じます。2018年11月にはそうした声に応え、日系企業15社による使節団をトロントとモントリオールにお招きしました。

日本企業からのニーズはもちろん、VCからのニーズも加速的に増えています。直近の数ヶ月内でも、ニコンはwrnch(レンチ)社への出資(※1)を、リクルートはProperly(プロパリー)社への出資(※2)を、アシックスはCurv Labs(カーブラボ)社への出資(※3)をしました。日本の大企業とカナダのスタートアップとの連携事例が増えています。

日本とカナダの連携において一番大切な事はお互いをよく知る事です。私はファシリテーターとして壁を越えて互いを繋ぐ役割を果たしていきたいと思っています。今年10月に開催されるイベント「ILS(リーダーズ・イノベーション・サミット)」には、19社のカナダ企業を連れてくることになっています。カナダ企業も、日本のマーケットにオポチュニティーがあると判断するからこそ日本へ来る機会を求めています。19社もの企業が来日し、イベントに参加するということは、それだけ日本の認知度が上がったことの証であり、私たちの活動の成果の1つだと考えています。

※1 …… カナダのwrnch(レンチ)社への出資に関して

※2 …… AIを活用した独自査定アルゴリズムを活用し不動産買取・再販事業を展開するProperlyへ出資

※3 …… 投資子会社「アシックス・ベンチャーズ株式会社」が モーションキャプチャーツールのソフトウエアを開発するカナダ・トロントのベンチャー企業「Curv Labs Inc.」に出資


ピンポイントで求めることを提示する

日本が海外企業と連携するうえでぜひ考えていただきたいことは、何を求めているのかを明確に提示することです。私は仕事柄、たくさんの日本の大企業の方とお会いしますが、彼らは求めるスタートアップ像について、とても長いリストを作成されます。10のセクター、または技術があって、「この中でどれを一番重視しているのですか」と尋ねると、「チャンスを逃したくないからすべて重視したい」とお答えになります。しかし、焦点を広げすぎてしまうと、逆に目標がぼやけてしまいます。

ですからAIテクノロジーでも、先ずはAIの何について知りたいのかを明確にしておく必要があると思います。カナダ企業がAIテクノロジーについて考えるときは、「自分たちのこういうところを効率化したいから、こういうAIが欲しい」と、具体的な課題と提示し、解決策を求めてくるので、ゴールへ向けて効率的に進んでいくことができます。

日本からも最近視察が増えてきています。視察の段階で既にビジネスの扉が開かれています。お互いが現場で顔を合わせる事のできる貴重な機会です。明確な目的を持って視察にいらしていただく事により、お互いのビジネス促進への具体的な方策が見つかるのではないでしょうか。


カナダのオープンイノベーション事情

マイクロソフト、フェイスブック、グーグル、アマゾン、インテル、ウーバーなど米国の大企業がカナダにIT拠点を構えていますが、これはAIや人材だけではなく、カナダのエコシステムに魅力を感じているからです。「MaRS」というトロントの世界的なイノベーションハブでは、約100社の大企業やスタートアップ、研究員が同じファシリティ内にシェアスペースを借りてイベントで協業したり、コンペティションを開催したりしています。

1つ屋根の下での小さいエコシステムだけではなく、近隣の大学施設と連携したり、新しいアイデアを病院などの施設で実証したりする環境も持っており、そのようなところが多くの企業にとって魅力となっています。産官学連携の成功事例として有名なMaRSは、大都市の中で最も人口密度が高いトロントにあるカナダ最大の施設です。MaRSは2000年に地元の民間の有志により創設されました。後に政府や企業やトロント大学のサポートを受けて大きく成長し、手狭となったため現在2施設目を建設中です。

カナダ政府はR&Dに対するファンディング資金を4、50年前から付けています。現在、カナダではAIが盛んですが、カナダのAIがこれだけ加速度的に注目されるようになった背景は、R&Dに対する連邦政府や州政府のファンディングと、「AIのゴッドファーザー」と世界的にも呼ばれている3名の大学教授が旗手となり、その元に研究者や学生が集まることにより大学アカデミアを中心としたエコシステムが形成されたことにあります。これまでカナダでは、研究を商業化するところに課題がありましたが、そこをスムーズに回すためのイノベーションエコシステムが上手く機能し始めています。


AI技術に強い、カナダ企業

カナダのアクセラレータは大学併設であることがほとんどです。大学併設なので、ほぼ連邦政府や州政府が支援しており、スタートアップなら無料でアクセラレータを利用できます。カナダのDMZは大学併設のアクセラレーション・プログラムとしては世界ナンバーワンにランキングされています。

AIに特化したアクセラレーションプログラムCDL(クリエイティブ・ディストラクション・ラボ)も特筆すべき特徴です。トロント大学から始まった同プログラムは現在、モントリオールなど6カ所で展開されています。そこに入ることはとても難しいし、非常に厳しいプログラムをこなさなければいけません。卒業時には、科学に基づいたアイデアだけではなく、それをいかに商業化してビジネスにしていくかというビジネスモデルまで構築できる人間が育ちます。ですからここを卒業したスタートアップは、アイデアだけではなく、基盤がしっかりできて、きちんとしたビジネスモデルを持っており、日本のマーケットでビジネスをする準備が整っている人材ばかりです。

カナダではいたるところでAIが使われており、スタートアップはAI技術を活用するのが基本です。トロントではAIとフィンテックを使った産業用のソフトウェア企業など、AIやビッグデータを活用する会社が多いです。トロントは元々カナダの金融の中心地であるため、フィンテックも強いです。

AI以外の産業で言うと、トロント近隣のウォータールーは自動車製造業が盛んで、トロントとウォータールーは、製造業のハイテク企業が多いです。モントリオールではAIとデジタルメディアやゲーミングが強く、例えば日本のスクエアエニックスはモントリオールにスタジオを持っています。トロント、モントリオールは医療分野にも強いです。バンクーバーはデジタルテクノロジー、フィンテック、デジタルメディア、ゲーミングに強いという特徴があります。


真のオープンイノベーションは人と人との繋がりにある

日本企業は、パートナーシップと長期的目線で事業に携わっていることが魅力的です。また、カナダには日本のような大企業がそれほどなく、ほぼSMEで成り立っています。世界的に事業を拡大している日本のビジネスモデルは、カナダ企業が世界中に拠点を構えるという意味でも良いパートナーになれると考えています。

私たち大使館の仕事はカナダ企業の日本進出と、日本からカナダへの投資の促進、そして日本の大企業とカナダのスタートアップとを繋ぐことです。東京のカナダ大使館以外にも、札幌、大阪、名古屋、福岡には通商事務所があり、日本全国をカバーしています。私たちイノベーション担当の部署では、先程のILS などではイベントへの参加だけではなく、来日するカナダ企業のニーズに耳をかたむけ、新たな商談の機会を提供します。

カナダ企業に興味があるが、どうしたらいいかわからないという場合は、まずカナダのVCやアクセラレータと繋がるのが良い手法です。カナダのVC、アクセラレータには、そこに連なるポートフォリオスタートアップがあるので、日本企業の特性に応じて紹介を受け、繋がることができます。

カナダ人と連携することに対して、抵抗のある日本人の方もいらっしゃるかもしれません。しかしカナダ人と日本人の性格には相通じるところがあります。例えば、カナダ人もどちらかというろ保守的であり、関係性を重要視します。さらに、長期的な視点で物事を見る傾向があります。自分の専門分野での経験値のある30~50代のカナダの起業家は、長期的な視点でビジネスを考えています。そうした特徴は、日本と相性がいいのではないでしょうか。

カナダのスタートアップもカナダのそうした保守的な土壌にあります。失敗はなるべく避けたい、新しいテクノロジーに対して不安や抵抗がある土壌の中でビジネスを展開してきたカナダのスタートアップは、日本に来る前に既に、保守的な大企業と連携するための訓練を積んでいると言えます。

真のオープンイノベーションは人と人との繋がりにある、と私は考えています。収益目的のパートナーシップが世界で多く見られますが、そうしたパートナーシップは、始まるのは早いものの、終わるのも早いです。同じ価値観を見出しているパートナーと繋がることにより長期的な成長が可能であり、カナダにはその環境があります。カナダのVCやアクセラレータと繋がりたいときは、カナダ大使館の商務部がご紹介いたしますので、ぜひお声がけください。カナダに出張に行きたいというときも、先ずは私どもにご相談いただければ、適切な時期など、タイミングを逃さず機会を創出できるようご案内します。カナダでは、いろいろな国からオープンに、そうしたご相談を歓迎しています。

例えば、「Collision(コリジョン)」という北米で急成長しているITサミットがあるのですが、カナダのエコシステムが成長していることから今後3年間、トロントでの開催が確定しています。今年の5月が初年度で、大使館はカナダに興味のある日本企業の方々と現地に行きましたが、そこではイベント参加だけではなく、参加することでどのようなことを達成したいかお聞きして、それに合ったスタートアップをイベントの場でご紹介するサービスを提供しました。

カナダのスタートアップと同じテクノロジーを持った会社は世界中どこにでもいると思いますが、大事なのは、成長できるポテンシャルであり、それが持続可能なビジネスを実現させます。日本との協創により、成長できる可能性のあるスタッフを、カナダで見つけられると私は確信しています。

技術においてもカナダの持つAI技術は多くのものを提供できます。AIを使えば、1つの会社の中でも、いろいろな分野において、包括的にソリューションを提供できます。私たちと一緒に、デジタルトランスフォーメーションの新たな世界をぜひ実現させましょう。

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コウさんのお話の中から、オープンイノベーションの成功のエッセンスとして導き出されるのは主に以下のポイントです。

●「カナダの魅力はAIとイノベーション人材」……カナダの先進的AI技術を活用すれば、1つの事業だけではなく、横断的なソリューションを生み出せる。たとえば、CDL(クリエイティブ・ディストラクション・ラボ)卒業生は厳しい訓練を経て、日本のマーケットでビジネスをする技術を備えた有能な人材が揃っている。

●「真のオープンイノベーションは人と人との繋がり」……同じ価値観を持つパートナーと繋がることで、長期的な成長が可能。

●「何を重視したいかを明確にすると効率的」……課題の焦点を絞り、カナダのスタートアップに解決策を任せてみよう!


(編集:眞田幸剛、取材・文:菅葉奈、撮影:古林洋平)