オープンイノベーションを牽引している人物=『Open Innovators』にフォーカスし、リアルな話を「遠い登壇者」としてではなく「自分事化」できる形で聞く。――オープンイノベーションに本気で取り組む人々に向けたインタラクティブなイベント「Open Innovators オープンイノベーションの仕掛けビトに聞く(eiicon主催)が、2019年11月に開催された。

第1回目となる今回は、“オープンイノベーション実践の最前線”をテーマに、「京急アクセラレータープログラム」を立ち上げ、オープンイノベーションによる新規事業創出を目指す京浜急行電鉄の橋本雄太氏が登壇。「京急アクセラレータープログラム」は、2017年度・2018年度と2回開催。直近に実施された2018年度(第2期)においては、新しい移動手段や、移動先をより快適にするサービス・コンテンツの創出に挑むスタートアップ5社を採択し、新たな顧客体験の創出に向けて共創を推進している。

では、橋本氏は新規事業担当者としてどのようにオープンイノベーションを実践してきたのか。これまでの事例を紐解きながらオープンイノベーションに取り組む姿勢や組織体制などが紹介された。なお、モデレーターはeiicon company 代表/founder 中村亜由子が務めた。


■京浜急行電鉄株式会社 新規事業企画室 橋本雄太氏

大手新聞社、外資系コンサルティングファームを経て2017年4月、京浜急行電鉄に入社。スタートアップとのオープンイノベーションによる新規事業創出を目指し、「京急アクセラレータープログラム」を立ち上げ、プログラムの設計・運営、採択企業との事業連携を推進。同社におけるオープンイノベーション戦略の企画・実行をリードする。また、2019年7月にはオープンイノベーション拠点「AND ON SHINAGAWA」を立ち上げ、新しいエコシステムの形成を進めている。


オープンイノベーションの第一歩は、明確なビジョンを打ち立てることから始まる。

京急は、今後進むモビリティ変革を見据え、異業種とのオープンイノベーションによる次世代の交通インフラの構築と、多彩な顧客体験の創出に取り組んでいる。オープンイノベーションが盛んな鉄道業界において、京急の取り組みは後発でありながら、なぜ成果を出すことができているのか――。

まず橋本氏は、「鉄道会社の手掛けるビジネスはいずれも地域密着。必然的に利用者が減少していく中で重要になるのは、インフラの提供だけでなく、新しい顧客体験を次々に生み出し続けること。京急では、【モビリティを軸とした豊かなライフスタイルの創出】というビジョンを掲げている。オープンイノベーションを成功に導くには、そういった明確なビジョンを持つことが大事」と述べた。

来場者からの「ビジョンはどのように作り上げていったのか?」という質問については、「鉄道会社として、次の時代を見据えて何をやるべきかを考え、改めて自分たちをモビリティカンパニーであると定義した。その際には、各事業部へのヒアリングを重ねたり、モビリティ変革とは何かを学ぶために、著名な先生を招いて、経営幹部相手に講演を開いてもらったりしながら全社の理解を深め、言語化することで具体的なビジョンに落とし込んでいった」と回答。

10年後や20年後のビジョンを掲げても、現場に自分事化させるということは難しい。橋本氏は、「打ち立てたビジョンを、アクセラレータープログラムなど具体的な活動にどう結びつけるかも大事なポイントである」とアドバイスをした。


橋本氏が考える、アクセラレータープログラムの魅力とは?

オープンイノベーション担当者として橋本氏は、なぜアクセラレータープログラムに注目したのか。

「新規事業企画室に配属された当初は、CVCという形で投資をしていきたいと考えていた。ただ、いきなり投資をしてもシナジーの創出を図るノウハウもなく、結果が出るまで時間が要してしまう。――そうしたことから短期間で事業連携を図りやすいアクセラレータープログラムから始めることになった」と語る。そして、橋本氏がアクセラレータープログラムに感じる魅力は以下の3点だという。

●期間を区切ることで、双方がコミットしやすい 

●社外へのPR効果が高い

●何をしているのか分かりやすいため、社内を巻き込みやすい

事業の根幹である各種リソースをスタートアップに提供することは、制約もあり、難しい。また、容易には結果が伴わないことも多い。そこで、「モビリティが変われば既存事業の在り方も変わる」というストーリーをしっかり打ち出しながら、中長期的な取り組みであることの理解を得ることに奔走したそうだ。今ではプログラム自体が徐々に社内に浸透し、期を重ねるごとに得られる理解も大きくなったという。


現場の課題をヒアリングしながら、各事業部を回って提案を続ける。

次にインタラクティブセッションの形で、モデレーターであるeiicon・中村からいくつか質問が投げられた。最初の質問は「どのような組織体制で運営しているのか?」

橋本氏は、「担当者は1~2人と、少人数で運営している。」と回答。現在は、VCがコンサルとして入っており、プログラム運営の細かいところをフォローしてもらいながら、京急側は全体の企画・立案、実証実験の実行、各事業部門との社内調整を中心に動いているという。

さらに、社内の巻き込みはどうやっているのか?」という質問には、「リソースを有する事業部が主体的に動ける仕掛けをすることが大事」と話す橋本氏。

アクセラレータープログラムを回していくためには、社内のリソース活用にコミットすることが重要となる。経営陣を納得させても、ボトムアップで「やりたい」という思いで現場レベルまで巻き込まないと意味がない。そのために橋本氏が取った行動は、現場の課題をヒアリングして、各事業部門に合うスタートアップを探しだすこと。――現場から「面白いね」と言われるスタートアップを採択することで、事業部が主体で動けるプログラムへと成長させた。

▼京急における「オープンイノベーション戦略のポイント」


成功体験を増やし、社内の熱量を高めていく。

上記のように各事業部に提案に回ったという橋本氏だが、中途入社ながら、なぜこうした「社内の巻き込み」ができたのだろうか――。

「全ての事業部を巻き込めているわけではないのですが、“巻き込んでいる雰囲気を出すこと”が大事(笑)」と話す。一定の領域で裁量を持ち、且つイノベーティブな意識のある人を巻き込んで、彼らにフィットするスタートアップを探し出すことも多いそうだ。

さらに、橋本氏はこのように話を続ける。「熱量が高い既存事業部が無いとアクセラレータープログラムは成功しません。徐々にスタートアップとの接点を増やしながら小さな成功体験を増やし、熱量を高めていきました」。

若手社員を巻き込むために、「AND ON SHINAGAWA」で開催されるイベントに呼んだりすることもあるという。また、社内イントラを活用して関連記事や最新のイノベーション・トレンドの情報発信を行い、刺激を与える活動も行なっている。加えて橋本氏は、「オープンイノベーションの活動は、社内でもまだまだ認知が高いとは言えない。既存の事業部から見れば無駄に見えることも多く、壁に当たる機会も多いが、先を見て動いている””必要なことをやっている”という自信を持って活動し続けることが大事」と、オープンイノベーション担当者ならではの立ち振る舞いについてもアドバイスした。

会場からの「関係者のモチベーションの維持」についての質問には、「アクセラレータープログラムのDemoDayには必ず社長をはじめ経営幹部を招き、事業部の関係者は登壇して、自身の言葉で語ってもらっている」と回答。「会社員としての行動力学を理解し、評価等で何らかインセンティブを付けることも必要」と、現場ベースでオープンイノベーションを担当する橋本氏らしいコメントも述べた。


常にスタートアップ側に立つ。

オープンイノベーションを推進する上で多くの企業が頭を抱えるのが、「スタートアップとの関わり方」だ。京急ではどのような関わり方で、アクセラレータープログラムを成功に導いてきたのだろうか?

橋本氏は、「事務局としては、常にパートナーであるスタートアップ側に立つということが大事」と即答した。「社内の各事業部とスタートアップは水が合わないことも少なくない。基本はスタートアップ側に立ちつつ、裏側では事業部側の意見もしっかり聞き、利害を調整する。どちらにも“味方”と思ってもらえることを意識している」

具体的な行動でいうと、「打ち合わせの時にはスタートアップ側に座ること」を実践している。京急対スタートアップという構図にならないように、スタートアップとの打ち合わせにはプログラム外でも基本的に同席もする。また、なるべく京急側が相手のオフィスに出向くということも意識しているという。スタートアップが登壇する座談会などのイベントでは、「(大企業に対して)スタートアップの経営者の1時間をなんだと思ってるんだ」という声がよく上がる――。橋本氏は、「時間の使い方がクレームになりやすいポイントだから、メールのやり取りよりも、slackを使うようにしている」という細かい配慮も見せた。

▼第2期・京急アクセラレータープログラムで採択したスタートアップ5社




自信を持って、堂々とやりたいことを継続していく。

「スタートアップ企業を選定する基準はどのように決めているのか?」という質問には、京急では事業シナジーを重視している」と橋本氏は答える。つまり、社内のリソース/アセットをどのように使ってもらうか、そして中長期的に同じ方向性を共有できているかを重要視しているそうだ。加えて、「同じ方向を向いているからこそ、自分たちだけでなく採択企業同士の相性も良い」とコメントした橋本氏。

また、会場から「VCと組むときの基準について」に問われると、「スタートアップと一緒で、ビジョンに共感できるかを大事にしている」と回答した。

――最後に、「自分自身がどう評価されるかは考えずに、いま必要だと思うことをやりきりたくてここまでやってきた」と述べた橋本氏。オープンイノベーション担当者として大事なことは、信念を持って堂々とやりたいことをやり続ける力、それを可能にする言語化や巻き込み力であると締めくくった。


取材後記

社内にオープンイノベーションを自分事化させるという難しい課題も、泥臭く事業部を巻き込んでいく事でクリアしてきた橋本氏。「人」としての力が会社を動かし、社会を動かす。オープンイノベーションの要は、結局のところ「人」である、と感じるイベントとなった。

(編集:眞田幸剛、取材・文:阿部仁美、撮影:古林洋平)