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【オープンイノベーションの立役者たち】 「富士フイルムは80年代から既に写真の先を模索していた」〜富士フイルム出身の鷲巣信太郎氏が語る。<後編>

富士フイルムは国内を代表する精密化学メーカーである。フイルムと社名に冠している通り、写真に関する事業は現在も主力の一つではあるが、その一方で培われた技術を応用し、光学デバイス、ヘルスケア、産業用機材などの分野に多角的に進出している。さらに、M&Aの動きも活発だ。常に時代の流れを先読みしながら、イノベーションを起こした結果、今の姿があると言えるだろう。前編のインタビューに引き続き、同社で新規商品の開発を行い、オープンイノベーションにも深く関わってきた鷲巣氏に話を伺った。

▲鷲巣 信太郎

九州大学大学院応用化学専攻修了 工学博士

静岡大学電子工学研究所客員教授、ISO/TC42国際標準担当理事

富士フイルム株式会社に32年にわたり勤務。R&D統括部門で戦略マネジメント責任者を歴任し、研究開発を20年、技術経営を12年行った。イメージング、グラフィック、メディカル/ヘルスケア、オプティカル、有機デバイスなどの分野で業態転換と多角化に向けた各種新規技術・商品開発を推進した。2016年4月に技術経営・新規事業開拓プロデュースを行うOffice EAGLE NESTを設立し、現在に至る。


■人との出会いから、イノベーションは起こる。

――オープンイノベーションで富士フイルムはどのような事業を始めましたか。

医薬や再生医療、エネルギーです。これらの事業は魅力的であると共に、世の中にも求められています。そうした事業を行うのは、ある意味で大企業の責任とも言えるでしょう。だからこそ、富士フイルムはその領域への進出を決定したのです。リスクはありますが、オープンイノベーションを行えばできることだったのです。

――鷲巣さんは技術者としてオープンイノベーションに関わっています。技術者だからこそ実現できたこと、あるいは、技術者がマーケティングに携わる良さはありますか。

大きくあると思います。オープンイノベーションは外部との関りが必須になり、多くの場合は営業やマーケット担当が市場の声を集めます。しかし、知見がないと技術的な判断ができませんし、技術に翻訳する力がないとアイデアの実現が不可能になります。少しおこがましいですが、私は技術の目利きもできて技術経営もできるので、今風に言えば「二刀流」ということになります。

――まさにその通りですね。一方、オープンイノベーションを実施するに当たり、難しかったことや、阻害となったことはありますか。

もちろん、あります。この点はおそらく技術系の企業はどこも同じだと思いまいすが、技術の持ち出しがとにかく難しかったですね。オープンイノベーションを行うのはいいが、技術は持ち出してはいけないという制約があり、動くに動けないこともありました。しかし、リーマンショックを前後して事情が大きく変わりました。いよいよ会社側の危機感が大きくなったのだと思います。

――危機感は一つの重要なキーワードですね。しかし、それでも、オープンイノベーションが進まないことも多くありますが、それはなぜでしょうか。

一人ひとりの意識の問題が少なからずあります。オープンイノベーションが大事ということは今はもうどこでも言われていることです。誰でも頭では大事だとはわかっているでしょう。一方で、実感や経験がなく何をしていいかもわからないし、オープンイノベーションのアンテナというべきものを張り巡らせていないので、機会を逸してしまいます。こんなことを言っては何ですが、結局のところオープンイノベーションは人です。仕組みを作っても、人が伴ってなければうまくいきません。

会社のミッションの達成や自己実現を目指す場合、必要なものを中で探すのか外にも探すのか。外にまで意識を持っていって、最初の一歩を踏み出す。この最初の一歩というのがものすごく難しいのです。しかし、一度動き出せば、変わってきます。なぜなら、人と会うからです。会えば必ず変わってきます。

――会わなければいけないということでしょうか。

はい。自分がよく知っていることと相手がよく知っていることが組み合わさり、イノベーションが起こるのです。起こる可能性があります。一回の出会いで何かができることはおそらくないでしょう。500回会って、一つのことができるかどうかかもしれません。それほど、新規事業は難しいのです。だからこそ、多くの出会いが必要になります。自分の知らないことをよく知っている人の話を聞き、未知の技術や考えに触れる経験は必須です。

――最初の一歩を踏み出すには、どうすればいいでしょう。

入り口は簡単にしたほうがいいと思います。簡単なことから始めてみる。新規事業は容易に形にはなりませんので、初めのうちは会うだけでも十分でしょう。最初から意気込み、莫大な資金をかけてしまっては、何をするにも二の足を踏んでしまいます。とはいえ、SNSだけやろうとするのはいけません。セキュリティ上の問題もありますし、会わないと本気になりきれないからです。


■事業が好調な時にも「次」を見据える。

――お話を聞いていると、富士フイルムは巧みに時代の流れに乗っているように感じましたが、その要因はどこにあるとお考えになりますか。

明確にこれということは言いにくいですが、企業文化のようなものが関係していると思っています。実は富士フイルムは80年代から既に写真フィルムが終焉を迎えると考えていました。諸先輩方は「写真はなくなる」と言っていましたね。実際にフィルムが絶好調だった頃に、すでにデジタルカメラの研究を始めていたのです。

富士フイルムにはカニバリゼーションの考えも浸透していました。他社が先にデジカメを始めたら、自分たちの事業が食われてしまう。だったら自分たちでやってしまおうというわけです。こうした声が、研究の現場から上がっていました。

――80年代からそのような動きがあったのは、大きな驚きです。

私にとっても、大きな驚きでした。フィルムで莫大な利益を上げていた時から、もう次のことを考えていたのですから。私がオープンイノベーションに関わるようになったのも、富士フイルムという環境の中で育ててもらったからなのは間違いありません。当然のことですが、オープンイノベーションは一人ではできません。どの取り組みも私一人が行ったのではなく、全社的に大勢の人の力を合わせて実現できたのです。


■取材後記

富士フイルム時代の体験談を中心に、具体性のある話を語ってくれた鷲巣氏。新規事業やオープンイノベーションを実行する際のナレッジ・ノウハウをまとめると、大きく2つに集約される。

自社の強みを把握する

新規事業を始める場合、またはオープンイノベーションを視野に入れた時、自社に何ができて何ができないのか、まずは把握しなくてはならない。強みを活かしながら新たな市場に参入するのがもっとも効果的だし、強みが活かせないのなら、そもそも新規の参入は難しいだろう。富士フイルムが実際に行ったように、コア技術と基盤技術の棚卸を行ってはどうか。その過程でこれまでは見えなかった、新たな可能性の発見につながるかもしれない。

 仕組みより人が大事

オープンイノベーションは、仕組みを整えただけでは始まらない。オープンイノベーションに関わる人の気持ちが向かわなければならない。鷲巣氏が言うように、始めの一歩の摩擦係数が大きく、そこがもっとも難しいのは容易に想像できる。だからこそ、入り口は極力始めやすいようにしなければならないだろう。いきなり大々的に打って出るよりは、オープンイノベーションの集まりに顔を出す程度のことでもいいかもしれない。これも鷲巣氏が言うように、新しい出会いから始まるからだ。

(構成・取材:眞田幸剛、文:中谷藤士、撮影:佐々木智雅)