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【ナラティヴ・アプローチで答える悩み相談コラム(2)】「決裁が下りたのに、覆ることがしばしばあります」

日本語では「物語」、「語り」と表現される“ナラティヴ”と、それに基づいて、様々な問題に対して「近づく」「交渉する」「話を持ちかける」を意味する“アプローチ”。「ナラティヴ・アプローチ」は、対話を通じて、組織の問題解決ではなく、問題の解消を導く考え方です。

この「ナラティヴ・アプローチ」を理論的な基盤とし、イノベーティブで協働的な組織のあり方とその実践について研究を行っているのが、埼玉大学大学院人文社会科学研究科准教授 宇田川元一氏。

大企業の新規事業担当者やスタートアップの経営者が抱える数々の悩みに対して、宇田川氏が専門とする「ナラティヴ・アプローチ」の観点から回答してもらうシリーズの第2回目となります。今回も、とある大手企業の新規事業担当者から以下のような悩みが寄せられました。


新規事業担当者から届いた悩み

一度「GO」が出たものが、月をまたいだり、クォーターをまたぐと、ひっくり返ることがしばしば。無駄な稟議を上げたくないのですが…。


宇田川氏による回答

 ご自分が努力して作り上げやっと承諾が得られた提案に対して、コロコロとひっくり返されるというのは、非常にストレスが溜まる状況だと思います。しかし、相手を一方的に変えようとしてもなかなかうまくいかないし、余計にストレスが溜まることになるようにも思えます。このような場合、どうしたらよいのか考えてみたいと思います。

 基本的には、相手が変わるのを期待するよりも、なぜ相手がそうしているのかを知り、そのために可能なことや相手からの協力を引き出すために出来ることを考えて実行することであろうと思います。前回のコラムでは、どうしても反対意見を変えてくれない役員をどうしたらよいかという相談を受けましたが、今回も少しそれと似た部分もあるかもしれません。

以下で考えていきましょう。


1.意思決定者たちをもっとよく知ろう

 最初に考えたいのは、現段階で、なぜ時間が経つとひっくりかえってしまうのか、その理由があなたにはどのくらい明らかであるか、ということです。

 恐らくあなたは、自分は一生懸命やっているのだけれど、それにもかかわらず覆されることに腹を立てていらっしゃるのだと思います。しかし、その頑張りが意思決定者の間で自分が思っているように認識されているかどうかは別問題です。従って、彼らが一体何を求めているのか、それに応えられているかということを考える必要があります。

 勿論、彼ら意思決定者の意向に全て沿う必要はありません。しかし、彼らの求めているものを知らなければ、こちらの頑張りが無駄になる部分が増えますので、彼らの求めていることとの間に接点を創り出していく必要があります。今回のような問題は、つまり、意思決定者たちが何を考えているのかについて、十分に探れていないという問題であると、敢えて考えてみると取り組めることが見えてきそうです。

 では、少なくとも現状でわかっていることから推測できることは何でしょうか。決定を覆すというのは、このまま継続することに対して、相手が期待しているような成果の達成が不確実な場合に起きうる現象だと言えます。だとすると、この期待とその成果に対する不確実性を減らすためには何が出来るでしょうか。


2.意思決定者の期待を明確化する

 何よりも、相手が何を期待しているのかを知ることが大切です。覆しが起きるのは、端的に言えば相手の期待に応えられていないからです。ただし、そうした期待は、ときに「すぐにビジネスで大成功しろ」というような無茶な内容の場合もあります。そうした言葉を受けると面食らいますが、そのような場合は、もしかすると期待している当人も、何を期待しているのか、何のためにそれを期待しているのかがよく分かっていない可能性が高いのではないかと推測されます。

 従って、あなたに出来ることは、相手が何を期待しているのかを整理するのを手伝うことではないかと思います。そして、その期待全部にすぐには応えなくても、応えられる/応えなくてはならない最小限のところは何かを見定め、そのためにできることをやることではないでしょうか。彼らをクライアントだと考えた場合、彼らが求めているのは期待の達成であり、あなたの成果こそが彼らに提供するプロダクトだと言えるからです。

 何を期待しているのかについて考えるために、可能であれば相手がGOサインを出すに至った過程を語ってもらうのはひとつの方法かもしれません。仮にそれが「成功する新規事業を創ること」などのような抽象的な話であるならば、そもそも、「成功」と言っている中身は何か、なぜそうした成功が意思決定者には必要なのか、どんなプレッシャーが意思決定者にはかかっているのか、など意思決定者の文脈を大いに語ってもらいましょう。

 そして、それに対してお互いに出来ること、あなたが手がけている新規事業を通じて手伝えることは何かないかを共に考えていきましょう。無論、その際には、こちらの文脈を知ってもらうためにも、現状のリソースと出来ることを相手に知ってもらうことも大切です。相手にもこちらをよく知ってもらうことは、お互いの文脈が徐々に擦り合わされていくことになるのです。

 なぜこのようなことをやる必要があるのかと言えば、「あちら」と「こちら」という対立の構図で相手を説得しようとしても、立場も違えば置かれている状況も違うので、分かってもらうのは難しいからです。もしも相手がこちらを正しく理解すればよいと思っているのであれば、これは前回も書いたとおり、こちらのロジックが正しく相手が間違っているという前提がどうしても背後にあることが見え隠れしてしまいます。逆の立場であれば、それは非常に腹立たしく思えるかもしれません。

 しかし、相手に協力を求めたり、相手に協力をしたりすることは可能であり、そうした関係の構築過程として事業開発を進めることによって、相手の無理解の解決を図るのではなく、対立を必要としなくする、解消していくことになります。


3.小さくても成果を出しつつ、対話を継続する

 このように協力的関係を構築することで、相手の期待が明確化され、それに対して必要なアクション・プランも明確になってくると思います。

 次にやるべきことは、月をまたいだり、期をまたいだりする「前に」成果を具体的に出すことです。ただし、2のフェーズで出せる成果の範囲を明確化しなければ、無茶な目標達成がここで必要になってきてしまうので、2のフェーズを大切に実施してください。

 もしもそれでも期待を下回ってしまいそうな場合は、週単位で修正を図る必要があります。また、必要に応じて意思決定者にも協力を求めることもよいかもしれません。そのためには、この前段階のフェーズで、事業開発をともに行う関係であることを認識してもらっておくことが非常に重要です。

 共に作った達成目標に対して具体的な成果が積み上がっていけば、そもそもこの活動を続けるか否かを判断はする必要がなくなります。ただし、成果が出てくれば、期待もまた変化してきます。そうした時には、必要に応じて2の期待に関する対話を実践することが必要になってくるでしょう。

 一見、単に相手の能力の問題に見えることも、実は分かっていないことがたくさんあることによって、お互いが不信感を抱いてしまっているようなことは少なくありません。分かっていないことが何なのかを常に(できればチームで)考えるようにしましょう。今回のような問題も含め、じっくり外部のステークホルダーとの対話を重ねることは、考えていなかった点の発見にもつながり、プロジェクトの質の向上にも繋がるはずです。問題がないプロジェクトが良いのではなく、問題がやっている中で見えてくるからこそ、よいプロジェクトになるのです。是非そのスタンスで対話を実践してみてください。


【参考になる文献】

●ジョナサン・ラスマセン『アジャイル・サムライ』オーム社、2011年

一見IT分野における開発の話に見えて、ステークホルダーとの対話的関係を構築することも含めて、プロジェクトを的確に遂行するための具体的な方法が展開されています。特に今回のような場合、とても参考になると思います。


■コラム執筆/埼玉大学大学院人文社会科学研究科准教授 宇田川 元一

1977年東京都生まれ。2000年立教大学経済学部卒業。2002年同大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。2006年明治大学大学院経営学研究科博士後期課程単位取得。 2006年早稲田大学アジア太平洋研究センター助手、2007年長崎大学経済学部講師、准教授、2010年西南学院大学商学部准教授を経て、2016年より現職。 専門は、経営戦略論、組織論。 主に欧州を中心とするOrganization StudiesやCritical Management Studiesの領域で、ナラティヴ・アプローチを理論的な基盤として、イノベーティブで協働的な組織のあり方とその実践について研究を行っている。2007年度経営学史学会賞(論文部門奨励賞)受賞。

多くの企業人と出会いながら、ビジネスの現場を見つめ、自身の研究にフィードバックしている。さらに、セミナーなどでの登壇経験も豊富で、ビジネス系Webサイトで連載コラムも担当している。