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【研究応援特集(1)】 情報科学は材料開発の未来を照らす光となるか?

【材料科学のオープンサイエンス化が、世界をリードする拠点形成の鍵】

材料科学は、あらゆるものづくりの基礎となる重要な学問だ。日本は古くからこの分野に強みを持つとされ、リチウムイオン電池や導電性ポリマー、カーボンナノチューブなど、世界に普及する材料を生み出してきた。そして情報学が急速に発展する現在、材料研究の進め方にも新しい波が起ころうとしている。国内でその動きを先導する国立研究開発法人物質・材料研究機構(以下、NIMS)の伊藤聡氏にお話を伺った。

▲国立研究開発法人物質・材料研究機構 統合型材料開発・情報基盤部門 情報統合型物質・材料研究拠点 拠点長 伊藤 聡 氏


材料科学もデータ駆動型の時代へ

近年、分析技術の向上と計算資源の充実に伴って、様々な分野でデータ駆動型の研究開発が進んできた。例えばバイオ・インフォマティクスでは、ゲノムやタンパク質などに関する数億以上のデータが蓄積され、活用されている。データ駆動型科学の利点は、実験や観測に基づいた仮説やモデルを見出だせなくても、膨大なデータから関係性を見つけうることだ。このメリットを見込んで、材料分野にも情報学の知見を導入しようという動きがある。

NIMSは2015年より、科学技術振興機構委託事業として「情報統合型物質・材料開発イニシアティブ(MI2I: “Materials research by Information Integration” Initiative)」を発足した。これまで蓄積してきた材料に関する知見を活用し、蓄電池材料、磁性材料、伝熱制御・熱電材料といった領域にインフォマティクスを活用するとともにデータ駆動型の研究手法を開発し、産官学が集う拠点の形成を目指す。

さらに世界最大級の物質・材料データベースMatNaviを公開しており、現在はコンソーシアムに参加する50社近くの民間企業がこれを自由に利用しながら、個別の共同研究プロジェクトを産んでいこうとしている。


インフォマティクスの導入によるインパクト

マテリアルズ・インフォマティクスの発展は、材料作りに3つのインパクトを投じるだろうと伊藤氏は語る。1つめは新材料の探索と設計の効率化だ。「組成や原子間距離、最近接粒子数などのパラメータと磁石の保持力や伝熱性等の物性データをとにかく集めて機械学習させることで、ある物性に関係するパラメータの組み合わせを見出すのです。物性に関する科学者の知見から考える従来の手法とは異なる道筋で、新材料の設計手法を生み出せる可能性があります」。

2つめは、製造プロセス推定の効率化。例えば鉄板を作る際、冷却と圧延のタイミングの違いで、特性が大きく変化する。今はセンサーで鉄の状態を把握しているものの、加工の手順については経験によるところが大きい。温度と圧延の力やタイミングといったパラメータと、できた鉄板の物性データを蓄積して関係性を見出せれば、望む性質のものを製造する方法論を作ることができるはずだ。

そして3つめは、計測に対するインパクトだ。現在、計測データにわざとノイズを加えた後、計算により復元する手法の研究が進められている。これが確立できれば、例えば新規材料の電顕撮像時にノイズが入ってしまっても、真の像を得られることになる。「これらが実現すれば、材料開発の工期が短縮され、大きな社会的価値を生み出せるはずです」と、伊藤氏はマテリアルズ・インフォマティクスの発展への期待を寄せる。


オープンサイエンスが研究開発とビジネスを加速する

伊藤氏はインフォマティクスの浸透により、「技術者や研究者の研究開発に対する考え方が変わるはず」と考えているようだ。従来は、研究成果により得られた知見が論文という形で報告され、それを読み新たな考えを付加することで、科学の前線を拡げてきた。一方、データ駆動科学は、過去から現在に至るまでに蓄積されたデータそのものを利用し、新しい研究を行う。

「そうなると、オープンサイエンスの考え方が非常に重要になります。産業界のデータはクローズになっていることが多いですが、オープンにすることで全体が加速し、ビジネスチャンスも増えていくでしょう。まだ議論の余地があるし、各企業で考え方は異なりますが、基本的には共有化が今後の大きな流れになっていくはずです」。データ駆動型科学は、蓄積するデータ量が肝であり、マテリアル分野はバイオと比較すると、この点が未成熟だといえる。

また、数理科学と材料科学の両方に通じた人材が少ないことも課題だ。MI2Iが立ち上げたコンソーシアムの中で、開かれた議論を行うコミュニティを作り、データ共有と人材交流への意識を高めたい、と伊藤氏は話す。「マテリアルズ・インフォマティクスとは何であり、何が実現できるのか。それを理解する仲間を増やし、皆でこの分野を発展させていきたいですね」。この取組みを通じ、個々の企業の課題解決を促すオープンサイエンス文化を醸成しようとしている。