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【アンドハンドプロジェクト ~『#TOKYOのやさしさが試される5日間』~】 東京メトロ銀座線で行われた実証実験の裏側に迫る。<後編>

身体・精神的不安や困難を抱えている人と、手助けしたい人をマッチングし、具体的な行動を後押ししていく「アンドハンド」プロジェクト。大日本印刷株式会社(DNP)、東京地下鉄株式会社(東京メトロ)、LINE株式会社といったトップ企業が関わるオープンイノベーションプロジェクトでもあり、eiicon labでもその経緯を追っている。

その実証実験が、ついに実施された。期間は2017年12月11日(月)~15日(金)の5日間、場所は東京メトロ銀座線の最後尾車両内。LINEを利用して、立っているのがつらい妊婦の方と、席をゆずりたいと考える乗客をマッチングする実験を行い、乗客の行動変容や今後のサービス開発に向けた課題の調査を行った。

今回の実証実験の舞台となった東京メトロでは、「座席を譲る側/譲られる側」をつなぐサービスを模索していた中山氏が中心となり、新規事業担当の小泉氏、天野氏がサポートするという体制で、準備を進めてきた。「偶然にも同じ時期に、同じサービスを構想していた」という中山氏とアンドハンド・タキザワ氏。昨日掲載した前編記事に引き続き、実証実験までの道のりに迫った。

▲東京地下鉄株式会社 鉄道本部 工務部 工務企画課 主任 中山砂由氏

▲東京地下鉄株式会社 経営企画本部 企業価値創造部 新規事業担当 課長 小泉博氏

▲東京地下鉄株式会社 経営企画本部 企業価値創造部 新規事業担当 天野純一氏

▲アンドハンドプロジェクトチーム ワークショップデザイナー タキザワケイタ氏


ついに、実証実験が動き出す

――具体的に、実証実験を行う方向に動き始めたのはいつ頃からですか?

アンドハンド・タキザワ : スマート・マタニティマークは2017年1月に鉄道博物館で実証実験を実施していたので、次は実際の車両でやりたいと考えていました。また、スマート・マタニティマークのアイデアを展開したアンドハンドが、LINE BOT AWARDSでグランプリを受賞したことで、6月のLINE CONFERENCE 2017で紹介いただけることになり、そこで「2017年に実証実験をやります」と発表しました。

東京メトロ・中山 : 当社がアプリを作っても、わざわざ席譲りのためだけにダウンロードして使う人はあまりいないでしょう。その点、LINEは既に多くの人が使っているので、実証実験が本当にできる!と思いました。

東京メトロ・小泉 : 「メトロのたまご」では2次審査を通過したら、本格的に新規サービスとしてスタートします。しかし実はこれまで2次審査を通過した企画は1つもありません。中山の提案も、2次審査にかける前でしたが、まずは実証実験をやろうということになりました。場所も、方法も、時間も具体的に決まっていない中で走り出すのは前代未聞でびっくりでしたが、上層部や関係部署も積極的に応援してくれました。

アンドハンド・タキザワ : それは僕たちが先走ってしまったからですね…。

東京メトロ・小泉 : 4割くらいは勢いですね(笑)。ただ、DNPさんとの協業があり、そしてLINEの賞も取っているなど社内への説得材料は十分あり、経営陣も納得していましたよ。


経営層、そして多様な部門を巻き込む力

――具体的な実験の内容はどのように詰めていったのですか?

東京メトロ・天野 : 2週間に1度、タキザワさんやDNPさんと定例で打ち合わせを行い、話し合っていきました。サポーター(譲る側)の行動変容を検証するのが主な目的ですが、何をもって成功とするのか、KPIの設定と実験の仕様づくりに苦労しましたね。また、実験に参加する妊婦さんの安全確保も重要なポイントでした。

――実際に運行中の車両で実験を行うことから、様々な部署に働きかける必要もあったかと思いますが、その辺りの苦労は?

東京メトロ・天野 : 中山が社内の色々な部門とつながりがあったことが大きかったと思います。「中山さんのためなら協力します」という声が多かったですね。

東京メトロ・中山 : 運転部、車両部、流通・広告部、営業部、広報部など様々な部門に協力を仰ぎましたが、どこも「良い取り組みですね」と、快く応じてくれました。また、経営陣も温かい目で見てくれています。社内ですれ違った時に「何か困ったことがあれば相談しなよ」と役員から声を掛けてもらうこともあります。もちろん、上層部に関しては小泉が掛け合ってくれました。

東京メトロ・小泉 : 社内の壁はもちろんありますし、時間がかかるところもあります。特に成功体験を積んでいる人であればあるほど、自分の経験を照らし合わせて新しいことを嫌う傾向があります。そこを説得し調整するのも私の役割ですから。

アンドハンド・タキザワ : 僕らからは実証実験の告知施策を提案させていただいたのですが、メトロ全線への中づり、まど上ポスターの掲出を実現できたのは、メトロさんの本気を感じました。これが1万1千人以上のサポーター登録につながったと思います。また、車内で車掌さんが実証実験についてアナウンスしてくださったのも、とても良かったですね。

東京メトロ・天野 : 車両部と広報部には、メディアに提供する実証実験の再現VTR撮影にも協力してもらいました。様々なメディアから「実証実験中の車内を撮影したい」という声を頂いていたのですが、実際にお客様が乗り降りする車両ですから、撮影はお断りしていたのです。しかし、より多くの方々に今回の取組みを知っていただくためには、メディアに取り上げていただくことがやはり必要です。ですから車両部と広報部の力を借りて、車両基地に留めている実際の車両の中で、実験の様子を模した映像を撮影しました。

――経営層、そして関連する様々な部門の協力あってこその実証実験だったのですね。今回の実証実験で得た気付き、そして今後の展望を聞かせてください。

アンドハンド・タキザワ : 立っているのがつらい妊婦さんと席を譲ってあげたい乗客、これまでは決してつながることがなかった他人同士がLINEを介してつながり、行動を通じてお互いが笑顔になっている風景を目の当たりにして、ただただ感動しました。実用化に向けて課題は少なくないですが、お互いに想いがあれば多少のハードルは乗り越えられるんだと、気付きと勇気をもらいました。1日でもはやくこの風景を日常にしたいです。

東京メトロ・中山 : 社内提案のプロジェクトオーナーとして、実証実験で終わりではないので、「アンドハンド」の実用化に向けて今後も協力していきたいと考えています。

東京メトロ・天野 : 今回の結果を踏まえて、今後は少しずつ実験のレベルを上げていくことが必要です。今後は、色々な交通インフラ企業と協業して、実用化に向けて動いていけたら嬉しいですね。

東京メトロ・小泉 : 鉄道会社は、「安全は自分たちが守る」という使命感から、「何でも自分たちで何とかしよう」と、良い意味で自前主義である一方、検討には時間が掛かってしまうという傾向があると思います。私自身は新規事業を担当していますが、鉄道的な自前主義からまだ脱却できていないかもしれません。しかし、今回の取り組みで気付いたのは「外部の人と一緒にやると圧倒的に早い」ということ。これは、実際やってみなければ分かりませんでした。

また新しいことがうまく行くと、仲間になりたいという人も現れて来ると思います。これは喜ばしいことで、さらに発展させていくには、初期メンバーだけで固まらず、新しい仲間たちを受け入れていくことが大事だと思います。


取材後記

今回の実証実験には、eiicon編集長とライターもサポーター(座席を譲る側)として参加したが、乗客のほとんどがサポーターなのではないかと思うほど、車両が「譲ろう」という優しい空気に満ちていた。様々なメディアで紹介されたことも大きいだろうが、きっと多くの人が日頃から持っている問題意識を捉えているからこそだろう。

(構成:眞田幸剛、取材・文:佐藤瑞恵、撮影:加藤武俊)