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【イベントレポート】ビジネス成功のカギは、UXデザインにあり 「BUSINESS×SUCCESS×UX ~世界のUXから自らのビジネスを飛躍させる~」

UXデザインがビジネスの成功を左右することは、もはや疑いの余地はない。日本国内でも様々なUX関連のイベントが開催され、シリコンバレーをはじめとした海外の先端事例にも容易にアクセスできる。しかし、ヨーロッパに焦点を当てたイベントは、それほど多くない。そこで、老舗デザインファームのテイ・デイ・エスと、ビジネス支援を手掛けるGOB Incubation Partnersは、ヨーロッパで躍進するデザインファームをゲストに招聘し、ビジネスにおけるUXの最先端事例にフォーカスしたカンファレンスを1月16日(火)に開催した。

 世界の先端を走るUXデザイナーの事例に直接触れ、デザインに対する知見を高められる貴重な機会であることから、東京ミッドタウン ホール&カンファレンスの会場は満席となった。今回は、カンファレンスの中で大きな注目を集めたダイアログセッションの模様をお届けしたい。

各ゲストのキーノートスピーチで提供された内容を受けてさらにテーマを深掘りし、会場の質疑に答える形で議論された内容をレポートする。

セッションに登壇したのは、ロンドンのデザインファーム「Honey」のGreg Vallance氏とLee Smith氏、スウェーデンのデザインコンサルタント会社「TOPP」のAnders Larsson氏、任天堂で「Wii」の企画を担当した玉樹真一郎氏の計4名。そして、モデレーターは、GOB Incubation Partners株式会社 代表取締役 櫻井亮氏がつとめた。


▲Greg Vallance氏, Executive Creative Director(Honey/ロンドン)

35年以上のキャリアにおいて、世界的なブランドのブランディング・デザインに携わってきた。British Airways(ブリティッシュエアウェイズ)、ABNアムロ銀行、ロンドン証券取引所などの多岐にわたるクライアントを有する。また、ジョニーウォーカー、コカ・コーラ、Freixenet (フレシネ)、Magnum (マグナム)など、グローバルに展開するコンシューマブランドに対しても幅広くソリューションを提供している。

▲Lee Smith氏, Creative Director(Honey/ロンドン)

イギリスをはじめグローバル市場においても受賞歴のあるコミュニケーションプログラムの設計をリードし、Catrol International(カストロール)、Rolls Royce(ロールスロイス)、Shell(シェル)、スタンダードチャータード銀行、Qatargas(カタールガス)、ホンダなどをはじめとする世界的なクライアントを支援。大学でのブランディング講師も務める。

▲Anders Larsson氏, CTO(TOPP/スウェーデン)

エンジニア出身で長年最新鋭のUIテクノロジーに携わり、アイデア段階から実際のエクスペリエンスへと素早く移行できる独自のデジタル プロトタイプ プラットフォームを開発している。

▲玉樹真一郎氏,八戸学院大学・学長補佐/ビジネス学部特任教授

任天堂で「Wii」の企画を担当し、「Wiiのエバンジェリスト」と呼ばれた玉樹 真一郎氏。任天堂を退社後、青森県八戸市にUターンし独立・起業、「わかる事務所」設立。コンサルティング、ウェブサービスやアプリケーションの開発、講演やセミナー等を行いながら、人材育成・地域活性化に取り組んでいる。

▲モデレーター/櫻井亮氏,GOB Incubation Partners株式会社 代表取締役

日本ヒューレット・パッカードを経て、NTTデータ経営研究所に勤務。北欧系ストラテジックデザインファームDesignitの日本オフィス立ち上げを担い、初代代表に就任。その後、GOB Incubation Partners 株式会社を設立。現在は、UXやデザイン思考アプローチによるイノベーションワーク、ワークショップのファシリテーション、学生起業家や社内起業家の育成、自身での新規事業などを手掛けている。


ギャップを生まないブランディング方法とは?

テーマはまず、HoneyのGreg Vallance氏、Lee Smith氏により語られた「BX(ブランドエクスペリエンス)」について。参加者から、ブランドの再定義に関する質問が寄せられた。

「ユーザーがもともと持っているブランドイメージと、ブランドを提供する側が新たに掲げるビジョンとの間にギャップがある場合、それをどう埋めていくべきか」という質問に対して、Vallance氏は、「ターゲット顧客を考える際、『25歳~30歳、男性、神奈川県在住…』と設定していくことが一般的だが、この方法では顧客の顔が見えない。顔の見えない相手に対してブランディングを行うと、正しくないものができてしまうことがある。個人対個人で会話をすれば、相手の好みや喜んでもらえるポイントが見えてくる。“対個人”をベースにブランドを創っていくことがブランディングのギャップを生まない方法」と回答した。

また、Smith氏は「顧客とブランドが相互に学習し合い、信頼関係を築くことが大切。ギャップを生まないためには、互いに理解をし合うこと。それがブランドを創り上げる効果的な方法だ」と語った。


新しい挑戦には、「失敗を前提とした設計」が必要

次の話題は、Anders Larsson氏の講演テーマ「デジタルマテリアル」について。櫻井氏から「仮想現実など新たなテクノロジーを取り入れたユーザー体験は、これまで誰も経験したことがない。今後は、そういった『誰も経験したことがないこと』をどんどんやっていかねばならないが、その上で気を付けるべきことは?」と投げかけられると、Larsson氏は、「新しい技術を取り入れると、必ず失敗する。しかし、その失敗からインサイトを得て、より良いモノを作っていけばいい。また、ユーザーからのリアクションを素早く拾い、変化していくことを疎かにしてはならない。双方向で新時代を受け入れていくことが重要だ」と話した。

一方、Vallance氏は「ユーザーは非常に貪欲で、変化や新機能を常に求められる。その中では、“失敗を前提とした設計”が必要。これはデジタルの世界に限ったことではない。例えばイギリスの大手小売業『TESCO』は、数多くの失敗をもとに成功につなげている」と実例を挙げた。

これを受けて櫻井氏は「TESCOほどの大手が失敗を許容し、そこから何を学ぶかに重点を置いて仕事をしている。日本企業には『失敗をしてはならない』という風潮があるが、改めてそこから考え直さなければならないのではないか」と参加者に問いかけた。


ブランドの進化に必要なこと

さらにトピックは、ゲームデザインへと移る。玉樹真一郎氏に対し、櫻井氏は「Wiiはまったく新しい世界観を提供したが、その時デザイナーやエンジニアはどんなことを考えていたのか」と聞いた。ブランドを保つという意味でも“任天堂らしさ”は残さねばならないが、葛藤はあったのだろうか。玉樹氏は「Wiiは、“ゲームは男の子のもの”という概念から“家族みんなで遊ぶもの”に進化させた。これは決して過去を捨て去ったのではなく、それまでのブランド(男の子向け)を内包し、一段大きなブランド(家族向け)へ成長したということ。過去の積み上げや努力を否定せず、過去の体験を含めて新しい体験を作っていくことが、ブランドの進化に必要な視点だ」と語った。

また、行政機関に所属する参加者から、玉樹氏にこんな質問も寄せられた。「『自分の意思で選択することにより、ゲームに対して愛着を持つようになる』という話があったが、行政サービスに必要な視点はまさにそこだと思う。どんな仕掛けを行えば、市民に“自分事”として愛着を持ってもらえるようなサービスを提供できるのか」――これに対して玉樹氏は「とても難しい問題だ」としながら、「人間の脳は、実は自分と他人の体験の区別がつきにくい。“自分事”と捉えられるのは、この脳の動きがあるから。しかし行政となると、人は自ずと他を過剰に区別してしまう傾向がある。『善良な市民』と『あくどい役所』のように。この壁を溶かすには、何かしらの体験が必要。ユーザーの観察や、現場インタビューなどの中に、そのヒントがあるのではないだろうか」と述べた。

「ブランディングの面では、行政サービスを作ることも、新しいガムのパッケージを作ることもほとんど同じ」とユニークな視点を語ったのはVallance氏だ。「“行政サービスはこうあるべき”と狭めるのではなく、間口を広げてどのような可能性をも受け入れて欲しい。利用者の声を聞いて変化を繰り返すことで、適切なサービスがつくられていく」と結んだ。

当初は少し硬かった参加者の空気も、対話が重ねられる中で徐々にほぐれていった。会場はそのまま、登壇者や参加者も交えた懇親会へ。今後のビジネス成功のために、UXデザインをどのようにしていくべきか、ドリンクを片手に活発な議論は続いた。


取材後記

日本人は、「作り込み」が好きだ。世界観を緻密に設計し、身を削るようにデザインを行い、これ以上ない完成系として世に送り出す。失敗は許されない、背水の陣――これは素晴らしい姿勢だが、今の時代は作り込んでいるうちに世の中が変化し、ユーザーとの致命的なズレが生まれてしまう危険性もある。

今回ヨーロッパの先端事例から語られていたのは、同じ「作り込み」でも早くからユーザーの声を聞き、そこから得たインサイトを織り込みながら双方向でブランドを作り込んでいくという姿勢。「失敗したらそこで終わり」ではなく、失敗をもとにより良いユーザー体験を提供していく、その発想の転換が日本企業に求められている。

(構成:眞田幸剛、取材・文:佐藤瑞恵、撮影:佐々木智雅)


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