嗅覚異常が認知症の新たなバロメーターになる

年々増加の一途を辿り、社会問題となっている認知症。厚生労働省の将来推計によると、2025年には65歳以上の5人に1人が罹患する見込みだ。未だ根本的な治療法は確立されていないが、早期発見による症状の進行緩和に期待が寄せられる。その鍵となるのが、“香り”だ。株式会社T-LAB.の神保太樹氏は、ヒトの嗅覚と脳機能の関係の解明に取り組む。

▲株式会社T-LAB. 総合医療研究所 神保 太樹 所長


香りを感じなくなったら黄色信号

なぜ香りが認知症の発見につながるのか。そこには認知症発症のメカニズムが絡む。これまで、認知症の中でも日本人に最も多いアルツハイマー型は、脳にアミロイドβの凝集体が蓄積し、記憶を司る海馬の神経細胞が減少することをきっかけに、徐々に脳の萎縮が進行するといわれていた。

しかし、病理学的には、海馬よりも先に、脳の外側の嗅覚に関わる嗅内皮質が冒されることが明らかである。そのため、症状として普段から嗅いでいた香りが判別できなくなる嗅覚障害を呈するのだ。

「実際にアルツハイマー型認知症の患者に、12種類の香りを判別する試験を実施したところ、健常者と比較して嗅覚機能が有意に低下していることがわかりました」。神保氏らの研究によると、認知症の重症度と嗅覚障害には相関関係もみられたという。


認知症の潜在リスクを暴く

香りが認知症の早期発見の鍵になると考えた神保氏は、企業と共同で、簡便な嗅覚異常の検査キット“はからめ”を開発した。10種類の香りカプセルが塗布されたカードを指でこすり、発生した香りを4つの選択肢から選び、その正答率から認知機能の低下を推定できる。

認知症を診断するものではないが、80%以上の感度と特異度があり、正答率が低い人にとっては早めに予防対策を講じるきっかけとなる。「今後、さらに正確性とユーザビリティを高め、嗅覚障害がみられた人に近くの医療機関を紹介するシステムを構築したい」と意欲的だ。


香りは脳のトレーナー

神保氏は、認知機能改善に対する香りの効果にも期待を寄せる。「ある香りを嗅いだ瞬間に、昔の光景や特定の人物・場所を思い出した経験はありませんか。それは嗅覚と記憶に密接な関係があるからです」。嗅覚は嗅内皮質を通じて海馬に伝達されるため、特定の香りがそれに紐づく記憶を誘発するのだ。

神保氏らは、高い再生能力をもつ嗅神経を効果的に刺激し、その刺激が海馬に伝わることで脳機能が活性化する可能性を見出した。実際に、患者に対してクラリセージというアロマオイルを暴露したところ、嗅覚障害が有意に改善された。さらに、レモンやグレープフルーツなどの芳香成分では、脳の前頭前野を主とした領域が活性化することも示唆されたという。

「香りによる治療法であるアロマセラピーは基本的に副作用がなく、誰でも手軽に行うことができます。α波を発生させるものやセロトニンの分泌を促すものなど、成分によって効果も様々です」。香りによる脳の活動変化を明らかにし、科学的根拠に基づいた療法としてアロマセラピーの普及を目指す神保氏。「香りを嗅ぐ」という行為が、これから到来するであろう認知症1,000万人社会の救世主となるかもしれない。


以上 株式会社リバネス発刊 雑誌『研究応援』より転載

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