実世界の中で成長する人工脳

常に状況の変化に合わせて動作や情報処理のモデルを変化させ、動作環境に対応した性能を発揮できる技術は、ロボットが多様な環境で利用されるために必要なことのひとつだろう。このロバストな機能を実現するアルゴリズムの研究に取り組んできた東京工業大学准教授の長谷川修氏に、独自に開発したSOINN(Self Organizing Incremental Neural Network)についてお話を伺った。

▲SOINN株式会社 CEO/東京工業大学 工学院 システム制御系 准教授 長谷川 修 氏

 

環境に合わせて動作を再設計するSOINN

SOINNは実環境で得たデータをもとに学習し、より目的にあったモデルを自動で作り出すことができる。例えば、ものをつかんで移動させる動作をプログラムされたロボットで腕の長さを変えた場合、プログラムが装置のスペックに合わせて固定されているため、おそらくものがつかめなくなってしまう。しかし、SOINNが実装されていると、動作や位置情報のデータから自動でつかむのに適した動作が再設計され、またつかんで動かすことができるようになる。

また学習プロセスの途中でうまくつかめない、といったノイズのデータが混ざっていても、自分でノイズを除去して最適な動作モデルを作れるアルゴリズムを実装しているところもSOINNの大きな特徴のひとつになっている。


少ないデータ量からでも学習し、成長する人工脳

ディープラーニングに注目が集まる中、長谷川氏はこの独自のアルゴリズムを発展させ続けてきた。ディープラーニングの場合、大量のデータを使った学習とモデル作りが事前に必要になり、データ量の少ない環境で作業をするロボットには向いていない。また、膨大な量の計算を行うためのコンピューターが必要になるなど、ロボットに搭載するにはハードルもある。

「SOINNは十数件程度のデータからでも学習に基づいたモデル構築ができ、コンピューター側への負担も大きくないです」と、ディープラーニングと比較(表1)しながら長谷川氏はSOINNの特徴を説明する。


日本発で世界を目指すソフトウェア

長谷川氏は、1999年から2000年にかけて留学していたカーネギーメロン大学で最初のコンセプトを着想した。2006年ごろから、研究成果として論文が受理され始めたが、教師なしで自律的に学習するSOINNのコンセプトは、当時の機械学習のコンセプトと比べて新しかったこともあり、査読で却下されることもしばしばあったと振り返る。

「ディープラーニングの大元のアイデアは日本人の研究者が出していましたが、国内でなかなか評価が進まず、海外でうまくいった事例が出た途端に急にはやり始めました。ハードウェアはメイドインジャパンが多いですが、ソフトウェアでは少ない。なんとかメイドインジャパンのソフトウェアを増やしたい」

しかし、論文発表だけでは技術が社会に浸透していくことはなかなか難しい。長谷川氏は日本が世界をリードしていく技術としてSOINNを社会に浸透させるために、2014年にはこのアルゴリズムの名前をつけたSOINN株式会社を立ち上げた。


本格的社会実装への階段を登る

SOINN株式会社は起業して間もないが、セブン銀行との間でATMの入出金による紙幣の増減の予測精度の向上のために、すでに実証実験を始めている。この取り組みでは、一般店舗で購入可能なPC一台を使ってわずか3分間でATM22,000台分の学習処理を実施することができた。

また、2017年には川崎重工業と人工知能(AI)を活用したゴミ処理発電プラント向け遠隔監視・自動運転支援システムを共同で開発することが新聞記事でも紹介されている。SOINNがゴミの投入量と質、燃焼の様子を解析し、数十分後の燃焼の様子を予測することで、燃焼効率の改善を試みる取り組みだ。このようにロボット以外のところでの応用が急速に進んでいる。

さらに、いくつかの企業との連携の話についても1、2年のうちに公表される予定だそうだ。連携の形は社会がどのようにSOINNを捉えているかの表れでもあり、これからがますます楽しみだ。


モノと人工脳がつながる未来

長谷川氏らは、あるAIで生成したモデルを別の領域に適用する「転移学習」という手法を利用した新たな取り組みも始めている。AIどうしで学習内容を共有することで、仕様の異なるロボット間で同じ動作モデルを共有し、双方で同じ作業アウトプットを出せるようにすることを目指す。

すでに実証段階に入っており、三次元シミュレーションではあるが、2台のモーターや腕の長さなど仕様の異なるロボット間で字体も含めそっくりなローマ字を書かせることに成功している。現在は、実機を使ってAIでの制御が可能かを検証中だ。実現すれば、一台のロボットに作業を学習させ、その学習したモデルを海外の生産現場のロボットに移転して同じ動作をさせるなど、生産現場の効率化にも寄与してくれるだろう。

「人工知能が人々にとってより身近な社会を実現するために研究を続けていきたい」。多様な生活環境に対応できるポテンシャルを持ったSOINNが進化を遂げる中で、人工知能と人の距離はより縮まっていくに違いない。



以上 株式会社リバネス発刊 雑誌『研究応援』より転載

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