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【インタビュー<後編>】 『事業を創る人の大研究』の著者が語る、新規事業担当者が陥りやすい4つのジレンマと、その先の成長とは?

いま新規事業やオープンイノベーションの担当者の間で、注目を集める書籍がある。それが今年1月に刊行された”「事業を創る人」の大研究”(クロスメディアパブリッシング)だ。新規事業に関する書籍というと、アイデア創出のためのハウツー本などが主流だが、本著は一貫して「人と組織」の観点にフォーカス。新規事業やイノベーションの成否を分けるポイントや、新規事業担当者の成長・学習のメカニズムなどを、膨大なデータをもとに紐解いていく。

この書籍を、立教大学経営学部 教授の中原淳氏とともに共同執筆したのが、人材系シンクタンク・パーソル総合研究所出身で現・立教大学経営学部 助教・田中聡氏だ。自身も新規事業に携わった経験を持つ田中氏に、前後編の2回にわたってインタビューを実施。<前編>では「事業を創る人」に着目するに至るまでの田中氏自身のバックボーンやこれまでの経歴について深く伺った。今回の<後編>では、自ら新規事業を手がけたことで「新規事業×人と組織の成長」というテーマが浮き上がり、その研究から見えてきた新規事業担当者が陥りやすい4つのジレンマについて解説してもらった。


▲立教大学 経営学部 助教 田中聡氏

1983年、山口県生まれ。慶應義塾大学商学部を卒業後、株式会社インテリジェンス(現・パーソルキャリア株式会社)に入社。事業部門を経て、2010年に株式会社インテリジェンスHITO総合研究所(現・株式会社パーソル総合研究所)設立に参画。専門は、人的資源開発論・経営学習論。主な研究テーマは、新規事業担当者の人材マネジメント、次世代経営人材の育成とキャリア、ミドル・シニアの人材マネジメントなど


約1400名の新規事業担当者に調査を実施。

――新規事業の研究というと、事業アイデアの創出方法などに関心が集まりやすいですが、田中さんは「人と組織」に着目したと。

立教大・田中氏 : そうです。イノベーションや新規事業にまつわる膨大な先行研究を読み漁ることからスタートしました。すると、「人と組織」は盲点だということが分かったんです。数あるイノベーション研究をメタ分析したある研究論文によれば、個人レベルをテーマに扱った研究は全体のわずか5%ほどです(※1)

書店に足を運んでみても、経営学者が書いた戦略論に基づく学術書や、ある企業や個人の物語を綴った事例本であれば類書がたくさんありますが、人と組織の観点から体系的に新規事業のメカニズムを論じた本は見当たらなかったんですよね。私が現場で感じた問題意識と先行研究や世の中に溢れる情報には大きなズレがあると思い、「人と組織」の観点から新規事業を研究することを決めました。

――”「事業を創る人」の大研究”の元となった調査研究では、中原教授と田中さんのお2人で、合計1400名ほどの新規事業担当者にアンケートや取材を行ったそうですね。

立教大・田中氏 : 実際に新規事業を経験された方々から、さまざまなデータを収集しました。そもそも新規事業に就いているのはどんな経歴の持ち主なのか。新規事業担当者に対するサポート(育成や評価)の実態はどうなっているのか。担当者が新規事業を離れる本音の理由とは。新規事業を離れて次にどんなポストに就ているのか、などです。

例えば、どんな点に苦労したのかという点でいえば、アイデアをゼロから生み出すこと以上に、「既存事業から必要な支援を得られない」とか、「否定的・懐疑的なコメントをもらって自分自身が揺れてしまった」という経験をした方が非常に多いことがわかりました。

▲田中聡・中原淳(2017)「事業を創る人と組織に関する実態調査」より

――先ほど田中さんもおっしゃっていましたが、新規事業担当者の多くは既存事業の経験者ですよね。社内にネットワークがあっても、支援を受けるのは難しいのでしょうか?

立教大・田中氏 : 実は社内ネットワークは、新規事業を前に進める上で「武器」にも「凶器」にもなるんです。うまく使えればこれほどの武器はないのですが、残念ながら使いこなすのはそう簡単ではありません。例えば、私たちは“同じ釜の飯を食った敵”と呼んでいるのですが、古巣の上司や元同僚と関係がこじれたり、無責任なアドバイスに振り回されたりといったケースは珍しくありません。私たちの研究でも、既存事業の経験はないよりあった方が良いですが、経験年数が長すぎるとかえって新規事業の業績にはマイナスに影響することがわかっています。

――良かれ悪しかれ、既存事業部との関わり方が、余計な負担を生むと……。

立教大・田中氏 : 新規事業に対する社内の反応は、たいてい「総論賛成・各論反対」なのです。既存事業が未来永劫、順調に続くわけではないというのは誰もが分かっているわけですから、新規事業の必要性は頭では理解できる。

ただ、当たるかどうかもわからない新規事業に、自分たちが必死になって稼いできた大事な資金が費やされることには心情的に納得できない。ましてや、既存事業にとって事業上の脅威になるような新規事業の場合、その抵抗は強まります。ですから、既存事業部門に対して新規事業担当者がいかに関わっていくのか、というのはロジックだけで語れるほど簡単な話ではないんですよね。

 

新規事業者が経験する4段階の変化。

――”「事業を創る人」の大研究”には、そうした壁を乗り越えた方々のインタビューも掲載されています。彼らが新規事業を通して得た変化や成長とはどのようなものでしょうか?

立教大・田中氏 : その前に、大前提として、新規事業をやっていれば誰もが学べるようになるというわけではありません。特に、ものの見方や考え方が変わるような学びには、「痛みを伴う経験」が必要です。私たちはそれを「4つのジレンマ」と呼んでいます。

■対経営・上司のジレンマ…明確な基準のない経営陣の意思決定や上司のハシゴ外し、など

■対既存事業のジレンマ…既存事業とのミスコミュニケーション、など

■対部下のジレンマ…モチベーションの低い部下の育成、など

■対自分のジレンマ…過去の成功体験に囚われ過ぎる、など

――さまざまな壁が待ち構えているわけですね……。

立教大・田中氏 : はい、誰しもが目を覆いたくなるような経験ですね(笑)。できれば避けたいわけですが、もれなく陥ってしまうのが新規事業の性(さが)というものです。新しさに反対はつきもの。言い換えれば、誰からも反対されないような新規事業はそもそも新しくないんですよ。ただ、だからこそ新規事業には周りからのサポートが必要なんじゃないでしょうか。

実際、私たちの研究によれば、新規事業を通じた学習プロセスには、「他責思考期」「現実受容期」「反省的思考期」「視座変容期」の4つのフェーズがあることがわかりました<下図参照>(※2)。これらは周りのさまざまなサポートを受けながら、徐々に変化していくのです。

立教大・田中氏 : 最初に経験するのは「他責思考」です。痛みを伴う経験に直面して、最初は「経営層は分かっていない」「既存事業もダメだ」「部下も使えない」と考えるのですが、次第に「このままでは状況は変わらない」と気づくわけです。

そして、新規事業から少し離れて、「そもそもなぜこの会社で働いているんだろう」「事業って一体なんだ」と、既存事業では当たり前すぎて考えもしなかった働く価値や事業の価値を深く考えるようになる。そうして、自分の置かれている状況を客観的に捉えられるようになると、次に訪れるのが、「自責思考の獲得」というフェーズです。

――他責から自責に変わる、ということですね。

立教大・田中氏 : そうです。例えば既存事業とのジレンマと言いましたが、そもそも自分の関わり方に落ち度は無かったか?つい会社の救世主と言わんばかりに「上から目線」になっていなかったか?と、自分のこれまでの立ち振る舞いに対して、問題意識を持つようになるんです。

あるいは、「部下が使えない」ではなく、自分自身に部下をモチベートさせるだけのマネジメントスキルがあったんじゃないかと考えるうちに、マネジャーとしてのスキル不足に気づく。そして、リーダーマインドが育まれていき、「失敗」に対しての考えも変わっていく。「この事業の最後の砦は経営者ではなく、自分自身なんだ。誰がNOと言っても、自分がやりきるんだ」と。

こういった変化を「他者本位思考の獲得」と「リーダーマインドの獲得」と呼んでいますが、その結果最終的に行き着くのが「経営者視点の獲得」です。こうした自分に鋭いナイフを向けるような深い内省を通じて、モノの見方が変わっていくことこそ、新規事業ならではの成長です。

――この4つのプロセスにはどの程度の期間がかかるのでしょうか?

立教大・田中氏 : 調査結果では早い方で1年半~2年、平均すると4~5年程度はかかることがわかっています。しかし、本人はもちろん経営層や直属の上長など、周囲がこうした学習プロセスがあることを知り、意識すれば成長期間を短縮することは可能だと思います。新規事業の価値は、「良質なアイデア」とそれを実現する「人と組織」の掛け算で決まります。

事業アイデアだけでなく、事業を創る人と組織をどのように育てていくか。ここはまだ未開の地といっても過言ではありません。これからは、「人と組織」についても関心が集まり、様々な取り組みが行われることを期待したいですね。

(※1)M.M.Crossan & M.Apaydin(2010)"A multi-dimensional framework of organizational innovation.A systematic review of the literature," Journal of management studies, 47(6)

(※2)田中聡・中原淳(2017)新規事業創出経験を通じた中堅管理職の学習に関する実証的研究. 経営行動科学, 30(1), pp.13-29.


取材後記

取材の中で田中氏は、「新規事業は人を育てるためのものではないという方もいらっしゃるでしょうが、高業績者にアンケート結果を見ると、『過去に新規事業に携わった経験あり』という方が非常に多いのも事実です」とも語った。新規事業を全社的な挑戦、全社的な成功・失敗と捉え、担当者の成長を含めたすべての経験・ノウハウを会社の資産にできるかどうか。企業として新たな価値の創出とさらなる発展を目指す上で、そうした組織観点での意識は重要になるのは間違いないだろう。


※なおeiicon labでは、”「事業を創る人」の大研究”のエッセンスを抽出した田中氏による連載コラムをスタート予定です。ご期待ください。

(構成:眞田幸剛、取材・文:太田将吾、撮影:西村法正)