新規事業やイノベーションの成否を分けるポイントや、新規事業担当者の成長・学習のメカニズムなどを、膨大なデータをもとに紐解き、「人と組織」という観点にフォーカスした書籍”「事業を創る人」の大研究”(クロスメディアパブリッシング)。――同書を、立教大学経営学部 教授の中原淳氏とともに共同執筆したのが、人材系シンクタンク・パーソル総合研究所出身で現・立教大学経営学部 助教・田中聡氏です。

以前、eiicon labでは田中氏にインタビューを行い、研究テーマに基づいたお話を伺いました。このインタビュー(前編後編)が大きな反響を得たことをきっかけに田中氏による「事業を創る人」に着目した連載企画をスタートしました。第4回目は、”創る人に共通する物事の考え方や行動面の特徴”について解説してもらいました。


【★本連載における「新規事業」の定義について】

本連載では、事業を創る活動(新規事業創造)を「既存事業を通じて蓄積された資産、市場、能力を活用しつつ、既存事業とは一線を画した新規ビジネスを創出する活動」と定義します。つまり、事業を創るとは、単に新しいものを生み出すことではなく、既存事業で得た資産・市場・能力を活用して、経済成果を生み出す活動です。


「バカな」を「なるほど」に変える

新規事業が成功するためには、少なくとも「革新的なアイデア」と(それを具現化するために必要な)「経営資源を動員するプロセス」の2つが同時に成り立たなくてはなりません。しかし、この2つを同時に実現することは容易ではありません。なぜなら、両者は本来「トレードオフの関係」にあるためです。

トレードオフの関係とは一体どういうことでしょうか。まず、新規性・革新性の高い事業であればあるほど、事業の成否を事前に見通すことが難しいという「不確実性命題」が新規事業にはつきものです。のちに“イノベーション”と言われるような画期的な商品・サービスも、構想段階では、その新規性・革新性の高さゆえに周囲の理解を得られず、「そんなバカな!」と受け入れられないことがよくあります。

一方、経済合理性を追求する会社側としては、できる限り見通しの立つ事業に対して優先的に投資したいという心理が働きます。これを「資源動員命題」と呼びます。当然、資源動員命題に反する新規事業のような不確実性の高い事業への投資には慎重な経営判断が求められため、意思決定に遅れが生じがちです。

つまり、新規事業が成功を収めるには、事前にその価値が認められないほど革新的なアイデアである必要があるものの、アイデアの不確実性が高まるほど企業は資源動員しづらくなる、という矛盾をはらんでいるのです。この「不確実性命題」と「資源動員命題」という相反するテーゼをいかに両立させるのかというところに新規事業特有の難しさがあるわけです。

経営学者の軽部大教授(一橋大)は、こうしたイノベーションの実現プロセスを「事前の『バカな(非常識)』が事後の『なるほど(常識)』に結実する過程である」と表現されています(※1)。創る人には、まさに「革新的なアイデア」と「組織のさまざまな資源を動員するプロセス」の間にあるトレードオフの関係を乗り越え、「バカな」を「なるほど」に変換させる動きが求められているのです。

※1……軽部大(2017)「イノベーションを見る眼──周縁と変則」『一橋ビジネスレビュー』64(4),44-55.


尖った一匹狼より、周りを巻き込む交渉人

この「トレードオフをいかに乗り越えるか」というテーマは、実は30年以上前から世界中のイノベーション研究者たちによって実証研究が進められてきた分野でもあります。1980年以降、いくつかの代表的な研究によって、アイデアの実行に関わる政治的なプロセスが明らかになり、“事前の根回し”が重要だという認識が広まることになりました(※2)。

例えば、ある先行研究によると、新規事業が成功するには、そのアイデアが成功する見通し(アイデアの質)よりも、そのアイデアに政治的な支援を集められるかどうかに関する見通しのほうが重要であることが指摘されています(※3)。言い換えれば、新規事業が失敗する原因は、大抵の場合「アイデアの実行」における政治的なプロセスにあり、せっかく創出したアイデアが交渉や根回しの段階でつぶされてしまうことが多いのです(※4)。

日本の製造業における新規事業を対象にした先行研究(※5)によれば、顕著な成果を上げている新規事業担当者の多くが、不確実性の高い事業アイデアに対して資源動員してもらうために、資源動員を正当化する「理由づけ」を工夫していることが明らかにされました。要するに、「なぜ今この事業に会社の貴重な経営資源を投資しなければならないのか」という問いに対する説得的な理屈をこしらえるというです。ここで興味深いのが、資源動員を正当化するために用いられる「理由」自体が、事業を創る過程で“進化”したり、あるいは“創作”されたりすることが頻繁にあるということです。

創る人だからといって、その事業アイデアの持つ可能性や社会的なインパクトの全てを当初から理解しているわけではありません。むしろ、半信半疑で始めた新規事業が徐々に進展し、多様な人と接する過程で事業の新しい意味や価値が発見されていくことのほうが一般的なのです。つまり、創る人の経験と学習を通じて、周囲を巻き込み、資源を動員するために用いている理由が進化していくということです。そうして、当初は支持を得られなかったさまざまな関係者からの同意を取りつけ、ようやく資源動員が実現するようになるのです。

こうした創る人の行動は、周囲から見れば“ハッタリ”のように見えるため、時には嘲笑されたり、批判を受けたりすることもあるでしょう。しかし、どんなに革新的なアイデアだとしても、組織を動かすことができなければ、いつまで経っても「バカな」は「バカな」のままです。関係者の共感を呼ぶ「固有の理由」をひねり出し、自らそれを信じて周囲を巻き込むだけの行動力を持った人だけが、「バカな」を「なるほど」に変えられるのです。要するに、事業を創って成果を出すのは「単なるアイデアマン」ではなく、「優れた交渉人」であり、「巧みな理由づくり職人」なのです。

※2……Van de Ven, A. H. (1986) “Central problems in the management of innovation” Management Science, 32(5),590-607.

※3……Kanter, R. M.(1988)“When a thousand flowers bloom” Research in Organizational Behavior,10, 169-211.

※4……Baer, M.(2012)“Putting creativity to work:The implementation of creative ideas in organizations,” Academy of Management Journal, 55(5),1102-1119.

※5……武石彰・青島矢一・軽部大(2012)『イノベーションの理由──資源動員の創造的正当化』有斐閣


あり合わせ料理の達人、エフェクチュエーター

続いて、新規事業を成功させる創る人の思考特性について見てみましょう。インドの経済学者サラス・サラスバシーは、一般のオペレーションビジネスは大概「コーゼーション(Causation)」という思考モデルに基づいているが、起業家においてはそうではなく、「エフェクチュエーション(Effectuation)」という思考モデルに基づいている場合が多いという研究結果を発表しています。(※6)

コーゼーションとは、まずは決定要因の秩序を理解してから実行するという段階を踏む思考様式です。典型的な例としては、「PDCA」のような「何かを計画し、準備し、実施し、評価する」といった考え方があります。いわば因果に基づいた“お膳立てモデル”とでも言うべき思考様式です。まず「これを創りたい」という明確なゴールを設定し、そのゴールからさかのぼって必要な資源やたどるべき行動計画を立て、段階ごとに実行して評価する、戦略的かつ合理的な思考法なのです。 

その対極にある考え方がエフェクチュエーションです。こちらは、まずは実行してから決定要因の秩序を理解するという段階を踏みます。行動ありきの、言ってしまえば「ゴールイメージがなくても、とりあえずありものを合わせてなんとかやってみる」という“あり合わせモデル” です。新規事業のように、人材も資金も限られている状況下でも「今ここにあるものでできることは何か」と考えてとりあえずやってみる、という挑戦的かつ柔軟な発想ができます。

コーゼーション・シンキングをしている人は「中期的な経営計画を策定し、利益が最大化する戦略をとる」「経営資源などを全て可視化してからそれらを活用する戦略をとる」など、事前の調査・分析をきっちり行ってから綿密な事業戦略を組み、そのとおりに事業を進めていきます。すでに軌道に乗り、規模拡大フェーズに入った既存事業で活躍する人材によく見られる特徴です。

反対に、エフェクチュエーション・シンキングをしている人は、事業の立ち上げから明確なゴールイメージなど持たず、そもそも「事業は偶然の機会によって発展していくものだ」という認識に基づいて動きます。そのため、効率よりも柔軟性を意識して、予期せぬ機会をキャッチすることに力を注いだり、利益よりも損失額の大きさを考慮しながら意思決定をしたりする。つまり、「事業の創出・推進においては常に一定の不確実性を伴う」ということを前提にして動いていくことが可能なわけです。

エフェクチュエーションは、コーゼーションのような“お膳立てモデル”ではありません。「これをやればこれが成功する」という因果に基づいた発想をせず、「今あるものをいかにくっつけていき、おぼろげながらでも形づくっていく」「形づくることができたら成功するのかというとそれもわからないが、とにかくやってみないことには始まらないし、成功もないだろう」という発想をする。いわば、起業家は「コンセプト料理(コーゼーション)」ではなく、「あり合わせ料理(エフェクチュエーション)」をつくっているようなものなのです。

※6……Sarasvathy, S. D. (2001) “Causation and effectuation:Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency,”Academy of Management Review,26(2),243-263.


コーゼーションとエフェクチューションを使い分ける

一方、サラスバシー自身が指摘しているように、新規事業は全て「あり合わせ料理」型エフェクチュエーションモデルで進めたほうがうまくいくかというと、必ずしもそういうわけではありません(※7)。例えば、既存事業で培った技術ノウハウや販売チャネルなどを活用するために既存事業に協力を要請する場合、既存事業にとって関与するメリットをコーゼーションの発想で考え、想定利益を算出して説得を試みるといったコミュニケーションも重要になります。結局のところ、特に既存企業における新規事業においては、コーゼーションもエフェクチューション、どちらも必要な思考法であり、状況に応じて使い分けていく必要があります。

ただし、一般的な企業の新規事業の現場では、PDCAのように「ビジネスの正しい進め方」として周知されているコーゼーションモデルをそのまま踏襲して、新規事業を回そうとするケースが多いのではないでしょうか。「これを使ってこれをやれば売上はこれだけ立つだろうから、それを使ってあれをやって…」という因果に基づいた思考法です。そういった従来の“コンセプト料理”型思考に慣れきってしまった社員が、突如、不確実なことだらけの新規事業部門に配属されたとすると、そこで直面するジレンマは想像に難くありません。

創る人を既存事業の中から選抜する際に、エフェクチュエーション・シンキングを持ち合わせた人材を登用することができれば、それに越したことはありませんが、既存事業で活躍する人の多くはコーゼーション・シンキングを持つ人でしょう。そこで、新規事業部門に配属された創る人は、まず“コンセプト料理”型思考を解きほぐし、“あり合わせ料理”型思考法を積極的に取り入れていく必要があります。

※7……Sarasvathy, Saras D. (2008) Effectuation:Elements of Entrepreneurial Expertise. Cheltenham, Gloucestershire,UK:Edward Elger Publishing Limited(加護野忠男 監訳・高瀬進・吉田満梨訳(2015) 『エフェクチュエーション──市場創造の実効理論』碩学舎).


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次回、載の第5回目は、”新規事業の任せ方”についてお伝えしていきます。新規事業を進めていくプロセスを伴走しながら支援するための方法・考え方とは?――ご期待ください。



<田中聡氏プロフィール>

▲立教大学 経営学部 助教 田中聡氏

1983年、山口県生まれ。大学卒業後、株式会社インテリジェンス(現・パーソルキャリア株式会社)に入社。事業部門を経て、2010年に株式会社インテリジェンスHITO総合研究所(現・株式会社パーソル総合研究所)設立に参画。同社主任研究員を経て、2018年より現職。東京大学大学院 学際情報学府 博士課程。専門は、人的資源開発論・経営学習論。主な研究テーマは、新規事業担当者の人材マネジメント、次世代経営人材の育成とキャリア、ミドル・シニアの人材マネジメントなど



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「千三つ」と呼ばれるほど、新規事業を当てるのは難しいと言われています。

これまで、新規事業は成功を収めた企業や経営者による「戦略論」によって語られてきました。

しかし、戦略が良くてもコケるのが現実。では一体、何が真の問題なのか…?


本書では、その答えを探るべく、暗中模索の新規事業を統計データと質的データを用いて解剖し、新規事業をめぐる現場と組織を科学的に分析しました。

その結果見えてきたのは、新規事業部に配属された人々の孤独な茨の道。


「新規事業を成功させるのは斬新なアイデアではなく巻き込み力」

「新規事業の敵は『社内』にあり」

「出島モデル、ゼロイチ信奉の罠」


など、定説を覆すような、”人”をとりまく現実が明らかとなりました。

本書は、新規事業の担当者、現場マネジャー、経営幹部を成功に導く最先端の「見取り図」です。