新規事業やイノベーションの成否を分けるポイントや、新規事業担当者の成長・学習のメカニズムなどを、膨大なデータをもとに紐解き、「人と組織」という観点にフォーカスした書籍”「事業を創る人」の大研究”(クロスメディアパブリッシング)。――同書を、立教大学経営学部 教授の中原淳氏とともに共同執筆したのが、人材系シンクタンク・パーソル総合研究所出身で現・立教大学経営学部 助教・田中聡氏です。

以前、eiicon labでは田中氏にインタビューを行い、研究テーマに基づいたお話を伺いました。このインタビュー(前編後編)が大きな反響を得たことをきっかけに田中氏による「事業を創る人」に着目した連載企画をスタートしました。第5回目は、”新規事業の任せ方”について解説してもらいました。


【★本連載における「新規事業」の定義について】

本連載では、事業を創る活動(新規事業創造)を「既存事業を通じて蓄積された資産、市場、能力を活用しつつ、既存事業とは一線を画した新規ビジネスを創出する活動」と定義します。つまり、事業を創るとは、単に新しいものを生み出すことではなく、既存事業で得た資産・市場・能力を活用して、経済成果を生み出す活動です。

新規事業を任せるとは、「新規事業を進めていくプロセスを伴奏しながら支援し、結果に対する責任を共有する」ということです。ここで強調しておきたいポイントは、「伴奏」「支援」「結果責任の共有」の3点です。これらの要件が全て揃って、はじめて「任せる」と言えますが、現実はそう簡単ではありません。本稿では、経営層の視点から、担当者に「新規事業を任せる」ということの意味について、見ていくことにしましょう。



新規事業を任せるとは、「新規事業を進めていくプロセスを伴奏しながら支援し、結果に対する責任を共有する」ということです。ここで強調しておきたいポイントは、「伴奏」「支援」「結果責任の共有」の3点です。これらの要件が全て揃って、はじめて「任せる」と言えますが、現実はそう簡単ではありません。本稿では、経営層の視点から、担当者に「新規事業を任せる」ということの意味について、見ていくことにしましょう。


なぜ、任せ方が重要か ――「獅子の子落としモデル」の弊害

日本企業の多くの新規事業部門でよく見られるのが「獅子の子落としモデル」(図1)です。経営層が既存事業から優秀な社員を引っ張ってきて「エースのお前に新規事業は任せたぞ!ここから這い上がってきて成功したら経営層になるための第一関門は突破だ!」と崖から落とすのです。


<図1>獅子の子落としモデル

登用された側は「期待されている」「出世のチャンス!」と意気込むのもつかの間、崖から突き落とされ、そこで直面する幾多の困難に絶望してしまいます。何の支えもなければ、困惑してもがいた結果、力尽きてしまうのは当然のことでしょう。だからこそ、すでにデータでも示したように、どれほど異動前に新規事業に対して前向きなイメージを持っていても、それと異動後の新規事業の業績とは関連がないのです。

獅子の子落としモデルが機能するのは、ある程度、事業の見通しが立っている既存事業や失敗したときのセーフティネットが用意されている場合においてのみです。経営層ですら成功するか判断できないような新規事業を突然託され、崖の上から突き落とされ、谷底で声をあげても助けもないような環境であれば、当然、不信感と不満を抱くでしょう。

そこで成果を出せなければ、「担当者の責任」とみなされ、最悪の場合、組織を去ることになってしまいます。また、成功の兆しが見え始めた頃、まるで頃合いを見計らったかのように「これからは会社全体でしっかりサポートしよう」などと急に経営層が介入し始めたら、やはり組織に対して不信感と不満を抱いてしまいます。

つまり、最初の任せ方をなおざりにしてしまうと、その後の事業の成否にかかわらず、個人(事業を創る人)と組織(事業を任せる人)の良好な関係は崩れてしまいがちなのです。だからこそ、最初の任せ方が肝心なのです。新規事業を任せる段階で、これまでの仕事の進め方とどれほど異なるのかを可能な限り伝え、理解してもらう必要があります。失敗する要因を事前に伝えてその数を減らしていくことが、険しい道のりを少しでも見通しよく歩くための重要な備えになるのです。そのためにも、まずは既存事業から新規事業への異動によって、そもそもの前提が変わるということを前もって理解してもらう必要があります。


ゲームのルールが変わる ――テトリスからシムシティへ

既存事業での仕事の進め方は、落ち物パズルの元祖ゲームである「テトリス」に例えられます。つまり、上から降ってくる仕事を一定のルールに沿って規定の形にあわせて対処することでクリアを目指すというものです。

しかし、このようにテトリスをプレイしている感覚のまま新規事業のステージに来ても、ゲームがなかなか始まらないことに気づくでしょう。新規事業では、それまでのように上からの指示を待っていても仕事は降ってこず、クリアするためにゲームマスターである上層部が求めている形を探ってみても、もはや上層部はゲームマスターではありませんから、ないもの探しに終わってしまいます。

テトリスに例えられる既存事業に対して、新規事業は、素材を集めて組み合わせでものをつくり、自分で選んだ配置場所を設定していくことで都市経営を行うシミュレーションゲーム「シムシティ」に例えられます。今後、どのようにして予算を立てるかを考えながら何を先につくっておくのかも考える必要があります。

このように「ゲームの前提が違う」という事実を理解せずにいると、仕事が降ってこないことに対して「無責任だ」と憤ったり、「見切りをつけられた」と不安になったりしてしまいます。答えを探し続けていても、先には一切進めません。


「ゼロから形づくること」へのマインドセットの転換が必要

起こり得る問題を予測しながら事前に回避しつつ、自分の思い描くものをつくっていく過程で、徐々に関わる人が増え、支持してくれる人も出てくる。状況によっては創り出すものすら変えてしまう可能性があることも受け入れなければなりません。言うまでもなく、「テトリス」をプレイするモードで、新規事業はプレイできません。

会社から、創る人に任命される人の多くは、既存主力事業で豊富なキャリアを積んできた、いわばエースプレイヤーです。しかし、この「ゲームの前提が違う」ことを理解していないために、有り余ったエネルギーをどこに向けてよいのかがわからず苦戦し、他責思考に陥ってしまうというわけです(図2)。


<図2>創る人の成長プロセス

まず、新規事業を任せる上で重要なことは、既存事業と異なる新規事業特有のルールを伝えることです。「指示どおりに正解を積み上げる」のではなく、「ゼロから試行錯誤しながら形づくる」というゲームのルールを伝え、マインドセットの転換を図ることが求められます。連載の第4回目でお伝えしたように、イノベーターには独自の思考法エフェクチュエーションというものがありました。PDCAのようなお膳立てモデルのコーゼーションでは新しいものを創造することは難しく、あり合わせでものを創っていく発想が事業創造には適しています。

このようなマインドセット・思考法を持つことで、先々何かにつまずいてしまったとき、性急に環境や周囲のせいにするのではなく、「ひょっとしたら思考の入れ替わりがまたうまくできていないのかもしれない」と自問し、落ち着いて対策を考えることができるでしょう。


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次回、連載の第6回目は、引き続き”新規事業の任せ方”についてお伝えしていきます。特に、「RJP」と「RDP」という2つの “新規事業ワクチン”について解説しますので、ぜひご期待ください。



<田中聡氏プロフィール>

▲立教大学 経営学部 助教 田中聡氏

1983年、山口県生まれ。大学卒業後、株式会社インテリジェンス(現・パーソルキャリア株式会社)に入社。事業部門を経て、2010年に株式会社インテリジェンスHITO総合研究所(現・株式会社パーソル総合研究所)設立に参画。同社主任研究員を経て、2018年より現職。東京大学大学院 学際情報学府 博士課程。専門は、人的資源開発論・経営学習論。主な研究テーマは、新規事業担当者の人材マネジメント、次世代経営人材の育成とキャリア、ミドル・シニアの人材マネジメントなど



★人を育て、事業を創り、未来を築く 変われ、新規事業のパラダイム!

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「千三つ」と呼ばれるほど、新規事業を当てるのは難しいと言われています。

これまで、新規事業は成功を収めた企業や経営者による「戦略論」によって語られてきました。

しかし、戦略が良くてもコケるのが現実。では一体、何が真の問題なのか…?


本書では、その答えを探るべく、暗中模索の新規事業を統計データと質的データを用いて解剖し、新規事業をめぐる現場と組織を科学的に分析しました。

その結果見えてきたのは、新規事業部に配属された人々の孤独な茨の道。


「新規事業を成功させるのは斬新なアイデアではなく巻き込み力」

「新規事業の敵は『社内』にあり」

「出島モデル、ゼロイチ信奉の罠」


など、定説を覆すような、”人”をとりまく現実が明らかとなりました。

本書は、新規事業の担当者、現場マネジャー、経営幹部を成功に導く最先端の「見取り図」です。