日本IBM(以下、IBM)は「IBM Garage」のコンセプトのもと、デジタル変革に挑むあらゆる企業に対して、イノベーション創出を行う。

今回はIBM×安川電機という、テクノロジーでイノベーションを起こす企業同士でお互いの強みを掛け合わせたソリューションを設計し、市場変革に挑もうとしている共創プロジェクトの全貌に迫る。

2018年6月、製造現場における生産性向上を目指したソリューションを2社共同で展開すると発表した安川電機とIBM。

産業用ロボットで世界トップクラスのシェアを誇る安川電機と世界170カ国以上でビジネスを展開するIBMという大手企業同士のオープンイノベーションはいかにして進められているのか。――今回は同プロジェクトを推進している安川電機の加藤氏、IBMの安藤氏に、協業の背景やプロジェクトの現状、今後の展開プラン、2社でプロジェクトを進めていく上でのノウハウなどについて、詳しくお聞きした。

本プロジェクトは、エッジコンピューティング領域に搭載する安川電機の「YASKAWA Cockpit」によって現場から収集したデータを、IBMのアナリティクス・クラウド・データ基盤である「CFC analysis platform」で分析し、再び現場の「YASKAWA Cockpit」にフィードバックするというソリューションを起点に、設備保全や故障予知も含めた新たな産業自動化革命を実現していく取り組みである。

▲株式会社安川電機 営業本部 事業企画部 部長 加藤卓氏

▲日本アイ・ビー・エム株式会社 グローバル・ビジネス・サービス事業 インダストリアル・サービス事業部 製造IoT &アライアンス パートナー 安藤充氏


製造現場に強い安川電機・データ分析に強いIBM。ものづくりの変革を実現するために、お互いの力が必要だった。

−−今回、安川電機と日本IBMが協業をスタートさせた背景についてお聞かせください。

安川電機・加藤氏 : IBMさんが主催するイノベーション創出プログラムに協賛させてもらったり、製造実行システムや分析ツールといった製品を使わせていただいたりと、当社は以前からさまざまな形でIBMさんとのお付き合いがありました。そうした流れの中、2015年頃から両社で協力して新たな産業用ソリューションを立ち上げようというプロジェクトが動き出しました。

IBM・安藤氏 : 長年のお付き合いに加えて、当時行われた両社のトップ会談も大きなきっかけになったと思います。トップの方針と現場のニーズが合致したことにより、プロジェクトが進めやすい状態になったことは間違いありません。

−−安藤さんの仰っている「現場のニーズ」とは、どのようなものだったのでしょうか。

IBM・安藤氏 : IBMの視点で考えるとインダストリー4.0という潮流があり、多くの製造業のお客様から、ものづくりの変革を期待されている状況がありました。しかし、IBMは基本的に情報システムサービスの会社です。製造業のお客様の期待に応えるためには、製造現場を知っている企業と組む必要があるだろうと考えていました。

安川電機・加藤氏 : 当社ではi³-Mechatronics(アイキューブ メカトロニクス)というコンセプトを提案しています。1960年代後半にMechatronics(メカトロニクス)とういう造語を安川が作り、それに「3つのi」 integrated(統合的:システム化)、intelligent(知能的:インテリジェント化)、innovative(革新的:技術革新による進化)を加えたものがi³-Mechatronicsです。

ソフトウェアとハードウェアを統合させたソリューションによって、新たな産業自動化革命を推進しようとする考え方で、integrated、intelligent、innovativeの3つのiの順番にも意味があります。

簡単に言うと、最初のintegratedは現場でのリアルタイムデータ収集と実行であり、次のintelligentは現場で得られたデータの分析、モデル化・学習を意味しています。innovativeはそれらのデータを現場にフィードバックすることによって、デジタルデータマネージメント、ものづくりの自動化が実現された現場の状態を指します。このコンセプトは数年前から当社内で温められていましたが、社内では「integratedは当社の得意とするところだが、intelligentも自社だけで行うのか?」という議論もあったのです。

−−intelligent、つまりデータ分析やモデル化・学習の部分をIBMに任せようということになったのですね。

安川電機・加藤氏 : その通りです。私たちは製造現場側のノウハウを持っているものの、データ分析が得意なわけではありません。IBMさんはデータがあれば何でもできますからね。

IBM・安藤氏 : IBMは、デザイン思考等を活用したユースケースの選定から、クイックにプロトタイピングやモデリング、実証実験を踏まえた本格展開/商用リリースまでの取組みを、「IBM Garage」というコンセプトで一気通貫してご支援しています。

今回のプロジェクトにおける具体的なユースケースの一つとして、産業用ロボットの故障予知があります。IBMはデータの分析を得意としていますが、産業用ロボットのどんなデータを分析すれば故障が予知できるかについての知見もないですし、データも持っていません。

一方、安川電機さんはロボットの油の中に混ざっている鉄粉の濃度やトルクの強弱に関するデータを収集する技術を持っていました。そこで安川電機さんの持っているデータとIBMのアナリティクスを掛け合わせ、定常的な分析を行うためのモデル化を進めることになりました。

安川電機・加藤氏 : 当社が持っているデータをIBMさんに分析してもらい、お客さまの工場で動いているロボットの故障予知ができる状況を実現できたことは、今回の協業の大きな成果のひとつであると言えるでしょうね。


<IBMとの共創によりi³-Mechatronicsが実現された生産現場(工場)のイメージ図>


2社の共通点は、顧客と長期的に付き合おうとするスタンス

−−2018年6月に2社共同のソリューションを発表されましたが、現在のプロジェクトの状況についてお聞かせください。

IBM・安藤氏 : 2社でお客さまのためにソリューションを作るというフェーズは一旦終了しましたが、「作って終わり」ではありません。お客さまの製造現場に収めた後も、2社がお客さまと寄り添い続けてソリューションの改善を続けることで、さらに良いものを提供していこうというフェーズに入っています。

−−実際にソリューションを導入したことによって、次の課題が見えてきたということでしょうか?

安川電機・加藤氏 : 「人が担当していた検査をロボットが検査する」あるいは「装置の故障予知を行う」というのは第一段階に過ぎません。それだけではなく、例えば不良品が発生したときに、不良品の原因となった生産工程を特定し、「生産工程そのものを変える」という段階まで到達して、初めてinnovativeを提供できると考えています。

残念ながら私たちのソリューションは、まだそこまでは到達していません。プロジェクトが長くなっていることもあり、お客さま自身が当初の目標を忘れていることもあるので、私たちからお客さまに対して「目指すべき到達点はまだまだ先ですよね」という話をすることもあります。

IBM・安藤氏 : 製造現場は日々動き続けています。その動いている状態をリアルタイムで捉え、データをフィードバックしてロボットの挙動を自動で変えていくとなると、さらなるブラッシュアップが必要です。また、お客さまのビジネスも刻々と変化していますし、生産するものも変わり続けていきます。そうした動きに追従できるようなソリューションを目指さなければならないと考えています。

−−両社は2015年から3年以上協業を続けられていますが、協業が上手くいっている理由などがあれば教えてください。

IBM・安藤氏 : 3年間、毎週会い続けたというのは大きかったかもしれません。東京と九州(安川電機の本社は福岡県北九州市)を毎週往復するというのは、それなりに大変なものですが、ずっと続けていましたよね。

安川電機・加藤氏 : 「IBMが身近にいてくれる」と有り難く感じていましたし、一時期は駐在までしてくれていましたからね。私たちも何とかプロジェクトを成功させなければならないという想いは持っていました。

IBM・安藤氏 : 毎週のようにコミュニケーションを取っていると、お互いに「このことについてはあの人に聞けばいい」ということがわかってきますし、現場レベルでの人脈もできてきます。短期的なプロジェクトであれば、仕事が終わると人同士のつながりも消えてしまうのですが、私たちは長いこと取り組んでいるので1つのタスクが終わったとしても人脈は残りますし、両社のメンバーの間に「また一緒に新しいことにチャレンジしたい」という想いが残り続けます。

−−共同プロジェクトが成功した秘訣はありますか?

安川電機・加藤氏 : リアルなお客さまが見えていたという状況が大きいかもしれませんね。「あのお客さまに、これを提供する」という共通の目標を見つけておくことは非常に重要です。ただの仲良しで終わるわけにはいかなくなりますし、責任も発生するので、お互いに最後までやり抜こうという話になります。

IBM・安藤氏 : 安川電機さんもIBMも、長期的なスパンでお客さまとお付き合いしていこうとするスタンスが似ています。そうしたカルチャーの共通性も長く協業できている理由のひとつかもしれません。

−−協業を行う上で、とくに苦労されたことがあれば教えてください。

IBM・安藤氏 : プロジェクトメンバー同士の意思統一に関しては多少苦労がありました。今回の取り組みに限らない話ですが、プロジェクトの規模が拡大し続けると途中から参加するメンバーも増えます。最初から参加していた人と途中から参加した人の間には、どうしてもプロジェクトに取り組む意識やモチベーションに差が生まれてしまうのです。そうしたギャップを解消するために、定期的に北九州に通ってメンバー同士で「良いことも悪いことも本音で語り合う」という場を作るようにしました。また、ときには事業部長クラスの方にも来ていただいて、キュっと場を締めていただくということもしましたね。

安川電機・加藤氏 : 2017年の途中からは営業フェーズでも協業していこうという話になったので、四半期に一度、上層部同士で話し合いの場を持っています。経営トップの会談もそうですが、あらゆるセクション、あらゆる階層ごとにつながりを持ち続けていることも、プロジェクトが円滑に進んでいる理由のひとつだと考えています。


2社のソリューションを世界に展開し、ものづくりの世界を変えていく

−−今回の2社のソリューションについて、現在考えられている今後の展開プランなどについて教えてください。

IBM・安藤氏 : 現在はお客さまの製造現場での運用とフィードバックを重ねている段階であり、2社とお客さまとの間で引き続き継続的な取り組みを進めていきます。将来的には複数のお客さまにソリューションを提供していきたいと考えていますし、グローバルにも展開していく方針です。

安川電機・加藤氏 : すでにアメリカ、ヨーロッパには一緒に行かせていただいています。また、安川電機とIBMさんの現地法人同士のつながりも生まれ始めており、グローバル展開に向けた下地も整いつつあります。

−−やはりアメリカ、ヨーロッパから開拓していくといった感じになるのでしょうか。

IBM・安藤氏 : 市場としての海外、生産拠点としての海外の双方が考えられますが、まずは欧米のメーカーのヘッドクオーター、さらにはグローバルに生産拠点を展開している日系企業がアプローチ先になると考えています。

安川電機・加藤氏 : 世の中では「データ分析できます。垂直統合するといいことがあります。PoCをしましょう」といった感じで、いろいろなことを言う方がいらっしゃいますが、実際の製造現場でイノベーションが起こっているという話は聞こえてきません。IBMさんと安川電機のソリューションは完成形に近づいており、ようやく2社が一緒になって世界に展開していけるフェーズになりつつあると感じています。また、私たちはi³-Mechatronicsというコンセプト自体も広めて行きたいと考えています。もともと機電一体を意味するmechatronicsは安川電機が提唱した言葉であり、すでに一般用語になっていますので、i³-Mechatronicsについても同じように広めていきたいという想いがあります。

−−ソリューションを提供するだけでなく、コンセプト、概念を広めていきたいということですね。その先にどのような未来を描いているのでしょうか?

安川電機・加藤氏 : “安川電機の「YASKAWA Cockpit」とIBMさんの「CFC analysis platform」が連携しました。それを一緒に売っていきましょう”という単純な話ではなく、今回のソリューションを支えているi³-Mechatronicsというコンセプトも含めて、製造現場の変革、イノベーションを起こすことを目指していますし、そうすることによって、私たちのお客さまである日本全国のものづくりメーカー、さらには世界のメーカーに強くなってほしいと思っています。

IBM・安藤氏 : 安川電機さんのi³-Mechatronicsは個々の企業だけをターゲットとしたものではなく、ものづくり業界そのものを変えていくコンセプトであり、宣言でもありますからね。さらに将来的には、市場に出た製品が「どの工場で作られたものか、どのロボットで作られたものか」をトレースできるようになる可能生もありますし、そうしたものが見えるようになることで、原価や在庫の見える化に貢献できる可能性もあります。今回のソリューションをベースにして、製造現場の中だけに閉じない、次の段階のイノベーションにもつなげられるのではないかと考えています。

−−今後、お互いの会社に期待していることなどはありますか?

安川電機・加藤氏 : 当社ではロボットを動かすためのモーターも作っています。世の中の製造設備の自動化が進めば進むほど、当社のモーターもさまざまな機器に使われていくと考えています。モーターは力のデータ、速度のデータなど、さまざまなデータの宝庫でもあるので、安川電機が必要なデータをしっかり集めてIBMさんに提供していくことで、お互いのソリューションの幅を広げていけたら良いなと考えています。

IBM・安藤氏 : 安川電機さんは産業用ロボットのメーカーというイメージが強いのですが、ロボットのベースとなるモーションコントロール(制御)のプロフェッショナル集団でもあります。今後お付き合いしていく中で、そうした領域でも協業していきたいですし、一緒にものづくり業界をより良い環境に導いていきたいです。また、世の中はフィジカルとバーチャル(データ)で動いていますが、フィジカルがなくなることはありません。フィジカルな世界をサポートし続ける安川電機さんにはさらに発展いただいて、バーチャルな世界を得意とするIBMを引っ張っていただけたら有り難いですね。

−−最後に加藤さんから、今回の記事を読んでいる方々に対するメッセージをいただければと思います。

安川電機・加藤氏 : 今後もIBMさんとは、強固な連携体制でソリューションを展開していく方針ですが、当社としてはさまざまな企業の方々とも協業していきたいと考えています。もちろん、ベンチャー、スタートアップの方々も大歓迎です。当社の「YASKAWA Cockpit」はリアルタイムでデータを収集できるソフトウェアですが、新たな技術、別のソリューションと連携することも可能です。例えば画像データを収集するようなテクノロジーとも連携できると考えていますので、少しでも興味がある方はぜひご連絡いただきたいと思います。


取材後記

IBMの安藤氏が「3年間、毎週会っていた」と語ったように、組織の大きな企業同士の協業・共創においては、経営層、マネジメント層、メンバー層など、2社間のあらゆるレイヤーの関係者同士による密度の濃いコミュニケーションが重要であると、改めて感じることができた。さらに、プロジェクトのスピードを上げるためには、なるべく早い段階で共通の目標、対象とする顧客を設定することが有効であるとも言えそうだ。

また、安川電機が持つ現場コネクション・IBMが持つIT部門・経営部門へのコネクションと、市場へのアプローチ方法も互いの強みを掛け合わせた方法で展開をしている。

安川電機の加藤氏は、「ソリューションに磨きをかけるためには、IBMさんと安川電機だけでなく、お客さまとも手を取り合って進めていく必要がある」と語っていた。当該企業同士だけでなく、顧客との連携も含めて理想の実現を目指すという両社の取り組みは、オープン・イノベーションを推進しようとする多くの企業にとって参考にできる部分がありそうだ。

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(構成:眞田幸剛、取材・文:佐藤直己、撮影:古林洋平)