「第1回 日本オープンイノベーション大賞」において、日本経済団体連合会会長賞を受賞したことでも注目を集めた大企業若手有志プラットフォーム「ONE JAPAN」。およそ50社1000名以上の有志が結集したONE JAPANの中での出会いにより、オープンイノベーションの芽が生まれつつある。――発起人の一人としてこの団体を立ち上げ、共同代表として活躍しているのが、濱松誠氏だ。

濱松氏は新卒で入社したパナソニック時代にも、社内で若手が繋がれる場づくりとして若手有志の会「One Panasonic」を発足させた経験を持つ。One Panasonicは社内を中心に3000人規模のコミュニティへと拡大し、経営層やアルムナイ(卒業生)も巻き込んだネットワークへと成長していった。

誰もが実現できなかった大規模な有志コミュニティを形成し、組織の壁を超え、オープンイノベーションが生まれる土壌をいかにして濱松氏は作り上げたのか?――eiicon founderの中村が、その秘密を探った。

▲ONE JAPAN共同代表 濱松誠氏

2006年パナソニックに新卒入社。2012年に社内の組織活性化を目指し、若手社員有志の会One Panasonicを立ち上げる。富士ゼロックスの有志ネットワーク秘密結社わるだ組を運営する大川氏、NTTグループの有志ネットワークODENを運営する山本氏らと共に発起人となり、2016年ONE JAPANを設立、共同代表に就任。2018年パナソニックを退社。


社内の「空気」を変える

eiicon・中村:濱松さんが発起人の一人として立ち上げたONE JAPANから、様々なオープンイノベーションが生まれていると思います。最近では、どのような事例がありましたか?

ONE JAPAN・濱松氏:三越伊勢丹と富士通による共創で、シーンに合わせて三越伊勢丹の衣料品がレンタルできるCARITE(カリテ)というサービスができました。昨年の8月に実証実験が行われ、11月から正式にスタート。担当者同士が繋がるきっかけは、ONE JAPANのイベントでした。企業を変えたい、事業をトランスフォーメーションしたいという、三越伊勢丹の担当者の情熱から動き出したプロジェクトです。これは単なる一例ですが、私の把握していないところでも、ONE JAPANがきっかけになって様々な取り組みが行われています。

eiicon・中村:ONE JAPANは大企業の若手有志団体が集まるコミュニティとして、みなさんボランティアで活動されているんですよね。

ONE JAPAN・濱松氏:良くも悪くも仕事としてはやってないですね。みんなONE JAPANに時間をかけたいのですが、本業もありますので時間のバランスをいかに取るか苦労しています。私自身は昨年末にパナソニックを退社して、今年、日本・世界一周の旅に出ます。また、「CancerX」という、がんと言われても動揺しない社会にするための取り組みにも夫婦で参加したりと、どちらもONE JAPAN並みに力を注いでいますね。

eiicon・中村:パナソニック時代はONE JAPANのベースともなる、若手有志の社内ネットワークOne Panasonicを立ち上げられました。その背景をお聞かせください。

ONE JAPAN・濱松氏:私が新卒で入社した頃は、パナソニックという大企業に「若手社員なんかに、イノベーションは起こせない」といった空気感があったんです。それを変えるために、One Panasonicを立ち上げました。社内の空気づくりを大切にしながら、実績を出すこともそうですが、働き方や人の巻き込み方も考えながら運営していましたね。仕事を楽しみながら、周囲の関係性までどのように構築していけば良いのか、試行錯誤しながらの活動でした。

eiicon・中村:変えるべき空気感とは、具体的にどのようなものだったのでしょうか。

ONE JAPAN・濱松氏:例えば、若手が一人で異業種交流会に参加し、そこでのアイデアなどを上司に報告するとします。しかし、上司からは「そんなこといいから仕事しろ」と言われてしまう。そうすると、若手のモチベーションが下がり、知の探索をしなくなり、目の前の仕事しかしなくなる。そんなケースが多かったんです。

だから、若手社員が社内でコミュニティを形成することによって、社内外の勉強会やイベントに数十人単位で参加できるようにしたんです。杭を面にして、上司が叩けなくするわけです(笑)。会社自体の変革は難しいですが、仲間づくりはできるだろうと。みんなが一緒になって、頑張っていくためのコミュニティ=One Panasonicを作り上げたわけです。

その後、富士ゼロックスの有志ネットワーク「秘密結社わるだ組」やJR東日本の若手有志団体「チーム・ファンタジスタ」など、他社のコミュニティとも色んな場面で出会ったり、SNSで繋がっていきました。その中から、NTTグループにも有志ネットワーク「ODEN(おでん)」が発足したりと、どんどん活動範囲が広がっていきましたね。


有志のネットワークが、経営に影響を与える

eiicon・中村:そこからどのようにして、ONE JAPANを立ち上げたのですか?

ONE JAPAN・濱松氏:イノベーションをどう起こしていくか、どう人を巻き込むかなど、 “大企業あるある”を有志団体同士で共有し始め、どんどん理解が深まっていきました。そのタイミングで、私が東京に異動となったんです。そこで、富士ゼロックスの有志ネットワーク「秘密結社わるだ組」を運営する大川さん、NTTグループの有志ネットワーク「ODEN」を運営する山本さんらと発起人になって、2016年9月にONE JAPANを立ち上げました。

▲ONE JAPANの活動にフォーカスした「仕事はもっと楽しくできる 大企業若手 50社1200人 会社変革ドキュメンタリー」という書籍がプレジデント社より発売されている。

eiicon・中村:実はONE JAPANには運命的なタイミングを感じていまして。eiiconのサービスに先立ち、このメディア(eiicon lab)がまず立ち上がったのですが、それも2016年の9月なんですよ。

ONE JAPAN・濱松氏:え!一緒なんですね。

eiicon・中村:当時はeiicon本サービスの立ち上げに孤軍奮闘していた時だったので「ONE JAPAN…いいな」って思ってました(笑)。ONE JAPANとeiiconの立ち上げもそうですが、2016年前後は日本でオープンイノベーションの機運が高まったタイミングですよね。この時期の動きには、何か理由があるとお考えですか。

ONE JAPAN・濱松氏:2008年にリーマンショックが起こり、閉塞感のようなものが企業に蔓延し、2011年に東日本大震災が起こりました。日本の未来は大丈夫かと多くの企業や社員が危機感を覚え、何かやらないといけないと思って動き出そうとした。そこに、スマートフォンやSNSが出てきて、日本中・世界中がどんな動きがあるのか、周囲とも簡単につながれる時代になった、そのようないくつかの理由が絡んでいると思います。

例えば、パナソニックでは2011〜12年に経営が危機的状況に陥りました。そこで、メーカーとしての自前主義の限界を感じました。そして、現在の社長である津賀さんが就任し、オープンイノベーションという言葉の代わりに、「クロスバリューイノベーション」という言葉を社内外で強く押し出したんです。それが2012〜13年で、パナソニック社内に広がっていくのにも数年はかかりました。――そのタイミングとも2016年前後は、重なっています。

eiicon・中村:濱松さん自身、パナソニックの危機的状況からイノベーティブな環境へ変わる過程を見ていたと思います。さらに、One Panasonicを通じて、変革の中心にいたと思います。今振り返って、感じることはありますか?

ONE JAPAN・濱松氏:やはり、トップのコミットメントと発信が大きいと思います。「クロスバリューしているか?」と、トヨタの「カイゼン」のように、言葉が社内で使われ始めたんです。危機感と社長の言葉の力で、段々とパナソニックが力を取り戻していった。そこからCVCを設立したり、One PanasonicやGame Changer Catapult、その他色々なプログラムが同時多発的に立ち上がりました。

トップと現場の思いがリンクし始め、会社が大きく動き始めたんですよね。そして、日本マイクロソフトの会長だった樋口さんが古巣であるパナソニックに戻ってきて、今までにない文化が交わった。危機感だけでは生まれない新しい力が加わり、全てが一つの方向に向かっていきましたね。

One Panasonicには経営層も参加していたので、そこから社内の空気感を変えることもできたと思っています。One Panasonicの経営的な貢献は、やる気のある社員同士がつながりモチベーションやエンゲージメントが上がったこと、もう一つは樋口さんの出戻りに少しでも関われたことだと思っています。その流れを受けて、トヨタやNTT、その他の会社も若手の有志の集まりに意味があるなと感じ始めた。経営に貢献できることが分かれば、周囲の見る目が変わりますし、他社もやってみようという流れになりますから。

eiicon・中村:やはり企業価値向上に貢献すると、経営層からも意味があるという判断がされますよね。

ONE JAPAN・濱松氏:そうですね。社員一人のキャリアも尊いですが、それはビジネススクールでもできます。One Panasonicが本業に貢献できたことが、大きな評価に繋がりました。



「この日本をなんとかしたい」―その気持ちが支え

eiicon・中村:ONE JAPANもOne Panasonicも有志のコミュニティですが、大きくなるにしたがって意思のない人も参加してくるのではないでしょうか。

ONE JAPAN・濱松氏:色んな考えの人がいて、人それぞれ熱量とか物事に対する距離感が違います。ですので、対話を大切にして、考えをすり合わせています。

以前、サイボウズ副社長の山田さんと話をして面白かったのが、「味わう」という言葉を使っていたことです。1年かけてできることは、たかが知れている。早くできることは良いことだが、早さには負荷が掛かるし、誰かの骨が折れてしまう。強火で熱したら、焦げてしまうことだってある。だから、弱火でグツグツ煮れば、熟成されて、味わいが深くなるという考え方をするそうです。強火だと、私みたいな人が、ガッとやると焦げてしまいますから(笑)。

eiicon・中村:なるほど(笑)

ONE JAPAN・濱松氏:新規事業を立ち上げるだけなら、少数精鋭で突き進んでコミットさせればいい。そのやり方も全く批判しない。でも、たくさんの人と作り上げていくなら、対話をしながら土壌づくりから始める必要があります。もちろん、いつまで経っても形にならないことがあるので、その辺の強弱はやっぱり必要ですけど。事業づくり、人づくり、土壌づくりのすべてが必要です。

eiicon・中村:多くの人たちを巻き込みながら新しい挑戦を続ける濱松さんのモチベーションの源泉は何でしょうか?

ONE JAPAN・濱松氏:日本の閉塞感をどうにかしたい。――それがモチベーションになり、今まで頑張ってこれたんだと思っています。この国には、まだ年功序列や終身雇用があって、良くも悪くも、これが完全に無くなることはありません。そんな社会であっても、ONE JAPANに参加しているメンバーが50歳になったときは、みんな重要なポジションに就いているはずです。私たちが上になったときには、若手や実力のある人に様々なことにチャレンジできるよう、サポートできる体制を作ってあげたいんです。

もちろん、上になれば決裁権限はあるので、面白いことがあれば自分たちで進んで行動を起こしますよ(笑)。いま辛くて大変でも、ONE JAPANを続けていかないと、次の世代の人たちに「結局できなかったのね」と思われてしまいますし。何より、継続が重要なんです。

eiicon・中村:続けていくことが、何より大切ですよね。しかし、有志の団体でありながら、そこまで強い気持ちで継続できた理由はどこにあるのですか。最後に教えてください。

ONE JAPAN・濱松氏:同じ志で頑張る仲間の存在と、使命感ですかね。私たちが活動を止めたら、みんなが頑張っているのに「やっぱり無理だった」という空気感ができてしまう。ONE JAPANという活動が認知されてきたからこそ、継続しかないんです。失望感を与えたくないという強い気持ちがあったから、今まで誰もできなかったこの取り組みを続けてこれたのだと思います。もちろん、単に継続することだけが目的ではなく、運営の仕方も柔軟に変えていきながら、事業づくりと人づくりの具体的な取り組みを進めていきます。

eiicon・中村:濱松さんの求心力がどこからくるのか、理解できたように思います。本日はありがとうございました!


取材後記

濱松氏から様々な話を聞いていく中で、「閉塞感漂う日本をどうにかしたい」、「実力のある若手が輝ける社会にしたい」という、並々ならぬ決意を感じた。その解決策の一つとして、ONE JAPANというコミュニティを作り上げ、会社の壁を越えたオープンイノベーションという手法を加速させているのだ。目的と手段を混同せず、常に目指すべきゴールを見据えているからこそ、考えにブレがない。変化の激しい社会において、濱松氏の姿勢から学ばなければならないことは多いはずだ。

(構成・取材・文:眞田幸剛、撮影:古林洋平)