スタートアップ企業の支援を通じて産業の新陳代謝を促進し、日本経済の再興を図ることを目的にしている東急アクセラレートプログラム(TAP)。4期目となるDemo Dayが、3月20日にセルリアンタワー東急ホテルにて開かれた。

最優秀賞に輝いたのが、料理人の起業・経営を“ITツール”と“横丁という場”を提供することで支援する事業=「横丁ビジネス」を展開する株式会社アスラボだ。東急百貨店との共創によって、希少食材を使った「アスラボ横丁」の料理人による惣菜・弁当などの食のフェアを実施。日本全国に眠る希少食材を掘り起こし、その魅力を伝えていくことに取り組んでいる。

実際に両社の共創によって、東急百貨店が運営する商業施設“渋谷ヒカリエ ShinQs”(シンクス)を舞台に「地方横丁料理人が集結! 東京初上陸 美味しいものフェア 四国・九州 希少食材編」(5/9〜6/5)という催事が決定。アスラボが起業・経営支援し、四国・九州を中心に展開する“アスラボ横丁”の料理人たちが、地方のまだ見ぬ魅力的な食材を調理し、惣菜、弁当として提供する。さらに、食材と料理人は週ごとに交替。期間中、多彩なメニューを楽しむことができるフェアとなっている。

アスラボと東急百貨店がTAPを通してどのように出会い、共創を実現させていったのか?そして、第4期東急アクセラレートプログラムの最優秀賞を受賞した秘訣とは?――アスラボ代表・片岡氏、東急百貨店でバイヤーを務める小川氏にインタビューを行い、共創の舞台裏に迫った。

【写真右】 株式会社アスラボ 代表取締役 片岡義隆氏

2001年、谷澤総合鑑定所に新卒入社。不動産鑑定評価の実務を担当し、バリュエーションの基礎を学ぶ。2004年AIGグローバル・リアルエステート・アジアパシフィック・インク不動産入社後は、様々な投資実務などを経験。その後、米系ヘッジファンドを経て、2010年にアスラボを設立し代表取締役に就任。

【写真左】 株式会社東急百貨店 経営統括室 事業開発部 食品統括部 MD戦略・開発担当 統括バイヤー 小川妙子氏

1999年東急百貨店に新卒入社。売り場などの現場業務から企画といったバックオフィス業務、さらには婦人ファッションのバイヤーを経験。8年前から食品バイヤーを担当しながら、東急百貨店の食に関わる開発業務に携わっている。


チャレンジするなら、東急グループだと決めていた。

――はじめに、アスラボさんがTAPに応募したきっかけをお聞かせください。

アスラボ・片岡氏 : 2015年くらいから料理人の起業・経営支援を行う横丁ビジネスをスタートさせて、軌道に乗りはじめたのが2018年前後です。そこからグロースしていくフェーズを迎えるにあたり、「同じような理念を持つ他企業様とコラボレーションし成長を加速させていこう」と考えました。そこで、人々のライフスタイルを大切にする哲学を持っており、度量がある企業だと想起したのが東急さんだったんです。アクセラレータープログラムへの応募はTAPが初めてだったのですが、スムーズに話が進んでいきました。

――ありがとうございます。アスラボさんのビジネスを振り返ると、横丁ビジネスのスタートが2015年から。その前は、シェアハウスや農園スクールの運営なども手掛けられていました。事業ドメインが違っているように感じますが、横丁ビジネスに注力したのはなぜだったのでしょうか。

アスラボ・片岡氏 : 私のキャリアはずっと、不動産投資ビジネスを軸に展開しています。稼働してない、キャッシュフローが良くないアセットをどうするか。シェアハウスや農園スクールなども、ソリューションとしてアセットをバリューアップするための不動産投資に変わりありません。その中で、地方のシャッター商店街にある誰も買わない不動産を、バリューアップできるかというチャレンジが横丁ビジネスだったのです。そして、数年にわたり取り組んでいくと、その先に街づくりや飲食業界の改革、料理人に対する価値提案があることに気がついたんです。その手応えが、TAPの応募に繋がりました。


真剣に取り組むから、やる前提で話が進む。

――TAPに応募して、印象に残っていることはありますか?

アスラボ・片岡氏 : 「TAPがスタートアップ(やパートナー企業)の成長を止めることだけはしない」という考え方には、大きな感銘を受けました。アクセラレータープログラムの中には大企業の論理でスタートアップを囲い込むようなケースも見られますが、TAPではそういったことは一切ありません。大企業の理屈でスタートアップをねじ曲げないという信念を感じたんです。ですので、コミュニケーションが円滑に進みました。

東急百貨店・小川氏 : 片岡さんは円滑と言ってくれましたが、実は何度も共創に向けた企画書を書き直してもらっていて。片岡さんは折れる様子が一切なく(笑)、本当に頑張っていただきました。

アスラボ・片岡氏 : やる前提で話が進むから、頑張れたんでしょうね。“大企業あるある”ですが、上から目線で「ちがうよ、君」と言って、全然進まないことってありますよね。しかし、TAPは企画を実現させるために、必死に取り組んでくれる。当たり前の議論を、当たり前にやっていただけです。あとは、アスラボのチームメンバーが泥臭く頑張ってくれたこと。泥臭く諦めずにやるのが、アスラボのカルチャーですから。

――企画書を何度も書き直したのも、前に進もうとする意思があるからできたと。

アスラボ・片岡氏 : そうですね。いただいた意見も至極真っ当な意見で、「東急百貨店のお客様は50代が多く、ITを組み合わせたフェアは難しいかもしれない」と。そういったフィードバックをいただきながらフェア会場となる売り場選びなどを進め、今回開催する「東京初上陸 美味しいものフェア」は渋谷ヒカリエ ShinQsで実施するのが最適なのでは、と話が進んでいきました。

東急百貨店・小川氏 : もともと、片岡さんとお会いする前から、東急百貨店として出店希望店舗を募集して実施するイベントや顧客のリクエストが多いテナントの誘致はできないものかとこれまでにない新しい取組について検討していたんです。そうした中で、TAP事務局から、私たちの考えとマッチする企画を考えているスタートアップがあると声をかけられ、出会ったのがアスラボさんです。ちょうど、1年前のことですね。

――最初はどのような企画だったのでしょうか。

東急百貨店・小川氏 : ITツールを活用し、東急フードショー(食料品売場)での期間限定イベントに出店したいお店を募り、お客様の評判が良ければ常設にするという企画です。解決すべき課題は多くありましたが、アスラボさんの企画は、まさに私たちのアイデアを実現できる内容だったので、やる前提でどんどん企画を進めていきました。

――小川さんから見て、アスラボのビジネスやカルチャーに関して驚きなどはありましたか。

東急百貨店・小川氏 : 実は、横丁ビジネスをメディアで拝見していて、興味を持っていました。手間や人手、避けては通れない投資がかかる飲食業界をITで効率化するという発想も共感でき、信頼できる企業だと思っていました。

▲3/20に開催された「東急アクセラレートプログラム2018」Demo Dayで最優秀賞を受賞したアスラボ。


着実に課題を乗り越えた先に、ゴールがある。

――渋谷ヒカリエ ShinQsでフェアをやるというのは、どの段階から決まっていたのですか。

東急百貨店・小川氏 : 2018年の5月から月に1回は話し合いの場を設けて、夏〜秋ごろですかね。まずは、アスラボさんが支援する料理人や生産者の食材を販売するフェアを5月に実施することにしました。2019年の5月にフェアを開催するなら、逆算して秋には場所を決めたいと思っていました。フェアを成功させるために、実際に顧客と接する現場(お店・売場の)意見を取り入れたかったので、最もお店の規模や顧客とのマッチングが良いと思われるShinQsに場所を決定。企画の骨組みを固め、現場にアスラボさんを紹介してから、どんなフェアにするかについて具体的に検討を重ねていきました。

――その間、アスラボさんはフェア実施のためにどんな動きをしていましたか。

アスラボ・片岡氏 : 本当に、特別なことはしてないですよ(笑)。小川さんから頂いた、「こうやった方がいいのでは」というアドバイスをもとに、企画をコツコツ改善していきました。

――フェア実施に向けて何か課題があったのでしょうか。

東急百貨店・小川氏 : 材料のリストアップや原価のことですね。フェアには決まったカタチはないので、現場の意見を聞いて顧客のニーズを想定しながら、料理人がどんな食材を調理するか決めていきました。しかし、希少食材がテーマであるだけに、実際は知名度がなく通常の材料よりも高額な食材をどのように商品化するかというのが大きな課題でした。

アスラボ・片岡氏 : 食材にはストーリーがありますから。そこからどんな料理ができるのか、価格はいくらか。一切手を抜かず、一つひとつ考えていきました。

東急百貨店・小川氏 : 課題はまだまだありますが、今回は「まず、やってみる」ことが重要だと考えています。TAPの取組みから、今回のフェア企画が生まれた意義は大きいと思っています。というのも、東急百貨店の食事業の未来に繋がる布石になるからです。だからこそ、今回のフェアは絶対成功させたいですね。

▲5/9(木)から渋谷ヒカリエ ShinQs(シンクス)にて開催される 「地方横丁料理人が集結! 東京初上陸 美味しいものフェア 四国・九州 希少食材編」。


さらなる展開を見据え、フェア成功に全力を尽くす。

――今回の取り組みが第4期TAPのDemo Dayで最優秀賞に輝きました。率直な感想をお聞かせください。

アスラボ・片岡氏 : もちろん光栄ではありますが、責任が重くなったとも感じています。過去の受賞企業も素晴らしいメンバーですし、自分がこけたらTAPにキズがつきます。関係者からも「何やってんだ!」という、目で見られてしまう。使命感しかありません。

――この1年を振り返り、改めて東急百貨店さんと順調に共創を進めていくことができた理由はどこにあると思いますか?

アスラボ・片岡氏 : 繰り返しになりますが、TAPがスタートアップの成長を妨げるようなことはしないという、根本的な考えがあったからではないでしょうか。小川さんやTAP事務局をはじめとしたチームみんなで、成功に向かって話し合いができたのが大きかったと思います。

大企業のレギュレーションから見て、私たちの考え方に首をひねる部分もあったと思います。しかし、根気強く前向きにアドバイスをしていただきながら、伴走してもらったと感じています。素晴らしいチームに出会えました。

東急百貨店・小川氏 : 私も繰り返しになりますが、しっかりとコミュニケーションが取れたからだと思っています。常に課題解決を考えて前に進む中で、アスラボさんがそれに応えてくれました。

――もうすぐShinQsでのフェアが開催されます。準備は順調でしょうか?(※本取材は4月初旬に行われた)

アスラボ・片岡氏 : 食材は決まりましたので、現在はメニュー開発をしている最中です。

東急百貨店・小川氏 : いよいよ大詰めですね。売場でどんな商品を、どんな展開で、どのように接客・販売するのか考えています。やってみて課題が出てくるのはいつものことなので、あとは顧客に喜ばれるよう、アスラボさんと売場を信頼して実施していくだけですね。

――ヒカリエShinQsという渋谷でも著名な場所でビジネスを展開するのは、アスラボさんにとって初の試みですか。

アスラボ・片岡氏 : こんな大きな舞台も、大企業と共創するのも経験がありません。初めてのことだらけです(笑)。

東急百貨店・小川氏 : 当社の売り場で販売したい!と言って頂いたことは大変嬉しかったですし、料理人や生産者の方々の「ぜひ、渋谷で」という情熱を感じていたので、実現まで辿り着いて本当に良かったです。

――今後の展開など、検討していることがあればぜひ教えてください。

アスラボ・片岡氏 : 日本には素晴らしい食材がたくさんありますので、その情報を集約し、百貨店のバイヤーさんが選べるようなプラットフォームを構築したいです。ただ情報を集めるだけでなく、流通方法まで確保できないかとも考えています。そして、お客様が参加しながらフェアの商品や参加するテナントを決めて、消費行動自体に変革をもたらしたいですね。それらの取り組みは食だけでなく、お酒や家具など、百貨店が関わる商品に応用がきくと思っています。

東急百貨店・小川氏 : 東急百貨店の既存店としては、今回のフェアを成功させて、定期的なイベントに成長させていきたいですね。将来へ向けたアイデアとしては、東急沿線をアスラボさんの力を借りて活性化できたらと考えます。テイクアウトの食を購入する場所は駅近など、利便性が重要になります。しかし、外食の場合は少し不便な場所でも、人を集める力がある。今後はその力を反映させて、買うだけでなく飲食できる場作りをして、東急線沿線を活性化させたいです。

――食を購入するだけでなく、その場で食を楽しめる場を作っていくわけですね。

東急百貨店・小川氏 : そうですね。東急線沿線に横丁ビジネスを展開していただくなど、百貨店だけにとらわれない展開も必要だと感じています。新しいやり方を求められている時代ですから、枠組みを壊して、それらを創り上げていきます。

アスラボ・片岡氏 : 今回は食という領域で東急百貨店さんと共創しましたが、ハイブランドの食材をホテルビジネスで展開するなど、東急さんと一緒にできることは多くあると思っています。アスラボが目指しているのは、日本の食のビッグデータカンパニーになること。日本食を今よりもっとグローバル化させていきたい。

また、中食という観点でいうと東急線沿線でデリバリーもできるキッチンを作り、地域を活性化させ、暮らしをもっと楽しくしていきたいです。東急グループは文化企業だと思っていて、そういった側面があるからこそ、一緒に取り組みたいと考えていたんです。これからも、色々なことにチャレンジできると思っています。


相性が合うなら、挑戦するべき。

――最後に、TAPへの応募を検討しているベンチャーやスタートアップにメッセージをお願いします。

アスラボ・片岡氏 : 一言でいうと「絶対に応募した方がいいですよ」かな(笑)。

――なるほど(笑)

アスラボ・片岡氏 : 確かに、相性もあります。東急さんは生活密着型ビジネスなので、テクノロジーに尖った企業ではマッチしない場合もあるかもしれません。ただし、相性が合うと感じたら、応募する価値はありますよ。

TAPは、表面的な取り組みではありません。本気でスタートアップやパートナー企業と組むという真摯な姿勢があります。何回も会話して、資料を作成して、何もカタチにならなかったという経験をしているスタートアップは少なくないと思いますが、TAPにはそれがない。企画に対するジャッジも的確で、本気でやってくれる。どうすれば実現できるかで話が進んでいくため、無駄な時間もない。スタートアップの経営者は時間が大切だと思いますが、TAPは全て有意義な時間でした。

――小川さんはいかがでしたか?

東急百貨店・小川氏 : 気がついたら、TAPにどっぷり浸かってました(笑)。取り組んでみて分かったのは、うわべだけではカタチにできないということですね。TAPも4年目ということで、今までのナレッジもありますし、事務局をはじめとした関係者に熱意があったので、粘り強く続けられました。片岡さんが言われたように、どうやったらできるのかという前提で話も進んでいきました。そして、何よりTAPを通じてみなさんと出会えたことは、本当に意味のあることだったと思っています。


取材後記

“本気でやる”、“泥臭くやる”。言葉だけ聞くと非効率で、ともすると説得力に欠ける響きを持っている。しかし、TAPで最優秀賞に輝いたアスラボ×東急百貨店の共創の原動力は、まさしくここにある。どんなにテクノロジーが進歩しようとも、革新的なアイデアが生まれようとも、最後の最後には人の意思がプロジェクトの成否を決める。今回はそれを証明する事例ではないだろうか。

(構成・取材・文:眞田 幸剛、撮影:古林洋平)