スタートアップ企業とのオープンイノベーションによって新規事業の創出を目指す「KEIKYU ACCELERATOR PROGRAM」。京急電鉄(以下、京急)は、『モビリティを軸とした豊かなライフスタイルの創出 〜テクノロジーとリアルの融合による地域連携型MaaSの実現〜』という新規事業創出のビジョンを掲げ、プログラムの第2期となる今回は、以下5社のスタートアップが採択企業に選ばれた。


<採択企業5社と事業共創の方向性>

●株式会社AirX……空の移動革命を見据え、空飛ぶクルマなどの新たな次世代交通網の創出を目指す

●ecbo株式会社……京急沿線店舗での荷物預かり実施などによる「手ぶら観光」の提供を通じて、鉄道の混雑緩和を図り、移動体験を向上させる

●tripla株式会社……宿泊施設への予約機能の実装によるオペレーションコストの削減と、バスやタクシーなど移動手段との連携によるワンストップサービスを実現する

●株式会社NearMe……「人のラストワンマイル」の移動問題を解決するオンデマンド・移動サービスを実現し、京急沿線に新たな移動手段を創出する

●株式会社Nature Innovation Group……傘を持たない世界の実現による移動体験の向上と、雨天時に新しい需要を創出する雨の日のプラットフォームを構築する


今回の記事でははじめに、プログラムの運営を担う京急・新規事業企画室の橋本氏に5社を採択した狙い、各社との共創の方向性について伺った。また、採択企業5社の代表者にお集まりいただき、京急と5社で描く『モビリティを軸とした豊かなライフスタイル』についてディスカッション形式で語っていただいた。


“人の移動”にフォーカスしたスタートアップ5社を厳選

――「KEIKYU ACCELERATOR PROGRAM」第2期の採択企業5社を発表されましたが、採択理由について教えてください。

京急・橋本氏 :第2期となる今回は「新しい移動手段」や「移動先の体験を豊かにする」サービスを提供している5社を採択させていただきました。数あるアクセラレータープログラムの中でも、これだけ「移動」というテーマにフォーカスしたプログラムも珍しいと思います。

当社は「モビリティを軸とした豊かなライフスタイルの創出」を目指していますが、モビリティサービスのデジタルプラットフォーム化が急速に進むことが予想される中で、取り組みは待ったなしの状況です。鉄道会社も各領域でデジタルトランスフォーメーションを進め、様々なシーンで新しい提供価値を生み出していくことが必要だと考えています。今回のプログラムでは、その実現に向けて、それぞれの分野で心強いパートナーと出会うことができました。

▲京浜急行電鉄株式会社 新規事業企画室 主査 橋本雄太氏

大手新聞社、外資系コンサルティングファームを経て、2017年4月より現職。新規事業企画担当として、「京急アクセラレータープログラム」を立ち上げ・運営するなど、オープンイノベーションによる新規価値の創出を目指している。

――すでに5社それぞれが京急各事業部との共創をスタートしたとお聞きしていますが、各社の想定されるテストマーケティングの内容、共創の方向性などについて教えていただけますか?

京急・橋本氏 : AirXさんは空の次世代交通網の創出という究極の目標に向かって、まずは三浦半島エリアにおけるエアーモビリティを活用した観光プランを実現していきます。

続いてecboさんですが、短期的には当社の商業施設などと連携し、荷物預かりサービスの導入を目指します。将来的には手荷物のストレスから解放される移動体験を生み出していきたいです。

triplaさんはビジネスホテルチェーンとの取り組みを進めています。現在はOTA(Online Travel Agent)でホテルの予約をする方が多いのですが、取り組みによって自社予約比率を向上させていきます。また、多言語対応のインターフェースとして、将来的には鉄道やバス、タクシーといったモビリティサービスと連携させていくことを想定しています。

――Nature Innovation GroupとNearMeに関してはいかがですか?

京急・橋本氏 : Nature Innovation Groupさんは日本初の傘のシェアリングサービスを提供しています。雨の日という切り口から、新しい需要を創出することが目標です。まずは、品川などエリアを区切って実証実験を行う予定です。

最後にNearMeさんですが、相乗りによってより安価で便利な移動体験を生み出したいと考えています。当面は観光型のオンデマンドシャトルの試験運行によって仮説検証を進めていく予定です。タクシー業界に関しては慣例や法律による制限も多いため、現時点でできることを探りながら進めています。


京急×採択スタートアップ5社によるディスカッション 〜京急と5社の共創が生み出す移動体験の未来像

【ディスカッション参加者(全7名)】

■株式会社AirX 代表取締役 CEO 手塚究氏

■ecbo株式会社 執行役員 猪瀬雅寛氏

■tripla株式会社 代表取締役 CEO 高橋和久氏

■株式会社Nature Innovation Group(以下、アイカサ) 代表取締役 丸川照司氏

■株式会社NearMe 代表取締役社長 髙原幸一郎氏

■京浜急行電鉄株式会社 新規事業企画室 課長補佐 柴田和義氏

■京浜急行電鉄株式会社 新規事業企画室 主査 橋本雄太氏


<観光/ビジネストリップ編>

●訪日外国人・日本人観光客/ビジネストリップの移動体験はどのように変わるのか?

――5社の共創が実現することで人々の行動、サービス提供のあり方はどのように変わっていくのでしょうか? まずは観光やビジネストリップという観点でお聞かせください。

tripla・高橋氏 : 当社はAIチャットボットでホテルに寄せられる質問を自動的に回答するというサービスを提供していますが、外国人から寄せられる質問の多くは日本人からすれば誰もが常識的に知っていることがほとんどです。

例えば「日本ではICカードのようなもので電車に乗れるらしいが、それは何だ?」といったような質問です。日本人からすれば「それはSuicaかPASMOだ」という話になりますが、外国人には馴染みがないんです。そんな些細な部分の利便性を補完してあげるだけでもカスタマーサティスファクションの向上につながりますし、「また日本に行こう」「またあのホテルに泊まろう」と考えるリピーターも増えるのではないかと思います。

京急・橋本氏 : 当社は羽田空港と都心や横浜方面を結んでいますが、羽田から「どの交通手段で移動すればベストなのか」というのは一目ではわかりにくいと思います。事前に調べて来ている人ばかりではないので、目的地に合わせた案内はもちろん、AIチャットボットなど多言語の問い合わせに対応できる仕組みがあるといいですよね。

tripla・高橋氏 : 出張で台湾に行ったとき、台北からかなり遠い空港に降りたので、台北までの移動手段がわからずに困ったことがありました。結局、日本人ブロガーの体験記を参考にして宿泊先のホテルにたどり着けたのですが、Webで調べても日本語の情報がほとんど出てこないんです。そんなとき、宿泊先のホテルに問い合わせれば日本語で教えてくれるサービスがあると便利なんですけどね。それこそAIチャットボットでもいいので。

▲tripla株式会社 代表取締役 CEO 高橋和久氏<写真中>

NearMe・髙原氏 : 言語がわからない状態で初めて訪れた国の公共交通機関を使うのは結構ハードルが高いですよね。空港からホテルまでの送迎バスもありますが、飛行機の搭乗者情報を相乗りのシャトルバスにつなげるなど、もっと高度にテクノロジーを使って連携させることで、「飛行機を降りたらこれに乗ればOK」という状態にできると便利ですよね。

――外国人の方が飛行機から降りた後、良い意味で「何も考えずに目的地に向かって移動できる」という仕組みを作っていく必要がありそうですね。

NearMe・髙原氏 : 電車もバスも普段からそこに住んでいる人たちにとっては便利な形で運行されているはずですが、初めて来た人は「どれに乗ればいいのかわからない」という状態でしょうね。

ecbo・猪瀬氏 : 日本の鉄道網はハード面だけで考えれば間違いなく世界のトップクラスです。表面上のわかりにくさを取り除いて目的地に対するルートをシンプルに示してあげるだけでも大きく印象が変わると思います。それこそMaaSの第一歩ではないでしょうか。

▲ecbo株式会社 執行役員 猪瀬雅寛氏<写真中>

京急・柴田氏 : 駅の自動券売機は基本的に無人ですが、空港をご利用のお客様のために人が立って、半有人の形で運用するなど、現場レベルではできる限りの対応をしているんですけどね。ただ、それを補完する新しいやり方がないものかと考えています。

京急・橋本氏 : 今後、訪日外国人旅行客はさらに増えるので、アナログな対応だけでは日本全体でキャパオーバーになりますよね。テクノロジーを持つスタートアップと既存企業の共創によって解決できる領域だと思います。

tripla・高橋氏 : 「どの乗り物がいくらかかるのか」という値段の部分も大事ですよね。とくに外国人の方にはわかりづらいと思います。ユーザー目線で考えると「高いけど早い」「遅いけど安い」といったプライシングの差が可視化されるだけでもかなり便利になると思います。

京急・橋本氏 : モビリティの種類、それに伴う時間や価格が一目でわかるようなサービスが必要ですよね。また、今後は需要に応じたダイナミックプライシングが浸透する世界になると思うので、それぞれの移動サービスにどれだけ付加価値をプラスできるかということも重要になるでしょう。

――初めて日本を訪れるような観光客であっても、移動の手段・時間・コストを正確に把握してスムーズに意思決定できる世界になるといいですよね。

AirX・手塚氏 : 一方でインバウンドの方々は「限られた滞在期間の中でどこに行けるか」という選択を強いられているので移動時間を短縮することができれば、さらなる回遊を創出できると思っています。AirXは空の移動ソリューションを提供しているのですが、京急さんや他のスタートアップの皆さんと連携し、稼働を高めていくことで利用料金を下げられると思います。稼働を高め、利用料金を下げることで時間の面でもコストの面でもインバウンドの方々の選択肢を増やしていきたいですね。

▲株式会社AirX 代表取締役 CEO 手塚究氏

NearMe・髙原氏 : 目的地にたどり着くためのストレスを解消することも重要ですが、さまざまな移動手段を発見しやすく、調べやすくするというテクノロジーも重要ですよね。三浦半島であれば一次交通として鉄道があるけど、海の方まではつながっていないのでAirXさんのヘリを使ったり、NearMeの相乗りアプリを使ったりという手段を提供できると思いますが、それらの手段を発見してもらうためのソリューションも必要です。京急さんと5社が組むことによって生まれる移動手段を、ユーザーの皆さんに発見してもらうための取り組みも進めていかなければならないと思います。

ecbo・猪瀬氏 : また、京急さんに限らない話ですが、観光で鉄道を使う人と日々の仕事や生活で鉄道を使う人、両者はどこまで行っても混在してしまいます。通勤電車の中で申し訳なさそうにスーツケースを持って立っている観光客をよく見かけますが、混ざり合ってしまうことでお互いが不便さを感じてしまう状況も解消したいですよね。

京急・橋本氏 : 当社の空港線でも課題となっています。観光客と生活者が混在することで起きる問題は京都なども含め、日本全国の観光地で起こっています。このままインバウンドが増え続ければ、いずれ臨界点が来てしまうことは明らかなので、互いが棲み分けられるような仕組みづくりをしていく必要もあると思います。

京急・柴田氏 : きちんと整理すれば物理的にも余白はあるはずですからね。私たちの共創によって観光客と生活者の棲み分けを進め、互いが気持ちよく行動できるような状態を実現できるといいですよね。

▲京浜急行電鉄株式会社 新規事業企画室 課長補佐 柴田和義氏<写真右>


<日常生活編>

●通勤・通学など人々の日常生活の移動体験はどのように変わるのか?

――日常生活で鉄道を活用する人たちの話も出てきましたが、京急と5社の共創により、人々の日常生活にどのような変化を起こしていけるとお考えでしょうか?

アイカサ・丸川氏 : 当社は日本初の傘のシェアリングサービス「アイカサ」を提供していますが、京急の駅やグループの店舗でいつでも傘を借りられるような世界になれば、天候を気にせず出かけられるようになり、移動がよりシームレスで快適なものになっていくと思います。

現状、夕方から雨が降り出したような日は、帰宅時間帯に駅の中でじっと待機している人たちを見かけます。コンビニで傘を買えばいいのでは?とも思うのですが、「傘を買ったら負け」と考えている人も結構多いんですよ(笑)。「アイカサ」を使えば、24時間70円で傘を借りることができます。次の日の朝に戻しておけばいいだけなので、さすがに借りてくれるかなと。

▲株式会社Nature Innovation Group(アイカサ) 代表取締役 丸川照司氏

京急・柴田氏 : 鞄に折り畳み傘を入れていることもあるんですけど、必要なときに限って家に置き忘れていたりしますからね。

NearMe・髙原氏 : 家に置いてきたときに限って雨が降るという(笑)。

アイカサ・丸川氏 : そうした問題を解決するのが「アイカサ」です。

AirX・手塚氏 : 雨の日は電車の中も水でグチャグチャになるし、下に鞄を置くこともできないですよね。「アイカサ」で借りた傘を駅に置いていくことができれば電車の中に傘を持ち込まなくていいので、電車内の快適性も上がりそうです。

アイカサ・丸川氏 : あとはタクシーですね。

京急・柴田氏 : 雨の日ほどタクシーを使いますからね。タクシーで濡れないギリギリのところまで着けてもらうんですけど、どうしても少し濡れてしまう場所ってありますよね。そのラスト数マイルを「アイカサ」で補うというのはアリでしょう。

NearMe・髙原氏 : タクシーまで「アイカサ」で借りた傘を使って、そのままタクシーに傘を置いていくという使い方もできますね。

▲株式会社NearMe 代表取締役社長 髙原幸一郎氏

――雨の日には人々の歩くルートが変わったり、晴れの日とは異なる行動をしたりすることがあると思いますが、そうしたデータを取ることで人々に新しいサービスを提供することもできるのでしょうか?

アイカサ・丸川氏 : データが取れれば面白いですよね。そうしたデータを可視化すれば「雨の日はバスのルートを変える」といったこともできるようになると思いますし、MaaSがよりシームレスな形で進んでいくと思います。

ecbo・猪瀬氏 : データ解析についてはチャレンジする価値があると思います。先ほどの話に戻ってしまいますが、観光客と生活者の移動データの乖離を確認できれば、それぞれに対して異なるアプローチができますし、プライシングの話にもつなげていけると思います。利用シーンが異なるにも関わらず同一価格だったものに変化をつけていくこともできますよね。

京急・橋本氏 : 鉄道の乗降客データや、駅前のスーパーマーケットやショッピングセンターの売上推移など様々なデータを持っていますが、それぞれのデータがバラバラに存在している状況なので、MaaSの実現に向けてデータの統合を図っていけたら良いと思います。

京急・柴田氏 : 首都圏では当社も含めて多くの鉄道会社が鉄道を運行していて、それぞれ同じ仕組みで動いてはいるものの、データは各社でバラバラなんですよ。そうした広域の問題を解決するためには、鉄道会社同士も連携を取る必要もあるでしょう。

――観光のような非日常なシーンから、雨の日という日常のシーンまで幅広い取り組みが出来そうですね。

京急・橋本氏 : 「アイカサ」は最初から日常の生活者をターゲットにしていますが、他の4社は観光客など非日常の課題を解決するサービスです。ただし、最終的にいずれの事業も日常生活で使われていくことを目指しているという点では、まさに未来のライフスタイルを一緒に創ることのできる5社だと感じます。


<採択から1カ月>

●京急アクセラレータープログラムの魅力、今後の共創に対する期待感

――採択企業5社の皆さんにお伺いします。プログラムがスタートして約1カ月ですが、「KEIKYU ACCELERATOR PROGRAM」について、どのような印象をお持ちですか?

ecbo・猪瀬氏 : 徹底的に「移動から新しいライフスタイルを」というテーマにフォーカスされているプログラムなので着地点が明確であり、本来やるべきこと、アプローチすべきことに集中できるような設計が成されていると感じました。また、役員陣も含めて社内の皆さんの意思統一がしっかりしています。誰もが「短期で終わるはずがない」という覚悟を持って取り組まれている印象も受けたので、共創を通じて「新たな社会インフラを生み出せるのではないか」という期待感を持っています。

アイカサ・丸川氏 : 今回採択されている5社は共通点も多いですし、一人のお客さんが5社すべてのサービスを利用するということも十分に考えられます。京急さんを中心にみんなでプラットフォームのようなものを作っていくことで人々の移動を滑らかにできるのではないかと思っています。

tripla・高橋氏 : このプログラムで一番素晴らしいと感じたのは、選考段階から各事業部の方々が関わっているので、ミーティング初日から話がまとまりやすかったということです。

AirX・手塚氏 : 選考過程の話になりますが、自社の説明をする時間が少なくて楽でした。事務局の皆さんがスタートアップ各社の概要について事前に社内で説明いただいていたおかげもあり、三浦半島における事業共創のビジョンなど、本来時間をかけて説明したい部分のプレゼンに注力することができました。

NearMe・髙原氏 : プログラムとしての魅力は2つあると考えています。1つは京急さんのアセットです。鉄道を中心にバスもあるし、タクシーもある。幅広い事業を手がけられているのですが、それぞれが地域に根差し、事業規模もちょうど良いサイズ感なので、事業展開のイメージがつきやすいということがありました。

もう1つは京急さんの本気度です。鉄道会社であっても本業と関係ない周辺部分で新規事業を作るだけというプログラムも少なくないのですが、京急さんは本気でモビリティに関わる部分に付加価値を出そうとしていることが感じられました。

また、当社は京急・グループ戦略室さんを通してタクシー会社である京急交通さんと話し合いの場を持たせていただいていますが、あの場を設定いただくこと自体がすごく勇気のいることだと思います。そうした場をすぐに設定してくれる京急さんを見ていると、「ここから新しいものを生み出そう」という本気の姿勢を感じることができるんです。


取材後記

「今期は特に社内の巻き込みを重視し、企画段階から各事業部門とディスカッションを重ねた結果として、採択後の動きはスムーズに進んでいる」と橋本氏が語ったように、5社の採択からわずか1カ月後のインタビューだったにも関わらず、各社との事業共創の方向性や実証実験の目的などしっかり定まっていることに驚かされた。

また、京急・柴田氏、橋本氏と採択企業とのディスカッションでは、インバウンドも含めた観光客、さらには日常的に沿線を活用する人々の生活を豊かにするさまざまなアイデアが提案された。話題は京急とスタートアップ各社という1対1の関係性だけでなく、スタートアップ同士の連携や、京急と5社のサービスをシームレスにつなぐプラットフォーム化の構想にまでおよび、人々の移動やライフスタイルがより良いものに変わっていく未来を想像することができた。

「KEIKYU ACCELERATOR PROGRAM」が生み出すモビリティとライフスタイルの未来について、今後も注目していきたい。

(構成:眞田幸剛、取材・文:佐藤直己、撮影:古林洋平)