AI、量子コンピュータ、ブロックチェーンなど最先端のテクノロジーを巧みに操り、戦略、デザインからハイブリッド/マルチクラウドの推進まで総合的なコンサルティング力で、さまざまな業界のデジタルトランスフォーメーションを加速させている日本IBM(以下、IBM)。IT業界において“巨人”とも評されるIBMでは、2014年からスタートアップとの共創プログラム「IBM® BlueHub」を実施してきた。これは、先端テクノロジー活用の支援や、IBMクライアントとのオープン・イノベーションを通じた事業開発支援、経験豊富なVCメンター陣によるサポートなど、半年間にわたって徹底してスタートアップと共創に取り組む内容だ。

今年も第6回目となるプログラムが、いよいよ開幕。7月3日からエントリーを受け付けている。これまでのプログラムよりも一層、IBMと一緒に共同提案できるような実用的なサービスやプロダクトを創出し、各産業や社会の課題を解決することを目指していくという。

eiiconでは、第6期プログラムの募集開始にあたり、運営全般を担うIBMの椎葉氏、および第5期で採択されたスタートアップ2社(pickupon/チュートリアル)に、本プログラムの特徴をお伺いした。運営側が考える今期の狙いは何か、参加側から見たプログラム前後での変化や今後の展開とは?――本記事ではその中身について詳しくお伝えする。


▲日本アイ・ビー・エム株式会社 グローバル・ビジネス・サービス 戦略コンサルティング&デザイン統括 IBM BlueHub Lead 椎葉圭吾氏

IBMビジネスコンサルティングサービス(現日本IBM)へ入社後、AI /WatsonやIoTなどの領域における新規事業立ち上げ、事業開発などの各種コンサルティングプロジェクトの提案からサービス提供に従事。現在、IBM BlueHubのプログラム運営全般を統括。

▲pickupon株式会社 CEO/Founder 小幡洋一氏

IBM BlueHub第5期採択企業。通話を自動で記録、入力してくれる法人向けSaaSプロダクト、pickupon(ピクポン)を開発・運営する。


▲株式会社チュートリアル CEO/Founder 福田志郎氏

IBM BlueHub第5期採択企業。クラウド型のRPAソフトウェア『Robotic Crowd』を開発・運営する。


■目指したいのは、IBMとスタートアップによるビジネスの共同創出

――まず最初に、第6期の募集を開始するにあたり、前回からの変更点や今期フォーカスしていく領域などがあれば教えてください。

IBM・椎葉氏 : IBM BlueHubは、2014年から開始して今期で6期目となります。これまでプログラムを通して、さまざまなスタートアップと出会い、共創につなげることができました。スタートアップとIBMが組むことで、お客様の課題に対してより総合的に提案ができる事例も増えています。第6期はこれまで以上に、IBMと組んでお客様に共同提案ができるようなサービスやプロダクトをお持ちのスタートアップと出会いたいです。

――具体的に過去のプログラムから、どのような共同提案事例が生まれているのでしょう。

IBM・椎葉氏 : たとえば、IBM BlueHubの第4期で採択させていただいた株式会社トラジェクトリーさんとの共同提案事例があります。トラジェクトリーさんは、ドローンのAI管制システムを手掛けているスタートアップです。トラジェクトリーさんの持つドローン技術と、IBMの持つブロックチェーン技術を組み合わせて、官公庁へ提案を行い受託することができました。提案内容は、災害時に孤立した地域に対し、ドローンを用いて情報収集するという内容のものです。これは、IBMのブロックチェーン技術だけでは成しえなかった提案です。トラジェクトリーさんのドローンを運行管理する技術があって初めて、成立する提案でした。

――なるほど。過去のプログラムが、着々と成果につながっていますね。

IBM・椎葉氏 : そうですね。スタートアップとIBMが組むことで、より総合的な提案ができるようになりました。こうした背景もふまえて、第6期において私たちがフォーカスしたい領域を3つ定めました。1つ目ですが、IBMはブロックチェーンやAIなど、クラウド側のソリューションを保有しています。一方で、たとえばドローンやロボットといったエッジ側のプロダクトは持っていません。ですから、エッジ側でデータを取得したり、データを処理できるプロダクトやソリューションをお持ちのスタートアップと組めば、お客様におもしろい提案ができるのではないかと考えています。

2つ目ですが、IBMは、グローバルでSalesforce導入支援のBluewolfを買収するなど、営業支援に限らず財務、人事といった様々な領域でSaaSと絡めたコンサルティングサービスを拡充しています。そうしたSaaSと連携できるソリューションをお持ちのスタートアップであれば、その周辺領域などでコラボレーションできる可能性があります。

最後に3つ目ですが、近年さまざまな産業がアップデートされています。たとえば、金融や製造業における変化は顕著ですよね。今期は産業そのもののアップデートを一緒に担っていけるようなスタートアップにも注目していきたいです。

――第6期を迎え、社内の反応も変わってきたのでは?

IBM・椎葉氏 : 期を重ねる毎に、IBM BlueHubの取り組みが全社に浸透してきていると感じます。実際、さまざまな部署から問い合わせを受けますし、「スタートアップと組んで、何か新しい提案がしたい」という声も増えてきています。2019年5月1日付で社長に就任した山口も、就任の際に「あらゆる枠を超えて、お客様のデジタル変革をリードしていこう」というメッセージを発信しました。IBMでは全社を挙げて、スタートアップも含めたあらゆるステークホルダーとの連携を強化し、先進テクノロジーによる新規ビジネスを共に創っていこうという気運が高まっています。


IBMのメンターたちが、スタートアップのビジネスを磨く

――では、5期で採択された2社にお伺いします。2018年秋からスタートしたプログラムを通しての変化や、2019年3月に開催されたDemoDay後の動きについて教えてください。

pickupon・小幡氏 : 僕たちは、プロダクトも何もない状態でこのプログラムに参加しました。それが、プログラムの3カ月目にプロダクトが仕上がり、3月に開催されたDemoDayでは完成したプロダクトをお披露目することができました。

――プロダクトというのは、通話を自動で記録・入力してくれる法人向けSaaSである「pickupon(ピクポン)」のことですね。

pickupon・小幡氏 : はい、その通りです。DemoDay後は、私のプレゼンをご覧になったお客様からお問い合わせをいただいたり、IBMさんを通じて大手のお客様をご紹介いただいたり、新しい出会いも生まれています。アイデアだけの状態から、IBMさんの協力を得ながらプロダクトを生み出すことができた――これがプログラム前後での変化です。

現在は、完成したプロダクトを拡販していく段階にいます。実は、プログラム終了後も、コンサルタントであるIBMのメンターに、ビジネス面でサポートをしていただいています。というのも、僕たちはこれまでペインを抱えているユーザーが存在するか、ペインを解決できる可能性があるかを深掘ることに集中してきたんですね。その先にあるマーケットに関しては、おそらく存在するだろうという見通しはあったものの、どうやって売っていくかまでは全然考えていませんでした。

ちょうどDemoDayが終わった頃、「どう売っていくのか」「どうユーザーをセグメントしていくのか」を考え、事業計画をまとめなければならない時期に差しかかっていました。でも、僕には事業計画をまとめる能力がなさすぎて(笑)。その部分はIBMのメンターにがっつりサポートしていただきました。

――具体的にどのようなサポートだったのでしょう。

pickupon・小幡氏 : 僕がこれまで蓄積してきたことを話していくと、IBMのメンターがきれいに整理し、言語化してくれたんです。「そういうことだったのか!」と逆に僕が知るという具合でした(笑)。整理していただいたことで、今後の進め方が明確になりましたね。競合がひしめく中で、どう戦っていくかをアドバイスしていただけたことは、とても大きかったです。

――現在、どういった企業をターゲットに営業活動をされているのですか。

pickupon・小幡氏 : 最初は、中小企業をターゲットにしようと思っていました。でも、進めていくうちに、企業の規模に関わらず、インサイドセールスの立ち上げ期にある企業や部署が狙い目だと気づきました。ですから、会社の規模に関わらず、インサイドセールスを導入しようとしている部署をターゲットに営業活動を行っています。IBMのメンターとディスカッションをしながら、この攻め方を明確化しました。プログラムが終了した今でも、2週間に一度の頻度でメンターにお会いし、相談しています。

IBM・椎葉氏 : 少し補足すると、pickuponさんを担当したIBMのメンターは、企業の事業戦略策定を支援するコンサルタントということもあり、そのケイパビリティを活かした支援しているんです。また、AIのリサーチャーとのディスカッションやIBMのAIのAPIであるPesonality Insightの活用など多方面から共創にトライしていました。

――チュートリアルさんはいかがですか?

チュートリアル・福田氏 : 僕らの場合は、プログラムが始まった昨年9月の段階でサービス(クラウド型のRPAソフトウェア『Robotic Crowd』)は完成していて、ちょうどリリースしたタイミングでした。ですから、どう売っていくかを考え始める時期だったんですね。プログラム参加前は、ターゲットをエンタープライズ(大企業)に設定していました。RPAの主戦場はそこにあると。でも、IBMさんといろいろ検証していく中で、エンタープライズをターゲットにするには、まだ足りない部分があることに気づきました。

そこで、メンターの人たちとディスカッションをしながら、僕らのサービスが刺さりそうなターゲットを再考したんです。その結果、新興のIT企業で、上場前後、従業員数でいくと500人未満くらいの企業、いわゆるメガベンチャーをターゲットにすべきだと改めて気づきました。そこにターゲットを絞って営業活動を仕掛けたところ、感触がよく支持をいただけるようになりました。ですから、今狙うべきターゲットに早く気づけた点は、プログラムに参加したことによる大きな変化ですね。

――なるほど。メンタリングの中で、特に活かされている視点があれば教えてください。

チュートリアル・福田氏 : IBMさんは、BPOという分野の巨人です。その意見を聞けたことが、実は今の事業展開に活きています。というのも、僕らが展開するRPAは業務効率化ツールですから、BPOとは切っても切り離せない関係です。僕らのターゲットにBPOサービスを展開する企業も、もちろん入っているんですね。IBMさんはBPOのプロですから、一緒にディスカッションをすることで、BPOを手がける企業がRPAをどう活用しているのか、課題は何かが見えてきました。

そこで得た気づきが、「コスト削減」のためのツールという見せ方をすべきではないということでした。なぜかというと、BPOは大抵の場合、コスト削減や効率化が目的ですから、コストを極限までに切り詰めている状態なんです。つまり、入り込めるチャンスが少ない。

視点を切り替え、「コスト削減」のためのツールという見せ方をやめて「成長戦略」のツールという見せ方に変えました。「今から人が増えていく会社のためのRPA(ロボット)です」という位置づけに変更し、そういう売り方をしたんです。この気づきが奏功し、現在、成長過程にある数多くのお客様に僕たちのサービスを導入していただいてます。

IBM・椎葉氏 : IBM BlueHubでは、プログラムのキックオフとして、VCさんやIBMのメンターが参加する合宿を行い、集中ディスカッションを通じてプログラムのゴールを決めているんです。そこでの結果を踏まえて、チュートリアルさんの場合、IBMのBPO部隊とコラボレーションできそうだということで、BPO部隊と検証を重ねたり、ディスカッションをしました。その中で、成熟した大企業というより、急成長中のメガベンチャーに刺さることが見えてきました。今狙うべきターゲットを再認識されていましたし、「成長戦略」のためのツールという売り方も見出されました。試行錯誤をしながら、攻め方を磨いていかれた点が面白かったですね。

――IBM BlueHubでは、有力なVCによるメンタリングも特徴です。VCさんからのアドバイスは、どう事業に活かされていますか。

pickupon・小幡氏 : 僕は、Archetype Venturesの福井さんにご支援いただきました。福井さんには、必要な時に必要な人にスピーディにつないでいただけましたね。実は、福井さんからご紹介いただいた企業が、今すごくいいお客様になっています。僕らのプロダクトに対してたくさんフィードバックをくれるんです。ユーザーインタビューも定期的にさせていただいたり、プロダクトのブラッシュアップに好意的に協力していただいたり。そういった出会いをつくってもらえたことに、非常に感謝しています。

チュートリアル・福田氏 : 僕らはDNX Venturesの倉林さん、服部さんにご支援いただいたのですが、膨大な量かつ最先端の情報を持っていらっしゃることに、ただただ驚きました。しかも、国内のみならずアメリカの事情にも詳しい。過去の事例もたくさん共有いただけました。参考にできる内容も数多くあったので、とても助かりましたね。今後も継続してお付き合いしていきたいです。


■採択2社が描く、これからの共創の形

――今後、IBMさんとどのように共創していきたいと考えていますか。

pickupon・小幡氏 : プログラムの途中に、IBMのSalesforceコンサルティングのメンバーとディスカッションをさせていただきました。ですが、その時はまだプロダクトがなかったので話は進まなかったんですね。今、プロダクトも仕上がったので、話を進めていきたいと思います。僕らのサービスはインサイドセールスの立ち上げ期が狙い目です。IBMが手がけるSaaS関連のコンサルティングサービスとは、親和性が高いと感じています。

チュートリアル・福田氏 : 僕らは今、メガベンチャーにターゲットを絞っているのですが、一方で彼らは基本的にはシステムインテグレーターと仕事はしません。でも、世の中的に見ると、インテグレーターに入ってもらう企業の方が多いですよね。ですから、インテグレーターとして有名なIBMさんとは、ぜひ今後もおつきあいしていきたいです。どういう機能があればインテグレーターとしてうれしいのか、逆にどういう機能がないとインテグレーターとしてビジネスが成立しないのか、アドバイスをいただきながら、進化させていきたいですね。

IBM・椎葉氏 : IBMでは、営業支援、財務、人事といった領域で、Salesforceをはじめとした様々なSaaSの導入支援を行っています。それらの周辺部分では、IBMがアドオンで開発していることもあります。両社とは、そういった今あるIBMのサービスやその周辺部分においてコラボレーションすることで、共同提案ができる可能性は十分にあると思います。ですから、引き続きコラボレーションの機会を模索していきたいです。

――最後に、6期の募集を開始するにあたり、エントリーを検討している人たちに向けて、メッセージをお願いします。

pickupon・小幡氏 : プログラムにエントリーした時は、僕なりの狙いがありました。著名なVCさんのメンタリングを受けられるとか、IBMさんと僕らのサービスの相性がいいとか。でも、実際にプログラムを受けてみて、当初の狙いの斜め上くらいから恩恵を受けたという印象です(笑)。本当にこれは想像を超えていましたね。僕らの場合、プロダクトが完成し、お披露目もできて、売上が立つ見込みもできたわけですから。採択されることで可能性は大いに広がると思います。

チュートリアル・福田氏 : 「どこまで真剣に向き合ってもらえるのか……」という懸念からエントリーを躊躇する人もいるかもしれません。ですが、プログラム全体を通して僕自身、嫌な思いをしたことは一度もないですし(笑)、最善策を見つけるために同じ目線に立ち、真剣に共創に向けて取り組んでもらえました。ですから、躊躇せずにチャレンジしてみてください。


■取材後記

素晴らしい武器はあっても、戦い方が分からない――そういう企業は多いのではないだろうか。今回の取材では、採択2社がプログラムで出会ったメンターたちとのディスカッションを通して、戦い方を知り、あるいは磨きをかけ、マーケットに挑んでいる様子が伝わってきた。これらは、最先端テクノロジーへの知見に加え、総合的なコンサルティングを提供するIBMのプログラムだからこその魅力ではないだろうか。「自社のサービスやプロダクトとIBMを組み合わせて、新しいマーケットを切り開きたい」――そんな闘志あるスタートアップは、ぜひこのプログラムに参加してほしい。


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(構成:眞田幸剛、取材・文:林綾、撮影:古林洋平)