スタートアップ起業家たちの“リアル”に迫るシリーズ企画「STARTUP STORY」。――今回登場していただくのは、無人コンビニ「600」を展開する600株式会社を創業した久保 渓氏だ。

同氏は、アメリカの大学を卒業し、サンフランシスコで起業。帰国後は、クレジット決済サービス「WebPay」をリリースし、LINE株式会社の傘下へ。LINE Payの立ち上げを経て、2017年6月に600株式会社を立ち上げた。600は、KDDIやGunosy、LIFULLといった企業にも導入されており、年内に500台の設置を目論む。

幾度も創業を経験してきた久保氏が、スーパーやコンビニよりも小さな「半径50m商圏」にフォーカスした小売事業をスタートした背景、新規事業から得られた学び、さらに大企業との業務提携を成功させたエピソードを伺った。

■600株式会社 代表取締役 久保 渓氏

1985年、長崎市生まれ。高校卒業後、米国Carleton Collegeに進学。政治科学とコンピューター科学のダブルメジャーで卒業。2008年にIPA未踏事業に採択。同年、Webサービス売却を経験。 2010年3月にサンフランシスコで fluxflex, inc.(フラックスフレックス)を創業。 2012年帰国。2013年5月に ウェブペイ株式会社を創業。クレジットカード決済サービス「WebPay」をリリース。2015年2月にLINE株式会社の傘下となる。2015年3月よりLINE Payの立ち上げに参画。 2017年5月にLINE Payが国内3000万ユーザーを突破したのを区切りとして退職。2017年6月に 600(ろっぴゃく)株式会社を創業。無人コンビニ「600」を提供している。


■目の前にあった課題が、起業の引き金になった

——久保さんは、アメリカでの起業やウォレット事業の立ち上げ・買収を経て、無人コンビニ「600」を提供する600株式会社を創業されています。前職からビジネスモデルの著しい変化があったと思いますが、起業の背景を聞かせてください。

久保氏 : 私は起業において事業領域を選択する際、2つの指標を設けています。それが、「自分自身の根源的な欲求・課題を解決できること」、「社会変革のような大きなトルネードが発生する領域であること」です。

数年前からフィンテック業界に携わる中で、キャッシュレス決済の延長線上でオフラインの小売にも、社会変革の波がきていると感じていました。その前提がありつつ、無人コンビニ事業に行き着いたのは、高層ビルで勤務した際に味わったランチタイム地獄が引き金になっています。

ランチタイム時のエレベーターの混み具合が想像を超えるひどさで、オフィスからコンビニに行って戻ってくるだけで數十分も費やしたこともありました。「これをどうにか解消したい」という思いから、無人コンビニ事業の構想が生まれたんです。

▲無人コンビニ「600」は、クレジットカード決済に対応。お弁当から日用品まで、さまざまなカテゴリーの商品を最大600品置くことができる。 https://www.600.jp/


——クラウドやウォレットといった事業領域から一転して、ハードウェア事業へ転向するのはかなりチャレンジングだったと思いますが、どのように軌道に乗せていったのでしょうか?

久保氏 : 最初はすべてが不確定事項のまま、私1人で創業しました。ヒアリングを行い、プロトタイプを作り、最初の10社に契約をいただくまでの4ヶ月間はずっと1人で、すべてが手探り。例えば、プロトタイプを作る際は、冷蔵庫を買ってきてUSBコードを付けて、アンテナやカメラ、タブレットを貼り付けて、使い勝手を確かめながら仕上げていくといった感じです。

2017年6月に創業し、9月下旬にプロトタイプが完成したタイミングで、SNSにプロモーション動画を投稿したところ、すぐに10社から意向表明をいただきました。それから開発や物流担当など10名ほどの社員を雇って、検証しながら機械の精度を上げていき、正式にサービスをリリースしたのが2018年6月です。

ただハードウェアの場合、事業をスケールさせるフェーズでの苦労がソフトウェアと大きく異なります。例えば、改善やアップデートの際、ソフトウェアならボタン一つで更新作業ができますが、ハードウェアはケーブルを1本取り替えるだけでも、台数分の稼働が必要になる。サービスの質を担保して、継続的に改善していくプロセスを踏むという点では、ハードウェアならではの課題がありますね。

——確かにソフトウェアとは比にならない苦労ですよね。どのように克服されているのでしょうか?

久保氏 : 現在、組織体制ができつつあるので、開発や運用体制を強化しながら、クオリティを高めようとしているところです。

弊社の場合、複数のスタートアップを同時に立ち上げるような感覚があって。というのも、製品を作るハードウェア、内部システムを作るソフトウェア、カスタマーサービスといったB to Cの部門から、B to Bの物流まで扱う事業が幅広いので、それぞれのバランスを制御しながら進めています。

起業する段階で組織図を用意していたので、当時描いていた青写真が徐々に形になっている手応えがありますね。


■すべてのスタートアップに当てはまる教科書はない。単独創業の狙い

——600株式会社はお一人で創業したとのことですが、何か意図があったのでしょうか?

久保氏 : スタートアップの教科書どおりだと、1人よりチームで起業するのが正解だと言われます。しかし、それは「Y Combinator(※)」が提唱する考え方であり、誰にでも当てはまるワケじゃない。

少なくとも何度か起業経験のある私には当てはまらないし、自分自身でベストな解を探る必要がありました。過去の経験から、スタートアップは良くも悪くも“自分らしい会社”になるとわかっていたので、あえて1人で創業する道を選択したんです。

※Y Combinator …… シリコンバレーの著名なスタートアップ養成スクール

——と言いますと?

久保氏 : 私自身の弱みは「意思決定力の低さ」で、他者の意見に揺るがずに自分の意思を貫くのが、わりと苦手なタイプなんです。もし2人で創業した場合、お互いの意見を聞き合うので、バリューにしてもプロトタイプにしてもトゲが削がれて丸くなり、平凡なサービスに落ち着いてしまう可能性があった。

その懸念を払拭するため、自分自身で考え抜いたうえで尖らせた意思決定ができるよう、単独創業というスタイルにしました。

——「尖った意思決定」は、どのあたりで発揮されているのかお聞きできますか?

久保氏 : まずこだわったのは、ワークスタイル。弊社は完全週休3日制を採用していて、水・土・日曜が休日です。加えて、私が育児中ということもあり、男性社員も含め育休取得を義務にしています。例外は認めますが、その場合は私を説得してくださいねと。

こういった制度に関しても、2人で創業していたらスムーズに決まらなかったと思うんですよ。当然、「なぜ?」と意見の食い違いが出てきますから。

また、弊社は「愛」「誠実さ」「責任感」「仲間を助ける利他性」「柔軟性」「局面を変える力」という6つのバリューを定めています。これも私自身が働いていて居心地が良い、あるいは自分の力を最大限発揮できる環境を作ることにつながっていて、2人目以降の社員は、このバリューに沿って採用しています。

——スタートアップの場合、身内に声をかけて組織を固めていくケースも多いと思いますが、御社の場合はWantedlyでオープンに採用されたそうですね。それも何か狙いがあったのでしょうか?

久保氏 : もちろん社員の中には私の知人もいます。ただ、それだけでは人数が不足していたし、オープンな募集もかけてみた、というところです。2人目を採用する際、Wantedlyにわりと長めのエントリーを掲載したところ、初月で200人、トータル350人の応募がありました。

その中から180人ほどの方とお会いし、15人を採用しました。採用にあたり意識したのは、働きに見合う対価を提供してフェアにやるということ。よくスタートアップって、やりがいはあるけど給料は減るみたいな暗黙の了解があるじゃないですか。弊社の場合、エンジニアだと年収1,000万円を超える人もいますし、前職から年収が下がった社員はおそらく1人もいないと思います。

——先程の6つのバリューを持ち合わせているかどうかを、採用のプロセスでどのように判断されていますか?

久保氏 : 最初の面談で180人の方にお会いして、お話させていただく中で、言語化できていない部分も含めて、「弊社にマッチしそうな人材像」が見えてきた実感があります。

入社後の取り組みで効果的だったのは、日報制度。社員に週2回の日報を書いてもらい、そこに「喜怒哀楽」を書く欄を設けています。特に注目するのは「怒哀」で、何に対して怒り、悲しむかというところに、その人のパーソナリティが集約されているなって。日報に書かれた相手の振る舞いから、人柄や生きる上で大切にしている価値観を深掘りしています。


■嘘偽りないビジョンへの共感と現場を巻き込む空気感で大企業を味方に

——現在、KDDIやLINE等に御社の製品が設置されていたり、ダイドードリンコと業務提携されていたり、大企業との共創も実現されています。このような取り組みを成功に導く秘訣を伺いたいです。

久保氏 : そもそも弊社には、大企業向けに提案できることが無限にあるという強みがあります。例えば、消費者向けの商品を扱う企業なら売上貢献につながりますし、600に付いているタブレットで広告を流すこともできる。

マンションや病院に設置するなら入居者の環境改善、駅ナカに設置するなら地域の活性化など、広い目で見ると行政やインフラに携わる企業など、どんな企業でも提案先になりえるんです。

そのうえで仮説を立てて、複数の選択肢の中からご提案をさせていただくというプロセスを踏みます。具体的に言うと、こちらから各企業様へコミュニケーションを取る際は、先方の四半期報告書や決算報告書等に念入りに目を通し、今後の経営計画を踏まえて、もっとも価値を提供できる関わり方を模索します。

——何か一つ、具体的なエピソードを伺えますか?

久保氏 : 話がさかのぼりますが、起業して間もなくプロトタイプが完成するタイミングで、清涼飲料メーカーであるダイドーグループホールディングスの髙松社長(代表取締役社長 髙松富也氏)と面会する機会をいただいたんです。実はダイドーさんは自販機比率が高く、弊社が掲げている「半径50m商圏」の世界にフィットする企業だと感じていました。

さらにリサーチを進めるうちに、髙松社長はお若くて、積極的に新規事業を仕掛けていこうという文化を醸成されていることを知り、その点でも相性が良いなと。面会の場では、すぐに具体的な契約締結には至らなかったものの、各部署の方ともやり取りを重ね、先方の目指す未来像や現在の課題感をすり合わせていきました。

最終的に「半径50m圏内の市場を今後20年で10兆円規模に成長させる目標を掲げている」とお伝えしたときに、先方が柱とするような重要な部分とベクトルが一致したことで合意をいただくことができました。この経験から、先方の経営メッセージに対して偽りない共感を抱けることが、企業との共創に不可欠だと学びました。

——最後に、今後のビジョンを聞かせてください。

久保氏 : 直近の展望だと、年末までに1台あたりの平均日販を1万円まで引き上げたいと考えています。かなり無謀な数字ですが、ここをクリアできるかどうかが、半径50m商圏市場で10兆円を実現する一つの分岐点になります。

日販1万円が現実になれば、スーパーやコンビニの次を担うような小売のメインストリームになる可能性が見えてくる。現在は東京23区内のみですが、大阪、福岡、さらにはソウル、ジャカルタ、ニューヨークなど、世界の都市部に進出して、主要プレイヤーの座を獲得したいと意気込んでいます。


■編集後記

非常に知的で穏やかな雰囲気を持つ久保氏だが、お話を伺う中で赤々と燃える静かな闘志が見えた気がした。自身初となるハードウェアの製品化・事業化に格闘しつつも、戦略的意図が隠れた起業初期のエピソードから気づきを得た人も多いだろう。無人コンビニ600の登場によって、半径50mの世界にどのような変化がもたらされるのか。その行く末に期待したい。

(構成:眞田幸剛、取材・文:小林香織、撮影:古林洋平)