NTTグループの中でも、新しい領域に挑戦する会社として1990年に発足したNTTコミュニケーションズ(以下、NTT Com)。同社では、第一回目となるオープンイノベーションプログラム=「NTT Communications OPEN INNOVATION PROGRAM」を2019年1月から開始している。現在は、採択された6チームが8/29に開催されるDemoDayに向けてプロジェクトを推進中だ。

 プログラムの募集テーマは、社内から公募する形で集められ、その中で4つのテーマが提示された。今回は、その中のひとつである、「設備運営の自動化で、次世代データセンターを創造する」について、テーマオーナーであるNTT Ltd.グループのNTT国際通信・稲葉氏と、共創相手として採択されたYouVRのKen氏にお話を聞いた。

両者が進めるプロジェクトでは、NTT Comの持つアセットとYouVRの技術を活用し、『データセンター・通信ビル内部のストリートビュー化とビジュアル情報プラットフォームの構築』を目指す。――本記事では、共創プロジェクトがどのように始まり、どのように進捗しているのか、お二人のプロジェクトにかける想いも深掘りながら、その詳細についてお伝えする。

▲NTT国際通信株式会社 エンジニアリング部 主査 稲葉斉 氏

▲YouVR(ユーブイアール)Inc. CEO Ken Kim 氏


■“前時代的”な現場調査を、デジタルの力で変革する

――まず、なぜ「設備運営の自動化で、次世代データセンターを創造する」というテーマを設定したのか、プログラムにかける想いも含めて教えてください。

稲葉氏 : 私はデータセンターや通信ビルなどの構築や運用に長年携わってきました。その中で、現場調査というプロセスが必ず発生するのですが、現場調査の手法が非常に前時代的で非効率だと、かねてから感じていました。私自身、工夫を重ねて改善に取り組んできたものの限界があって、何かしら現状を打破できるアイデアやツールを探していたんです。

――“前時代的で非効率”とは、具体的にどのような状況なのでしょう?

稲葉氏 : 現場調査を行う場合、まず前日に図面を調べます。そして現地に赴き、自分の目で確認をして、詳細をメモしながら、現場を撮影します。その後、持ち帰ったデータを編集して報告書にまとめるんですね。現地で撮影した膨大な数の画像を、選んで加工し報告書に盛り込んでいくだけでも一苦労。それをすべて手作業で行っている点が、とても前時代的だと感じていました。この報告書作成業務をなくすと、1日や2日のレベルで稼働を減らすことができます。

これらの報告書を何に使うかというと、コミュニケーションをとるために使います。上司への報告だったり、建築業界なら施工会社や設計会社への説明だったり。文字だけではなく写真や図面をベースに、関係各所に対して、どうしたいのかを伝えなければなりません。当社には、国内はもちろん海外にも主要なデータセンターがありますから、各地と電話やメールでコミュニケーションをとります。そういう状況下で、コミュニケーションギャップをいかに解消するかが、私たちの解決したい課題のひとつでした。

――オープンイノベーションプログラムのテーマについて、NTT Comの運営事務局から公募があった際、どんな想いでエントリーされたのですか?

稲葉氏 : 私たちには、こうすれば解決できるというアイデアはあったものの、技術と資金がない状態でした。公募のリリースがあった時、他社の技術を提供してくれる上に、プロジェクトを推進するための資金も会社が出してくれるということで、「これしかない!」と思いましたね。私は建築関係が専門で、ITには強くありません。技術を持つ外部の人たちと組んで進めるというのは、個人的には素晴らしいスキームだと感じました。ですから、事務局の狙いやプログラム実施期間もすべて計算したうえで、選ばれやすいように内容を固めてエントリーしました。

――当初からプログラムに対する本気度は高かったということですね。では、Kenさんにお伺いします。このプログラムに応募したきっかけや理由について教えてください。

Ken氏 : YouVRは、シリコンバレーとソウルを拠点に、空間をデジタル化する技術開発に取り組んでいるスタートアップです。現在、あらゆるものがデジタル化されているにも関わらず、空間のデジタル化はまだ進んでいません。この点に着目し、約10年前から技術の開発に取り組んできました。

プロダクトはある程度、仕上がっていましたので、この技術をペインポイントを持つ人たちに使ってもらいたいと考え、ユースケースを探していたんです。そんな時に、このプログラムのことを知りました。その中で、データセンターの抱える課題を見て、「これだ!」と感じましたね。当社の技術と相性がいいですし、ペインポイントを持つ方が、今まさにソリューションを求めていましたから。これはうまくマッチングするんじゃないかと思いました。

NTT Comさんのプログラムに参加する以前にも、数多くの企業にアプローチしてきましたし、アメリカや韓国で開催されるアクセラレータープログラムにも参加してきました。ですが、当社の技術を必要としてくれる企業に、なかなかめぐり会うことができませんでした。――これまで、たくさんの失敗を重ねてきましたから、稲葉さんと実際にお会いして、「まさに探している技術だ!」と言っていただけた時は、非常にうれしかったのを覚えています。

――稲葉さんは、どういった側面からYouVRさんを採択されたのですか?

稲葉氏 : YouVRさんの技術が、本当にイメージ通りだったんです。「これしかない」との思いで選ばせていただきました。実は、このプログラムが始まる前、社内のプログラマーにお願いをして、360度カメラと図面を合体させて空間をビジュアル化するシステムを作ろうとしたことがありました。まさに、YouVRさんのプロダクトと同じアイデアです。その時に考えていたプロトタイプがすでにあって、それと近いものを探していました。

YouVRさんの技術は、まさにそのプロトタイプ通りで、使っているカメラも同じでした。考え方もまったく同じ。しかも、社内でつくってみた試作とは異なり、ストリートビューのようにきれいにつながっている。「え?僕らのためにつくってくれたの?」と驚くぐらいでした(笑)。ですから、採択することに迷いはありませんでしたね。

▲360度カメラと図面を組み合わせたYouVRの技術で、建物内をストリートビュー化できる。

――Kenさんにお伺いしますが、応募する側から見て、本プログラムの特徴や魅力はどこにありますか?

Ken氏 : 実際にペインポイントを持つ現場の人たちが案件を持ってくる仕組みや、プログラム事務局の支援体制も厚く、魅力と言えます。さらに、募集テーマが現時点で必要なソリューションである点も、輪郭が明確でいいですね。応募する企業から見ると、使ってもらうところまで確実にもっていける点が魅力だと思います。


■PoCだけでは終わらせない、絶対にメイクさせる

――マッチングが奏功し、2019年1月には稲葉さんとKenさん初めて顔合わせをしました。そこから採択され、プロジェクトが始まったとのことですが、進めていく中で直面した壁や苦労したことはありますか?

稲葉氏 : 今まさにPoCを始めようとしている段階ですが、今のところ苦労はまったくないですね(笑)

――そうなんですね!なぜでしょう?

稲葉氏 : 理由は、自分がこれまで経験してきたことのすべてが、このプロジェクトに活きているからでしょうね。プロジェクトマネージャーとしての経験と、建物設備に関する専門知識です。私の本業ですから、今の年齢・キャリアを考えると、PoCまではできて当たり前。10年前だったらアップアップだったかもしれませんが…(笑)。

問題はこの先です。私はこのプロジェクトをちゃんとメイクしたい、形にしたいと強く思っています。PoCで終わらせるつもりはありません。プログラムを通じて他社と組み、事業化するという試みは、私個人としてもNTT Com全体としても初めてですから、この先は未知の領域。何か起こるとしたら、これからでしょうね。

――Kenさんはどうですか?日本の大企業と組むことの大変さや、シリコンバレーと東京という物理的な距離によるコミュニケーションの難しさなどはありませんでしたか?

Ken氏 : 僕も大変だと感じたことはありませんね(笑)。稲葉さんとは、思い描くロードマップがリンクしています。それに、稲葉さんと私は同じ年なんです。稲葉さんはデータセンターの構築・運用で10年もの経験をお持ちです。私も10年かけて、今のプロダクトを完成させました。そんな共通点もあって、うまくかみ合っているのだと思います。

物理的な距離に関しては、確かに東京とシリコンバレーなので近くはありません。ですが、テレビ会議の技術が発展しているので、不便はないですね。稲葉さんとは毎週、オンライン会議をしながら話を詰めていますが、コミュニケーションは問題なくとれています。

――難易度が高い共創関係だと思いますが、非常にうまくいっているのですね。

稲葉氏 : そうですね。実は10年程前に社内でインキュベーションプログラムがあって、私もチャレンジしました。その時は今のように事務局の手厚いフォローもなく、しんどい思いもして、結局失敗に終わってしまいました。ですが、今回は事務局のフォローもありますし、YouVRさんというニーズに合致したパートナーにも出会えました。こういった動きを評価する時代の空気も後押ししてくれます。Kenさんも私も、このプロジェクトを推進するために必要な経験や知見を積み重ねてきての今ですから、タイミングも非常にいい。いろんな側面でかみ合っていますね。


■アナログからデジタルへ、2社による共創プロジェクト

――本プロジェクトのビジネスプランを拝見し、全体像からディテールに至るまで、詳細に設計されていることに驚きました。プランを描くにあたって、どのような点に注力されたのですか?

稲葉氏 : ビジネスプランを立てるにあたって意識していることは2つです。1点目は、「自分が心底ほしいと思えるものかどうか」。機能を足す場合も、その機能を自分がほしいと思うかどうかを常にチェックしています。2点目は、「ニーズを拾えているかどうか」。メイクしないと意味がないので、自分だけではなく、使う人たちに喜んでもらえるかどうかを確かめながら進めています。

――現在、ビジネスプランをもとにPoCを進めつつある段階だと思いますが、現時点での手ごたえは?思惑通りに進みそうですか?

稲葉氏 : YouVRさんのコアな技術は完成しているので、想定通り進めていけると思いますね。バグもないですし、安定しています。今後、実際に現場調査で使ってみながら、私がKenさんに要望を伝えていくことになります。どう一緒に設計できるかが肝だと思うので、しっかり実業としてフィードバックしていきたいと考えています。

――Kenさんはどうでしょう?

Ken氏 : 実際に現場で使っていただくことで、どんなことが起こるのかとても興味津々です。「役立ちそう」と思って追加した機能が、実際はいらなかったり、使う人たちの生の声を聞けるのがうれしいですね。稲葉さんは、不要なものは不要だとはっきり言ってくださるので、とても勉強になります。

稲葉氏 : さきほど、「使う人たちに喜んでもらえるか」を意識しているという話をしましたが、業務フローを設計するにあたって、既存事業のリズムを乱さないように気をつけています。その気持ちがあるからこそ、プロダクトに対して、多少厳しい意見も言えるのかな、と思っています。自分だけが使うのなら少しくらいのノイズは吸収できますが、今回はそうではありません。シンプルで鍛えられた設計にしないと、多忙な現場のリズムを崩してしまう恐れがありますから。使いやすさを非常に意識していますね。


■目標は「ビジュアル版Slackの構築」と「現場調査のDX」

――最後に、今後の目標や、プロジェクトを通じて実現したい世界観についてお聞かせください。

稲葉氏 : このプロジェクトの目標は2軸あります。「コミュニケーション」と「現場調査」です。「コミュニケーション」の軸では、建築業界では文字ではなくビジュアルを使ったコミュニケーションが基本。ビジュアルを使ったコミュニケーションがまだまだ未開発領域だと思っています。しかし、それを可能にするプラットフォームがありません。この課題を解決したいですね。私たちが、ビジュアルを使ったコミュニケーションを追求していくと、結果としてビジュアル版Slackのようなプロダクトになる可能性はあるのかな、と思っています。

もうひとつは「現場調査」の軸です。現場調査は、データセンターや通信ビルを数多く保有する当社のような企業はもちろんのこと、建築業界や不動産業界では尽きることなく発生する業務です。少子高齢化が進み人材不足が深刻な日本の現状を考えたとき、これは大きな問題になるはず。ですから、何度も現地に足を運ばなくても現地の状況が分かるソリューションは絶対に必要です。このプロジェクトを通じて現場調査のデジタルトランスフォーメーション(DX)を実現することで、現場調査の省人化に貢献していきたいです。

――これから、どのように展開をしていくご予定ですか?

稲葉氏 : まずは、NTT Com内にあるデータセンターや通信ビル、事務所での導入を図ります。NTTComはグローバル企業ですから、展開地域はグローバルが前提です。グループ内に浸透させた後は、同業他社や異業種、たとえば建築やホテル、不動産などに展開していく計画を立てています。このプロダクトを必要とするあらゆる領域に、このソリューションを広げていきたいですね。

――Kenさんはいかがですか?

Ken氏 : YouVRのミッションは、「1億人以上に使ってもらうプロダクトをつくること」。その中で、自分たちが解決したいことは、空間のストリートビュー化です。すでに屋外に関してはGoogleが手がけています。ですが、人は人生の80%以上を屋内で過ごしています。屋内に関しては、まだプラットフォームはありません。ですから、私たちは屋内のストリートビュー化にフォーカスして事業をつくっていきたい。文字や言葉だけのコミュニケーションだけだと、いろんなシーンで不都合が起こります。そういったコミュニケーションギャップを解消するソリューションとして、鍛えられたプロダクトをNTT Comさんとともに世界へと広めていきたいです。


■取材後記

東京とシリコンバレー、大企業とスタートアップという大きな違いがありながらも、非常に息のあった両社の共創関係。建物管理においてペインポイントを持つ稲葉氏と、プロダクトはあるが検証先に恵まれないKen氏のニーズがピタリとはまり、プロジェクトがスムーズに進行している様子が窺えた。事業計画はすでに3年先まで練られている。これからどう進捗していくのか楽しみでならない。本プロジェクトの続きが気になる方は、8月29日に開催されるDemodayへ足を運んでほしい。

撮影場所(WeWork 丸の内北口)

 (構成:眞田幸剛、取材・文:林綾、撮影:古林洋平)