近年、持続可能な開発のために2030年までに達成すべき目標として国際社会が合意した「SDGs」が注目を集めている。社会課題解決の取り組みに関するグローバルな共通言語とも言える「SDGs」を軸としたイノベーション戦略を打ち出す企業も増加しており、社会課題解決とイノベーションは密接な関係にあると言えるだろう。

こうした国内外の市場環境において、オープンイノベーションという手法は社会課題への有効な手段になり得るのか?――官民の立場から有識者が集結し、さまざまな意見が飛び交ったトークセッションの模様をお届けする。

なお、本セッションに登壇したのは、長くオープンイノベーション支援に従事し、「日本オープンイノベーション大賞」の創設にも尽力した内閣府の石井芳明氏、社会問題の現場を訪れるツアー事業などを展開するRidilover(リディラバ)の安部敏樹氏、ニュースサイト「BUSINESS INSIDER JAPAN」の統括編集長 浜田敬子氏の3名だ。

※このトークセッションは、オープンイノベーションプラットフォームeiiconが主催したイベント「Japan Open Innovation Fes 2019(JOIF2019)」にて実施されたものです。


<本トークセッションのポイント>

●社会課題は大きなビジネスチャンスになり得る。しかし、特に大企業の社員は「職場と家の往復」で視野を広げられず、社会課題に気づけていない。

●社会課題はマーケットが広く、資金も必要。だからこそ、社会課題解決は大企業向き。

●スタートアップは“テクノロジーファースト”から“課題ファースト”に移行している。

●オープンイノベーションを成功させるカギの一つは、大企業・スタートアップ両者の相互理解と対等な関係性。

●信頼関係のあるチームビルディングをできるかが、オープンイノベーションの成否を分ける。


<SPEAKERS>

写真左→右

■内閣府 政策統括官付 イノベーション創出環境担当 企画官 石井 芳明氏

1987年、通商産業省(現・経済産業省)入省。中小企業・ベンチャー企業政策、産業技術政策、地域振興政策等に従事。新規事業調整官として、日本企業のイノベーション支援に貢献。2018年より現職。

■一般社団法人リディラバ 代表理事/株式会社Ridilover 代表取締役 安部 敏樹氏

2007年東京大学入学。大学在学中の2009年に社会問題をツアーにして発信・共有するプラットフォームRidilover(リディラバ)を設立。総務省起業家甲子園日本一、KDDI∞ラボ第5期最優秀賞など受賞多数。第2回若者旅行を応援する取組表彰において観光庁長官賞(最優秀賞)を受賞。

■BUSINESS INSIDER JAPAN 統括編集長/AERA前編集長 浜田 敬子氏(モデレーター)

1989年に朝日新聞社入社、1999年よりAERA編集部。2004年に『AERA』副編集長、編集長代理を経て、AERA初の女性編集長に就任。2017年3月末で朝日新聞社退社し、2017年4月より世界17カ国に展開するオンライン経済メディア「BUSINESS INSIDER JAPAN」の日本版統括編集長に就任。


■「課題」というと、“会社の課題”か“家庭の課題”しか出てこない

BUISINESS INSIDER JAPAN・浜田氏(以下、BIJ・浜田氏) : 

まず、Ridiloverの代表として長く社会課題に向き合い、大企業の研修などで講演もされている安部さんに、そもそも「社会課題って何?」というテーマからお聞きしたいと思います。安部さんは、以前、ネスレ・高岡社長との対談でご一緒しましたが、その際に「大企業の上層部は、社会課題を解決することがビジネス上でできれば、それこそイノベーションだということが頭では分かっている。しかし、自社の若い社員はそもそも社会にどんな問題があるのか気付いていないという悩みが企業にある」といった指摘をしていました。

このような指摘もふまえて、社会課題は本当にビジネスチャンスになり得るのか?そして、なぜそもそも社会課題にみんな気づかないのか?――この2点についてうかがいたいと思います。

リディラバ・安部氏 : 「企業にとって社会課題がビジネスチャンスなのか?」という問いについてですが、これは間違いなく”YES”です。というのも、極めて論理的なことを考えると、日本の今の名目GDPは550兆円ぐらいですよね。それに対して、試算の仕方いろいろありますが、政府関連予算や周辺領域を見ればその30%〜40%というのは社会課題に対する予算なわけです。これはグローバルに見ても同程度の比率となります。つまり、それだけの大きな社会課題に対するマーケットが存在するにも関わらず、日本企業にはそれに対する知見がほとんどないんです。

例えばODA予算などで何兆円という金が動いているときも、日本企業は海外に出て行って、現地の橋を作るコンサルティングみたいなところでフランスなどの海外勢に負けてしまう。なぜ負けてしまうかというと、現代の社会課題のことが基本的に分かっておらず、ソフト面での戦略が弱いからです。その前提として「社会課題がマーケットになる」ということを知らない。

また一方で、国内を見てみると、この先は少子高齢化などの影響で税収が伸び悩むことが明確です。そこで、国や地方自治体が税金の使い方を効率化していく必要が出てきた。自治体と民間企業のオープンイノベーションで税金を効率的に使い、問題解決していきましょうというマインドチェンジが進んできています。

以上のような2つの視点から、社会課題がビジネスチャンスになり得ると言えます。

BIJ・浜田氏 : なるほど。

リディラバ・安部氏 : このような流れをふまえ、大企業の新規事業担当者などからリディラバにも問い合わせが増えています。具体的には、「オープンイノベーションや新規事業コンテスト、CVC設立などを通して、何か新しい事業を作りたいんです」という相談です。しかし、実際に大企業が新規事業コンテストに着手しても、なかなかアイデアが出てきません。やっとアイデアが出てきたと思ったら「献立アプリ」みたいなのが出てくるんですね。

BIJ・浜田氏 : 献立アプリはすでに世の中にありますね。

リディラバ・安部氏 : はい、すでに十数年前からクックパッドさんがやっていますよね。ではなぜ、このようなアイデアが出てきてしまうかというと、大企業の方々が、職場と家の行き来しかしてないからです。なので、イメージできる課題というのが、”会社の課題”か”家庭の課題”になってしまうんですね。

それらの課題解決に関しては、すでに多くのスタートアップが着手しています。ですから、その想像力が及ばない遠い範囲の課題を解決することが、大企業が手がける新規事業になるはずです。

BIJ・浜田氏 : そうですね。

リディラバ・安部氏 : 「遠い範囲の課題解決に想像力を働かせる」ということは、すなわち社会課題を考えるということになります。社会課題というのは、非常にマーケットが広く、プレーヤーが複雑で、しかも当事者がお金を払えないことが多い、というような特徴があります。ですので、社会課題解決は大企業向きですよね。例えば、国や行政、自治体を巻き込んだり、大きな資本を投じるというケースも出てきますので、社会課題はスタートアップが比較的参入しづらい領域とも言えます。

BIJ・浜田氏 : BUISINESS INSIDER JAPANでも、社会課題に関するニュースは”てんこ盛り”と言える状態です。例えば、毎日のように高齢者ドライバーが関わる自動車事故があります。このような社会課題に対して、「免許制度を見直すべきでは?」、「なぜ自動車メーカーは何らかのメッセージを出さないのか?」と人々が思っているわけです。

リディラバ・安部氏 : そうですね。自動車メーカーにしてみると、解決策の一つとして自動運転という新しい技術があります。ただ、自動運転の社会実装を進めていくと、タクシー会社などから反発の声が上がってしまう。そこで、どうやって社会合意を取りながら、自動運転技術を社会に実装していくか?――これは、「社会課題の解決のための手法として自動運転を導入する」というやり方で入っていくしかないんですね。

つまり、「新しい技術を作りました」ではなくて「今ある社会課題を解決するためにこういう技術がある」という訴求の仕方です。高齢者ドライバーの問題、買い物難民の問題など、社会課題から入っていかないとおそらく社会的な合意が取れないと思います。――“社会課題を知る”ということと、“事業を立ち上げて推進すること”はほぼセットになってきています。



■ビタミン剤よりも、鎮痛剤

BIJ・浜田氏 : 次に、内閣府・石井さんにおうかがいします。先日、私はICCが主催するピッチコンテスト「スタートアップ・カタパルト」の審査員を担当したのですが、“テクノロジーファースト”から“課題ファースト”にシフトしていると実感しました。

カタパルトで優勝したスタートアップは、人工知能を使った自動野菜収穫ロボット農業を開発する「inaho」でした。同社は人手不足という課題を抱える農業にアプローチしています。そして2位になったのが、遠隔集中治療プラットフォームで医療格差の是正を目指す「T-ICU」です。――このような”課題ファースト”の流れがなぜ生まれてきたのか。石井さんはどのようにお考えですか?

内閣府・石井氏 : 私は担当官として長くスタートアップを見てきましたが、浜田さんの仰る通り、近年大きな変化を遂げていると実感しています。2000年代のベンチャーブームの際は、「儲けたい」「競合に勝ちたい」といったマインドの経営者が多かったんです。しかし今は「石井さん、この事業で社会を変えたいんです、困りごとを解決したいんです」とお話しされる経営者がとても増えました。

そこで、詳しく話を聞いてみると、彼ら・彼女らのトリガーとなっているのが、リーマンショックと東日本大震災なんですね。この経験を通じて、「お金を追い求めているだけではダメだ」「生きることとは何か」という考えをもって経営者になった方が多い。

さらに、彼ら・彼女らがよく口にするのが「ビタミン剤よりも鎮痛剤」という言葉です。ビタミン剤のような健康改善よりも、今ある痛みを止めてくれる鎮痛剤のようなソリューションを提供したいという意味です。こうしたスタートアップが増えてきたことは、とても良いことだと思います。

一方で、大企業ではSDGsのバッチを付けている方も増えていますが、社会課題にまで踏み込めていないケースも見られます。これは、先ほど安部さんも指摘していたように、大企業の社員の多くは「職場と家の往復」となってしまっているからだと思います。

BIJ・浜田氏 : そこで、社会課題を意識しているスタートアップと大企業のコラボ、いわゆるオープンイノベーションという文脈が出てきますが、成功事例として注目されているところはありますか?

内閣府・石井氏 : そうですね。成功事例の一つは、KDDIさんが挙げられると思います。

リディラバ・安部氏 : KDDIさん!確かに。

内閣府・石井氏 : 成功のキーになるのは、「大企業側とスタートアップ側が互いをよく知っていること」です。KDDIさんは「KDDI ∞ Labo」という事業共創プラットフォームの構築をはじめ、10年以上スタートアップ支援を手がけられていて成功例を出しています。

KDDIの髙橋社長とお話ししたときに「なぜスタートアップと上手く組めるんですか?」と質問したところ、「私が入社したとき、(KDDIの前身である)DDIはスタートアップだったんです。だから、気持ちが分かるんです」とおしゃっていました。成功の裏側には、このようなスタートアップに対する理解があると思います。

BIJ・浜田氏 : なるほど。

内閣府・石井氏 : あと大企業の方が、スタートアップに対して「我が社のメリットがあるのならば連携しますよ」とお話しするケースがあります。しかし、スタートアップにとっては大企業のメリットはさほど関係なく、Win-Winの関係ができることを望んでいるわけです。オープンイノベーションに取り組むためには、企業の大小を問わず、対等な目線に立つという姿勢がすごく大事だと思いますね。


■オープンイノベーションは、「チームビルディング」とも言える

リディラバ・安部氏 : 社会課題にフォーカスした話に戻すと、やはり問題がとても複雑で、表面的な事象と課題の起点に乖離が生じています。なので、全体像を把握しながら、問題を解決していくというのは企業1社だけだと厳しいんです。

例えば、介護のマーケットは何十兆円という規模感ですが、そのマーケットを丸ごと変えるようなソリューションって多分1社じゃ思いつかない。スタートアップが持っている技術を取り入れたり、行政との連携も必要となる。そうして国内に広げていき、数千万の人たちに届けていくとなったら、単体の企業だとどうしても難しい。なので、社会課題の解決とオープンイノベーションという手法はとても相性が良いと思います。

内閣府・石井氏 : そこでちょっと思ったのですが、大企業側でありがちなのが「我が社はこの技術とこの技術があるので、これでいきましょう」と自社の技術やサービスをプッシュして進めていくというケースです。

BIJ・浜田氏 : 大企業は「自社にあるものを活かしてほしい」となってしまうんですね。

内閣府・石井氏 : そうなんです。社会課題というものは、安部さんがおっしゃるようにとても複雑なんです。「個別課題がA・B・Cとあって、Aの課題解決に対してはこの会社のサービスを導入するけど、Bの課題解決については違う会社のサービスを入れたほうがいい」というように、座組みをきちんと作るようなデザインをやるべきだと思います。

その点、海外の企業はこうした座組みのデザインがうまい。日本はオープンに他社と組むというのがまだ慣れていないので、その点はもっと経験を積むと良いかなと思います。

リディラバ・安部氏 : そうですよね。だからオープンイノベーションって、形としては多分「チームビルディング」なんですよね。異なるバックボーン、異なる技術、異なる文化を持っているいろんなセクターの人たちが同じ現場に行ってチームをつくり、「みんなでこの問題を解決するためにはどんなことをやっていこう」と。

「うちはこういう技術があります」とか「僕はこれだけお金ありますよ」という話ではないんです。一緒に同じ釜の飯を食べながら、「この問題を解決しないと日本は良くならないよね」とか、「これ解決するとあのご老人が救われるよね」というような共通意識を持って、「ちょっと一緒に頑張りません?」みたいな。

その信頼関係があるから「実はうちこういうことができる」とか「うちの中でこういう動き取れる人がいる」という話が出てきて、それぞれの専門性を活かしながら課題に当たっていくことができるんです。オープンイノベーションは、上手にチームビルディングができる環境を作ることが一番大事な気がしますね。


※eiiconが2019年6月4日〜5日に開催した「Japan Open Innovation Fes 2019(JOIF2019)」では、各界最前線で活躍している多くのイノベーターを招聘。11のセッションを含む様々なコンテンツを盛り込んだ日本におけるオープンイノベーションの祭典として、2日間で述べ1060名が来場、経営層・役員・部長陣が参加の主を占め、多くの企業の意思決定層が集まりました。JOIF2019の開催レポートは順次、以下に掲載していきますので、ぜひご覧ください。

(構成・取材・文:眞田幸剛、撮影:加藤武俊)