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【田中聡氏 連載企画 「事業を創る人」の大研究】 第2回〜問題は「人材」にあり、と決めつける前に〜

新規事業やイノベーションの成否を分けるポイントや、新規事業担当者の成長・学習のメカニズムなどを、膨大なデータをもとに紐解き、「人と組織」という観点にフォーカスした書籍”「事業を創る人」の大研究”(クロスメディアパブリッシング)。――同書を、立教大学経営学部 教授の中原淳氏とともに共同執筆したのが、人材系シンクタンク・パーソル総合研究所出身で現・立教大学経営学部 助教・田中聡氏です。

以前、eiicon labでは田中氏にインタビューを行い、研究テーマに基づいたお話を伺いました。このインタビュー(前編後編)が大きな反響を得たことをきっかけに田中氏による「事業を創る人」に着目した連載企画をスタートしました。第二回目は、”新規事業を阻害する要因”について解説してもらいました。


【★本連載における「新規事業」の定義について】

本連載では、事業を創る活動(新規事業創造)を「既存事業を通じて蓄積された資産、市場、能力を活用しつつ、既存事業とは一線を画した新規ビジネスを創出する活動」と定義します。つまり、事業を創るとは、単に新しいものを生み出すことではなく、既存事業で得た資産・市場・能力を活用して、経済成果を生み出す活動です。


「新規事業を担う人材の能力不足」を嘆く経営者

連載の第一回目では“「事業を創る」の現状”について見てきましたが、今回は新規事業を阻害する要因について探っていきたいと思います。図①は、企業の経営幹部層を対象に「新規事業推進の阻害要因は何か」を調査した結果です。もっとも多くの経営幹部層が阻害要因に挙げたのが「新規事業を牽引する人材が十分でない」(75.2%)でした。

言い換えれば、経営幹部の4人中3人が自社の新規事業がうまくいかない原因が「人材の問題」だと感じているのです。「新商品のターゲットとなる顧客層を明確にしづらい」(50.2%)、「新規市場の顧客層のニーズが掴みにくい」(45.5%)といった「戦略の問題」に関連する項目と比べても、人に対する課題意識の大きさがうかがえます。


<図①>新規事業を阻害する要因

※「事業を創る人」の大研究 P53より


さらに、図②は、どのようなことが自社のイノベーションの実現やイノベーション活動を阻害する要因となったかを尋ねた結果です。その結果は「能力のある従業員の不足」が47.4%で半数近くに達して最多となっています。第2位「技術に関する情報の不足」(22.6%)、第3位「市場に関する情報の不足」(20.9%)と回答者の割合を比較しても、その倍以上の関心が人の問題に向けられていることが明らかとなっています。つまり、経営幹部層は新規事業の成功を左右するのは「戦略」よりも「人」だと痛感していることがわかりました。


<図②>イノベーション活動の阻害要因(複数回答)

※「事業を創る人」の大研究 P55より


事業を創るのに本当に必要な能力とは

これまでのデータからも明らかなように、新規事業を阻害する要因は「人材の能力不足」だと、経営者が考えていることがわかります。それでは、事業を創る人には一体どのような能力が求められるのでしょうか。

図③は、経営層が「イノベーション人材に求める重要な能力・素養」と考えているものを上から順に並べたものです。上位の3つは、「推進力」(36.8 %)「構想力」(33.2%)「挑戦心」(32.5%)となっています。このことから、経営層は、創る人に対して「新しい事業のアイデアを構想し、未知の分野を恐れずに挑み、誰がなんと言おうと突き進んでいけるような推進力のある人物像」を求めている傾向が見てとれます。


<図③>経営層がイノベーション人材に求める重要な能力・素養

※「事業を創る人」の大研究 P55より


一方、興味深いことに、創る人本人が考える「イノベーション人材に求められる重要な能力・素養」は、経営層が考えているものと大きく異なります。具体的には、経営層が軽視している「観察力」「他者活用力」を、創る人本人は重視していることがわかりました。これらは「現場を正しく観察し、上手に他者を活用する能力」であり、社内の巻き込みのために必要な能力だと言えます。

組織の中で協力を得て、製品・サービスを市場に届ける政治的プロセスも含めて「新規事業」です。意欲やアイデアや構想だけが新規事業なのではないのです。だからこそ、アイデアや構想よりもむしろ「組織の中でうまく物事を進めるために他者を巻き込む力」が、新規事業の成功を左右する真のカギだと言えます。

それを裏付ける調査データが図④です。新規事業担当者500名を対象にした独自調査の結果、「新規事業で苦労した経験は何か」という設問に対して、「新規事業のアイデアをゼロから生み出すことができなかった経験」という回答は、「あてはまる」と「ややあてはまる」を合計した割合が2割程度に留まりました。それに対し、最も多かった回答が「既存事業から必要な支援・協力を得るのに苦労した経験」(38.4%)だったのです。


<図④>新規事業を創出する上での課題

※「事業を創る人」の大研究 P57より


つまり、新規事業の推進を妨げているのは、アイデアの創出ではなく「社内の理解・巻き込みに苦戦している」ということなのです。このように、創る人が社内の理解や巻き込み、いわゆる「社内政治」に苦しめられていることを、果たして経営層はどこまで十分に理解しているのでしょうか。


新規事業創出施策を迷走させる 「アイデアが必ず腐るメカニズム」

多数の新規事業を手掛けることで有名なサイバーエージェントは、 2004年から2014年までの10年間、「ジギョつく」という手上げ式の社内事業プランコンテストを年2回実施していました。このコンテストでは、1回につき500から600、多いときには1,000件もの新規事業アイデアが集まっていたといいます。この取り組みは、メディアにも多数紹介されるなど、非常に活性化していました。しかし、同社の藤田晋社長によれば、10年の間に「本当に会社の将来に必要だと思える新規事業」が「ジギョつく」の中から生まれることはなく、「人と資金を投入し、会社の将来を懸けてもよいと思えるアイデアは新規事業プランコンテストから出てこない」と結論づけ、2014年6月に「ジギョつく」の廃止を決めます。

サイバーエージェントの実例からも明らかなように、どんなに社員のモチベーションが高く、コンテストで勝ち抜くほどに優れたアイデアであろうとも新規事業の成功には直結しません。なぜなら、こうしたアイデア一本勝負の新規事業創出施策には「アイデアが必ず腐るメカニズム」 とでも言うべき構造が潜んでいるからです。「ビジネスアイデア・ワークショップ」や「新規事業プランコンテスト」 は、文字どおりアイデアの質で厳選されます。新規性や面白みがないと判断されれば提案は否定され、否定された社員は「どうせ新規事業プランなんか出しても無駄」とそのアイデアとともに腐ってしまいます。

「面白いね!」と評価を受けたアイデアはどうかといえば、うまく人員や資金といった資源を動員させて軌道に乗せなければ、ただの「いいアイデア」止まり。ビジネスアイデア・ワークショップなどは、そこで生み出されたアイデアの事業化に必要なリソース(経営資源)の動員を約束するものではありません。そうなれば「なぜ評価されたのに資金がおりない?」と提案した本人は憤り、やはり「新規事業プランなんか出しても無駄」と腐っていく運命を辿ります。つまり、会社に必要なリソースを動員できる体制が整っていない状況では、どんなアイデアであっても報われることはないのです。

アイデアが採用されても成功につながるわけではないことは、図⑤ が示すデータを見ても明らかです。図⑤は、独自調査の結果、新規事業部門への異動経緯と担当する新規事業の業績の関連を明らかにしたものです(※1)。高業績者の割合が最も高いのは「会社の方針によって異動した」人(18.3%)です。「新規事業プランが採用された」人の割合は16.7%、「社内異動希望制度に応募した」人は12.2%であり、会社都合で新規事業に関わる人のほうが実を結んでいることがわかります。

(※1)ここでいう高業績者の定義は「担当する新規事業の業績予算対比120%以上の方」です。


<図⑤>新規事業部門への異動経緯と新規事業の業績の関係

※「事業を創る人」の大研究 P59より


この結果は、新規事業プランコンテストや社内異動希望申請といった仕組みが意味を持たないということを結論づけるものではありません。そうではなく、事業を実行する段階で社内調整に苦戦した結果、思ったような業績を出せていない可能性が高いということを物語っているのです。つまり、新規事業促進施策で重視すべきは、アイデアの良し悪しだけではなく、プラン採用後に資金や人員を動かせることを保証するメカニズムの有無なのです。

先ほど実例に挙げたサイバーエージェントは、「ジギョつく」を廃止して「あした会議」という新たな仕組みを導入しました。「あした会議」とは、役員がチームリーダーとなって社員とチームを組み、サイバーエージェントの“あした”をつくる新規事業案や課題解決案などを提案する1泊2日の合宿会議です。「あした会議」から生み出された新規事業は、2017年1月時点で売上累計700億円、営業利益100億円に上り、子会社28社設立という成果を上げています(※2)。つまり、経営陣自らが新規事業にコミットし、優秀な若手社員とともに新規事業を創る、いわば「経営による率先垂範型プロジェクト」のほうが未来につながる新規事業が生まれるということです。

(※2)株式会社サイバーエージェントHPhttps://www.cyberagent.co.jp/way/features/list/detail/id=13188より

役員は事業や会社全体に対して俯瞰した視座を持ち、社内での影響力も高いため、比較的、リソースを動員しやすい立場です。経営の勘所を押さえた成功確率の高いプランを計画でき、かつ人員や資金などの社内資源も 確保しやすい役員がコミットすると、ぐっと成功確率が高まるのです。 役員がコミットしているということは会社からの支援が確立されている、ある意味「お墨付き」の状態ですから、組織内のさまざまな資源を動員する上での負担も軽減されます。創る人に「アイデアを出せ」と要求するなら、同時に、決裁権のある経営幹部、あるいはネゴシエーション力の高い人員をつけないとダメということでしょう。

また、新規事業に必要な経営資源を動員し、アイデアを事業化できる体制が整ったとしたら、次に押さえておきたいのが「新規事業の成功・失敗の定義」を事前に明確化することです。通常、新規事業がすぐに利益を上げることは少なく、赤字の時期が続くものです。だからこそ、事業を開始する前に撤退基準を設け、経営層と創る人の間で合意しておくことが重要になります。 

それを明確化することもなく、いつまでも撤退しないでいると膨らみ続ける損失を前に担当者の不安は増大し、「責任をとって会社を辞めます」という事態にもつながりかねません。あるいは、ある日、突然に撤退判断を下せば、苦労して立ち上げた側からすれば「あと1年やれば成果が出たはず……」と憤りを感じ、他の会社で事業を立ち上げるために転職に踏み切るケースも珍しくありません。 

このことは新規事業が「成功」した場合でも同様です。事業が成功した場合には、より上位の役職を求めてくるかもしれません。また、場合によっては、経営の自由度や裁量権を求めて、分社独立化を迫ってくることも考えられるでしょう。そうした要求に対し、相応の評価を与える仕組みが整っていなければ、当然、担当者は不満を抱くことになります。

つまり、新規事業は決して「アイデア勝負」などではなく、創出されたアイデアが実現されるまでのプロセスをいくつかの段階に分けて考える必要があるのです。それだけでは十分とは言えず、さらに、事業の成否の先にあるシナリオまでを見据え、それぞれの対策を打っていかないと、いずれアイデアが必ず腐るメカニズムになっているのです。

「事業を創る」には、いいアイデアを出せるかどうかではなく、出したアイデアを形にするために必要な資源やサポートが供給される構造が、組織内にあるかに尽きるのです。


真の課題は、人や事業をとりまく「構造」にあり

それでは、なぜ新規事業は社内の理解・巻き込みに苦戦するのでしょうか。そこには、成熟した組織が抱える構造上の問題が見てとれます。

ここでいう「構造」とは、創る人や新規事業を取り巻く環境のことを指します。例えば、既存事業にとって新規事業は限られた会社の経営資源を奪い合うライバルと位置づけられるため、新規事業への風当たりは当然きついものになります。また、新規事業は成功確率が見えない“博打的要素”が強いため、周囲からの批判を買いやすく、リソースの動員に難色を示されることも少なくありません。こうした対立構造が新規事業推進の阻害になっている側面もあります。

経営陣はすでに実績を出している既存事業の価値観やルールをそのまま新規事業にも適用してしまいがちです(※3)。そうした経営陣の姿勢が創る人のモチベーションを下げてしまう場合も少なくありません。 

例えば、新規事業が参入しようとする市場の規模は、既存事業のそれと比較して小さく、参入初期に期待できる利益率もかつて既存事業を開始した当初と比べれば低いかもしれません。そうした際、既存事業での成功体験や経営慣行にとらわれ、つい新規事業の可能性を過小評価してしまう恐れがあります。

さらに言えば、新規事業の芽を潰す組織風土という問題もあります。新規事業を経験した人がそもそも少ない組織では、よき理解者・支援者が社内にいるとは限りません。頼みの綱である経営者も、会社の屋台骨を支える既存事業の声を軽視することはできないでしょう。

新規事業をめぐる対立構造、支えとして機能していない組織構造、育む養土とならない組織風土―こうした構造上の問題に目を向けないまま、いくら「これからは、我が社も新規事業に力を入れるぞ!」と意気込んで既存事業のエース人材に新規事業の命運を託したとしても答えは見えています。そんな「安直な大号令」が、創る人をもれなく「廃人」にしてしまうということを私たちは肝に銘じる必要があります。

(※3)Johnson, M. W.(2010)Seizing the white space: Business model innovation for growth and renewal, Harvard Business Press(池村千秋訳(2011)『ホワイトスペース戦略ービジネスモデルの<空白>をねらえ』CCCメディアハウス).


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第2回目の連載では、サイバーエージェントの事例なども引用しながら”新規事業を阻害する要因”について解説してきました。阻害要因を「人材」と決めつけてしまう前に、今一度、組織構造や風土にフォーカスを当ててみてはいかがでしょうか。――次回は、新規事業に挑む人=創る人が歩む道のりについて迫っていきたいと思います。


<田中聡氏プロフィール>

▲立教大学 経営学部 助教 田中聡氏

1983年、山口県生まれ。大学卒業後、株式会社インテリジェンス(現・パーソルキャリア株式会社)に入社。事業部門を経て、2010年に株式会社インテリジェンスHITO総合研究所(現・株式会社パーソル総合研究所)設立に参画。同社主任研究員を経て、2018年より現職。東京大学大学院 学際情報学府 博士課程。専門は、人的資源開発論・経営学習論。主な研究テーマは、新規事業担当者の人材マネジメント、次世代経営人材の育成とキャリア、ミドル・シニアの人材マネジメントなど



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「千三つ」と呼ばれるほど、新規事業を当てるのは難しいと言われています。

これまで、新規事業は成功を収めた企業や経営者による「戦略論」によって語られてきました。

しかし、戦略が良くてもコケるのが現実。では一体、何が真の問題なのか…?


本書では、その答えを探るべく、暗中模索の新規事業を統計データと質的データを用いて解剖し、新規事業をめぐる現場と組織を科学的に分析しました。

その結果見えてきたのは、新規事業部に配属された人々の孤独な茨の道。


「新規事業を成功させるのは斬新なアイデアではなく巻き込み力」

「新規事業の敵は『社内』にあり」

「出島モデル、ゼロイチ信奉の罠」


など、定説を覆すような、”人”をとりまく現実が明らかとなりました。

本書は、新規事業の担当者、現場マネジャー、経営幹部を成功に導く最先端の「見取り図」です。