AIが、囲碁や将棋で人間に勝つ。キャッシュレス化によって、財布が不必要になる。ドローンが空を飛び、山々を超え、荷物が運ばれる。場所や土地に縛らず、遠隔で旅行を体験する。――世の中の常識を凌駕するような新しい技術やアイデアが次々と生まれる中、未来はすでに私たちの生活の一部になりつつある。

中でも、次々と未来の社会実装を進めているJR東日本スタートアップ。

そんな未来の一端を垣間見ていく連載企画「未来の足音」。第二弾のテーマは、“予測できる未来”だ。

 

ビッグデータ分析により、正確な需要予測ができる

AIの発展によりデータ分析スピードと精度が格段に上がった今、私たちの未来はよりはっきり見えるようになった。たとえば、需要予測。これまで一握りのプロフェッショナルが時間を掛けて行っていたが、ビッグデータ分析で正確に予測ができるようになった。未来を正確に予測できるようになった時、人の行動やサービスはどのように変わっていくのか?未来の足音に耳を澄ましてみよう。


必要なデータさえ手に入れば、GDPも予測可能

来客数や混雑状況を、正確に捉えることができたら――多くの企業が抱く「未来を予測したい」という願い。これまでは熟練者の勘と経験で行われてきたが、AIによって膨大な量のデータを分析・処理することが可能となった今、よりスピーディーかつ精度の高い需要予測が実現できるようになった。

これにより注目を集めているのが、需要と供給に応じてモノやサービスの価格を変動させるダイナミックプライシングという手法だ。AIを活用して適正な価格設定ができることにより、企業の収益最大化、そして省人化や効率化が期待できる。

需要予測のカギを握るのが、データの種類の豊富さだ。AIを活用した宿泊施設の価格設定支援システムを開発するメトロエンジン株式会社では、一般的な「過去の売り上げ」や「天気予報」だけではなく、ライブなどの「イベント情報」や「大手携帯電話会社の基地局データ」など、100種類に及ぶデータを収集し、AIに分析させている。こうした膨大かつ希少なデータを収集しているからこそ、精度の高い需要予測ができ、適切な宿泊料金を割り出せるのだ。同社の価格設定支援サービスは、30のホテルチェーンに採用されている。

「究極のところは、GDPも予測できるようになる」と話すのは、メトロエンジン代表取締役CEOの田中良介氏。「世の中のあらゆる経済活動は、人の行動で説明できる。どこにどういう理由で人が集まるのか予測できると、その先にある購買行動も予測できる。それが分かれば、消費行動、経済活動にも広げて行けるはずだ。かなり精度の高い数値を出していく必要があるが、データさえ揃えばリアルタイムGDPのようなものも算出できると考えている」(田中氏)

メトロエンジン代表取締役CEO 田中良介氏

 

新幹線の混雑状況を、わずか2%の誤差で的中

独自のアルゴリズムと、市場に出ていない希少性の高いデータを強みに、メトロエンジンは宿泊施設以外にも様々なインフラ企業との取り組みをスタートしている。その一つが、JR東日本スタートアップとの共創だ。同社は、2018年に開催した「JR東日本スタートアッププログラム」において、メトロエンジンを採択。

これまでJR東日本では過去の実績データのみをベースに予測値を算出しており、いわゆる担当者の“勘と度胸”への依存度が高かった。メトロエンジンとの共創により、精度の高い需要予測による収益の最大化と省人化が期待できる点が採択理由だったという。――そして両社は、新幹線の混雑予測の実証実験をスタートさせた。

田中氏は、テーマ設定の背景についてこう説明する。「当社はホテルの予約状況や稼働率といったデータを保有している。それは即ち、ホテルのある地域にどれだけ人が集まるのかという先行指標。これが新幹線の混雑予測に活用できると考えた」

実証実験を行ったのは、2019年2月23日~26日、東北新幹線やまびこ(大宮⇒仙台)の予約席販売数予測だ。JR東日本は過去の乗車数の実績データを提供し、それにメトロエンジンの保有する宿泊データやイベントデータなどを掛け合わせて予測を立てた。その結果、メトロエンジンは誤差-2.1%という非常に高い精度の結果を叩き出した。

また、本実証実験では駅構内のコンビニとコーヒーショップの売り上げ予測も行った。その結果、2019年2月のコンビニの売り上げの誤差は飲料部門0.06%、菓子パン部門1.67%という結果に。そして、コーヒーショップでは0.003%と、こちらも驚異的な正確性だった。

実証実験の結果、AIによるデータ分析によって、新幹線の混雑や駅構内の小売・飲食店の売り上げといった、人の行動に関わる様々な「未来を予測」できることが分かった。

この未来予測に対する期待について、JR東日本スタートアップの担当者は次のように語ってくれた。「以前、羽生結弦選手が仙台でパレードを行ったが、新幹線の臨時便増発を決めたのはイベントのわずか3日前だった。メトロエンジン社との共創により、こうした突発的なイベントでの需要予測と決断の意思決定を効率的に行うことができる。駅構内コンビニやコーヒーショップも予測に基づいて発注することで、フードロスの削減にもつながる」。

「JR東日本スタートアッププログラム」採択企業による技術・サービスのお披露目の場となった「STARTUP_STATION」(2018年12月大宮駅にて開催)。メトロエンジンは、AIを活用した新幹線混雑予想表示(デジタルサイネージ)を披露した。


未来が予測できれば、サービスの在り方も変わる

GDPの予測は少し先になるかもしれないが、交通機関や宿泊施設、小売店の売り上げなどは高い精度で予測できるようになった。未来の姿が手に取るように分かる時代、世の中はどう変わっていくのだろうか――。「今後は様々な商品・サービスが、AIを活用したダイナミックプライシングを導入するだろう」と、田中氏は語る。

「供給数に上限があり、需要がその供給を上回るタイミングがある商品やサービスは、ダイナミックプライシングと相性が良い。しかも、人の手ではなく、AIを活用したダイナミックプライシングに一気に置き換わっていくだろう。なぜなら処理できる情報量とスピードが桁違いだからだ」(田中氏)

新幹線へのダイナミックプライシング導入は、すぐには難しいとしながらも、もちろん視野に入れているという。現在、JRでは閑散期に新幹線の割引チケットを発行している。これは閑散期に発行することで需要喚起につなげる狙いだが、現状では適切な時期に提供できていないかもしれない。「当社の需要予測に基づいて適切な時期に割引ができれば、収益の最大化につなげることができる」と、田中氏。

新幹線に限らず、レンタカーやバス、駐車場など、JRは需要予測が活用できるアセットを多数持っている。メトロエンジンがそうした多様な交通インフラのデータ提供を受けることにより、予測モデルはさらに進化していく。そうすれば、より正確な需要予測とダイナミックプライシングはもちろん、様々な交通サービスを組み合わせた効率的な移動の提案など、MaaS事業の推進にもつながっていくはずだ。


時間とコストに対する人の意識も、ガラリと変わっていく

様々な事業者が、ダイナミックプライシングなど需要予測に基づいたサービスを提供しはじめることで、消費者の選択肢は大きく広がる。そうなれば、人々の行動も変化するだろう。混雑状況があらかじめ分かれば、それを避けて行動することができる。ダイナミックプライシングが導入されていれば、混雑緩和も期待できるし、値引きされた列車でいつもより遠くまで旅をしてみる人も増えるかもしれない。JR東日本とメトロエンジンの共創によって、私たちの移動はより快適かつ納得性の高いものになるだろう。

「これまで、世の中の多くの人が、自分の時間に対するコスト意識を持っていなかった。しかし現在は、フリーランスや副業といった働き方が広がってきている。AIによって未来が予測でき、ダイナミックプライシングが様々なサービスに導入されれば、人の時間や行動に対する認識はガラリと変わっていくはずだ」(田中氏)

未来を予測できれば、様々なアセットを最適に運用することができ、機会損失を防ぐことができる。動きがあまりなさそうな時期や場所に人の流れを作る工夫ができれば、企業の収益アップにもつながる。消費者は、適正価格でサービスを受けることができる。人の動きが活発になれば消費も活発になり、経済の活性化にもつながっていくはずだ。


※数々の未来を、社会実装へと導くJR東日本スタートアップ。

共創の窓口はこちらから→ JR EAST STARTUP PROGRAM

(構成:眞田幸剛、取材・文:佐藤瑞恵、撮影:齊木恵太)