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【ナラティヴ・アプローチで答える悩み相談コラム(1)】「経営陣と話が噛み合いません」

日本語では「物語」、「語り」と表現される“ナラティヴ”と、それに基づいて、様々な問題に対して「近づく」「交渉する」「話を持ちかける」を意味する“アプローチ”「ナラティヴ・アプローチ」は、対話を通じて、組織の問題解決ではなく、問題の解消を導く考え方です。

この「ナラティヴ・アプローチ」を理論的な基盤とし、イノベーティブで協働的な組織のあり方とその実践について研究を行っているのが、埼玉大学大学院人文社会科学研究科准教授 宇田川元一氏

大企業の新規事業担当者やスタートアップの経営者が抱える数々の悩みに対して、宇田川氏が専門とする「ナラティヴ・アプローチ」の観点から回答してもらうシリーズ企画がスタートします。早速、新規事業担当者から経営陣との関係性についての悩みが寄せられました。


新規事業担当者から届いた悩み

経営陣の中でどうしても、賛成票を獲得できない役員がいます。いつも話がかみ合わないというか…。どうすればよいでしょうか?


宇田川氏による回答

 せっかく考えた提案で、多くの人が賛成してくれているにもかかわらず、一人だけどうしても賛成してくれず、事業化出来ないというのは辛いものがありますね。心中お察し致します。さて、そういう場合は、こういう点について考えてみてはどうでしょうか。


●あなたもその役員の方をよく分かっていないのでは?

 結論から言えば、もっと相手が何を考えているのかを知る必要があるだろう、ということです。あなたが良いと思う提案を相手が分かってくれないのと同様に、相手が良いと思っていることも、あなたは分かっていない可能性もあるからです。そして、この質問が出てくる背後には、あなたが自分は正しく、その役員が間違っている、という前提があるのではないでしょうか。その前提を捨てる必要はありませんが、まずは一度保留してみて、相手が正しいという前提で考えてみると見えてくることがあると思います。


●組織内でリーン・スタートアップの発想を活かす

 一般に、既存の事業よりも、新規事業というのは、経営陣にコミットしてもらう上では大変に不利な立場にあります。なぜならば、既存事業は、既に顧客もおり、また、成功や失敗の知識の蓄積も進んでいて、業界がどういう構造で、競合はどんな強み弱みがあるのか、などかなりレシピが整っています。一方、新規事業にはこれら全てが揃っていません。それ故に、リーン・スタートアップという方法が編み出されたのは有名です。基本的な考え方は、まずは小さく事業を始めてみて、市場を小さくでも作ってみること、そういう探りを入れるというものです。そうすると、やる前にはわからなかったことが見えてきます。自分たちの全然考えていなかった部分や、意外な部分が評価を得たりする、といった具合です。そして、それらの情報を元に、事業を修正し、必要ならば方向転換をする。このサイクルを素早く回しながら、事業を育てていくというわけです。

 ここで先の話に戻りますが、社内でもこのやり方をやってみてはどうでしょうか。少なくとも、今の段階ではその方一人を除けば、コミットを得ているのですよね。だとしたら、まず何が評価されているのか、ということです。そして、そのポイントとは別に、考えられていない点は何だろうか、ということです。おそらく、その部分を伝えてくれているのが、その役員の反対です。勿論、それは将来の顧客からの支持に直結する意見でない可能性は十分にあります。しかし、探りを入れて、必要なデータを集めるのは、リーン・スタートアップの基本ですから、今回の機会をうまく活用して、その練習をしてみるという考え方もあるはずです。


●お互いの意見の違いの背後の文脈を語る

 しかも、今回のケースは顧客ではなく、社内の人間ですから、もっと違う形での取り組みも可能です。それは、その方にアドバイスをもらう、です。ひとり反対しているほどに信念のある方です。必ず会社に対しては何らかの思いはあるはずですから、その思いを上手くチームの活動に取り入れるというのは悪くない考えではないと思います。その方の会社への信念と、こちらの思いと重なるところを上手く見つけて、お互いの接点を見つけてください。そのためにおすすめする実践方法は、反対の理由ではなく、なぜ反対の意見を持つに至ったのか、その過程を話してもらうことです。勿論、こちらもそれを語りましょう。そうすると、お互いに結論は違うものであっても、会社への思いは同じだったりすることが見えてくるのではないでしょうか。あるいは、これまでの事業の失敗の経験など、あなたにとって貴重な経験を聞かせてくれるかもしれません。これが接点を探す上では有効であるだけでなく、あなたの提案を向上させる上で非常に大事なアドバイスとして生きてくるはずです。

 そして、の見つかった接点から、より良くするための改善のアドバイスを貰えるように頭を下げてみてください。賛成票を投じろというお願いをしているわけではありません。そうではなく、提案の評価者ではなくて、一緒に考える当事者になってもらうのです。しかし、そうなれば、賛成か反対か、という問い自体が生じなくなります。一度でダメでも、何度か挑戦してみてください。あなたの信念に相手が興味を持つはずです。


●対話は迎合することではなく、違いを認めるところから

 決してあなたはその人に迎合する必要はありません。ですが、必ず相手が反対するのは、何らかの理に適った理由があるはずです。それは感情的なことも含めてです。仮に感情的な理由だとしても、我々の感情というのは、多くは断片的な情報を自分の文脈に即して解釈した結果生じるものです。であるならば、誤解を解こうとするよりも前に、まず相手の文脈をよく理解しなければ、誤解をとこうとすることに対する誤解が生じる可能性が十分にあります。ここは気をつけたいところです。

 従って、まず大事なのはお互いが違う存在であるということをまず認めることです。その上で、しかし、どこかに接点がないかということを根気よく探るべく、対話を続けてみてください。目の前の問題というのは、必ず今までのプロセスに問題があったことを教えてくれるよい知らせです。表に出てきた問題を単に消そうとするのではなく、それを今後のためにも活かしたいところです。プロセスを進めていく上でそうした知らせを受ける必要なくするようにプロセスをもっと良くしていきましょう。足りなかったのは、相手の理解ではなく、対話なのかもしれないのです。



■コラム執筆/埼玉大学大学院人文社会科学研究科准教授 宇田川 元一

1977年東京都生まれ。2000年立教大学経済学部卒業。2002年同大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。2006年明治大学大学院経営学研究科博士後期課程単位取得。 2006年早稲田大学アジア太平洋研究センター助手、2007年長崎大学経済学部講師、准教授、2010年西南学院大学商学部准教授を経て、2016年より現職。 専門は、経営戦略論、組織論。 主に欧州を中心とするOrganization StudiesやCritical Management Studiesの領域で、ナラティヴ・アプローチを理論的な基盤として、イノベーティブで協働的な組織のあり方とその実践について研究を行っている。2007年度経営学史学会賞(論文部門奨励賞)受賞。

多くの企業人と出会いながら、ビジネスの現場を見つめ、自身の研究にフィードバックしている。さらに、セミナーなどでの登壇経験も豊富で、ビジネス系Webサイトで連載コラムも担当している。


■本コラムの参考書籍

1.エリック・リース著 井口耕二訳『リーン・スタートアップ:無駄のない起業プロセスでイノベーションを生みだす』日経BP社、2012年(原著2011年)

リーン・スタートアップについての解説書。エビデンスの少ない中でいかに新規事業を育てるのか、という観点について、極めて優れた考察・視点が提示されている。是非実践を!

2.平田オリザ『わかりあえないことから:コミュニケーション能力とは何か』講談社現代新書、2012年

対話はお互いにわかりあえないことから始まる、という鋭い洞察が貫かれた、対話とは何かを理解するための格好の一冊。

3.中村尚儁『1/11(じゅういちぶんのいち)』集英社ジャンプコミックス

サッカー少年だったが、夢を諦めかけた主人公の安藤ソラが、ある少女との出会いを通じて夢に向けて歩んでいくサッカー漫画。途中いくつもの文脈の共有の重要性を示すエピソードが登場する。物語も素晴らしく感動する。色々な点からオススメ。

4.ケネス・J・ガーゲン著 東村知子訳『あなたへの社会構成主義』ナカニシヤ出版、2004年(原著1999年)

ナラティヴ・アプローチの基本書。異なる文脈をいかにして対話を通じて接点を探していくのか、ということについての視座が得られる。最近では組織開発の新たな流れを作った本でもある。