JR東日本スタートアップとサインポストの共創によって、実用化への道を着実に歩み続けるAI無人決済店舗。――「JR東日本スタートアッププログラム」のアクセラレーションコースにおいて、2017年度最優秀賞を受賞したサインポストと共同で開発し、2017年11月には大宮駅で実証実験を実施。約2000名が体験した。そこで得た課題を元に、商品認識率と決済認識率を向上させ、2018年10月〜12月に2回目となる実証実験を赤羽駅にて実施。多くのメディアに取り上げられ、注目を集めたことは記憶に新しい。

▲2018年10月から12月まで赤羽駅5、6番線ホーム上で行われた「スーパーワンダーレジ」の実証実験。

”鉄道”という、安全性や正確性を重視する大企業を母体に持ちながら、JR東日本スタートアップがこれほどスピーディーかつ柔軟に事業共創に挑めているのはなぜか?そして、サインポストとの共創プロジェクトで乗り越えた壁とは?――AI無人決済店舗の立ち上げの背景から、実証実験中にあったいくつもの課題、それらを乗り越え今見えている景色を、JR東日本スタートアップとサインポストのメンバーから伺った。


■JR東日本スタートアップ株式会社 営業推進部 マネージャー 阿久津智紀氏(写真左から2番目) 

AI無人決済システム「スーパーワンダーレジ」のプロジェクトリーダー。

■JR東日本スタートアップ株式会社 アソシエイト 佐々木純氏(写真左)

赤羽駅で実施した実証実験の運用を担当。


■サインポスト株式会社 イノベーション事業部 部長代理 波川敏也氏(写真中央)

実証実験全体のマネジメントと知的財産管理を統轄。

■サインポスト株式会社 イノベーション事業部 上級マネージャー 川端英揮氏(写真右)

ハードウエアとソフトウエアの調整業務を担当。

■サインポスト株式会社 イノベーション事業部 リーダー博士(工学)宮城慧氏(写真右から2番目)

ソフトウエアの開発を担当。


何を解決するために、出会った2社だったのか。

――2017年に大宮駅、そして2018年に赤羽駅で行われたAI無人決済店舗の実証実験。なぜサインポストなのか、なぜJR東日本スタートアップなのか。まず、お互いに何に惹かれて共創が始まったのか、お伺いしたいと思います。

JR・阿久津氏 : サインポストの波川さんとは、2年ほど前に初めてお会いしました。雑談している中で無人で商品が購入できる「スーパーワンダーレジ」の話を聞いて、デモ動画を見せてもらったのです。それが非常に興味深く、サインポストさんとスーパーワンダーレジを活用した新規事業をスタートさせようと考えました。

というのも私自身、JRグループのコンビニエンス事業に出向していた際に店長を経験し、そこで人手不足を痛感していました。店長である私がヘルプでレジに入らないと、店舗が回らない忙しさだったのです。駅周辺のコンビニエンスストアでは、人手不足の波が押し寄せており、同僚と「今日は一度もトイレ行けなかった…」といった笑い話をしていました。その当時から、レジを無人化できたら効率的だと思っていました。

JRのグループ内でも無人レジは検討されていましたが、商品を並べた実店舗での実証実験までには至ってなかったので、思い切ってやってみようと「JR東日本スタートアッププログラム」を通じて共創プロジェクトを始動させました。

――サインポストでは、「スーパーワンダーレジ」はどのような考えから開発されたのでしょうか。

サインポスト・波川氏 : 「そもそも、何でこんなにレジに並ぶんだろう?」と、当社代表の蒲原が課題を見つけ、解決するための研究開発に取り組んだのが始まりです。それが約7年ほど前でしょうか。その延長線上で「スーパーワンダーレジ」のベースとなる画像認識技術とAIを活用した、無人で商品が購入できる「ワンダーレジ」(下記画像)を開発しました。

サインポスト・川端氏 : 「ワンダーレジ」を形にして、社内で実現可能なサービスであることを共有し、これからどうやって実用化していこうかと考えていました。

JR・阿久津氏 : JRグループ内にバーコードスキャンタイプのようなセルフスキャンレジはすでにありました。それならば、商品を取るだけで決済できるところまで実証実験ができれば、チャレンジする価値があると考えたんです。そこで、「JR東日本スタートアッププログラム」を通じてサインポストさんとAI無人決済店舗実現に向けて「スーパーワンダーレジ」をイチから開発していくことを意思決定したんです。

▲JR東日本スタートアップ・阿久津氏

――2017年度の「JR東日本スタートアッププログラム」でサインポストさんが最優秀賞を獲得し、2017年11月に大宮で実証実験を行いましたが、どのように開発を進めていきましたか?

JR・阿久津氏 : もうすべてが大変でしたね(笑)。まずは、どういった仕様で商品を認識する仕組みを作るかといった部分から検討を始めました。正直、お客様がどう決済すればスムーズかも分からない。誰も経験がない未知の挑戦でしたので、構想を練るのも非常に難しいと感じていました。

サインポスト・波川氏 : 私たちもゼロからオペレーションを考えていきました。設計の構想はある程度あったのですが、トライ&エラーを重ねていかないと良いシステムはできません。しかし、期間が限られています。さらに、通常のアプリ開発とは違って検知用のカメラやセンサーなどハードも関わってくるので、これらを同時に考えるのは難易度の高い作業でした。

サインポスト・宮城氏 : 実証実験のお話を頂く数年前に開発を始めた時は、まっさらな状態からシステムを開発したので、要素技術として何が使えるかを考え、ピックアップしました。しかし、お客様に使ってもらうためには、精度が高いが会計に時間がかかるような技術なら採用できません。その辺の取捨選択は慎重に進めていきましたね。入店し、商品を手に取り、決済するという流れの中で、使える技術を見つけるのは大変でした。

サインポスト・川端氏 : さらに、店舗に決済用のゲートやサイネージを設置しましたので、それらと連携させるシステムも、当社で新たに開発したんです。

サインポスト・波川氏 : ある程度、どのようなハードを設置するかといった部分が見えてこないとシステム開発が進められません。その部分は予想を立てつつ、スピード感を持ってプロジェクトを推進していきました。

▲サインポスト・波川氏


2回の実証実験を経て、見えてきた景色

――スタートアップ側から、今回のプロジェクトで見えてきたものはありますか。

サインポスト・波川氏 : JRさんと仕事をするのは初めてだったので、「石橋を叩いてプロジェクトが進む」と思っていました。しかし、このプロジェクトを通してそのイメージが一変しました(笑)。意思決定がとても早く、お互いがお尻を叩き合いながらプロジェクトを進めていくことができたんです。

メンバーそれぞれが各分野のプロとして責任をもっていたので、その分野の課題は自分がその場で解決する思いで、スピーディーに進められました。

サインポスト・川端氏 : 例えば、入店してから戸惑っている方がいたので、案内の文言はその度に少しずつ変えながら試行錯誤しました。小さいことかもしれませんが、お客様が何に困っているかにいち早く気付き、解決していく。実用化するためには、本当に使われるサービスであるために、そういった積み重ねも重要ですね。

――2017年に実施した大宮駅での成果を、赤羽駅で実施した2回目の実証実験にどのようにして繋げていきましたか。

JR・阿久津氏 : まず、1回目に大宮駅でやってみて「これは社会に求められているサービスだ!」と肌感覚で、みんなが理解できました。ただ、今のシステム構成や技術要素では通用しないという課題も浮き彫りになったんです。一日の利用客の目標を100名に設定していましたが、最終的には一日300名くらいの方に買い物をしていただいたんです。しかし、商品の支払いを完了させる決済率をもっと上げていきたいと話し合っていました。

サインポスト・波川氏 : 友人同士や家族連れで来られる場合があるので、複数人が入店しても確実に精算できるように変えていきたいと思っていました。

――2018年の赤羽駅での実証実験では、決済率は向上したのでしょうか。

JR・阿久津氏 : 日々アジャイルで、宮城さんがシステムを改修していったんです。すると精度がどんどん上がっていき、最終日に決済率は実用化に耐えうるところまで到達しました。

サインポスト・宮城氏 : 想定外のことが起こると決済ができなくなるので、行動パターンの洗い出しはこれからも必要です。残りの課題を今回の実証実験データから埋めていく予定です。

▲サインポスト・宮城氏

――これからのプロジェクトの方向性を教えてください。

JR・阿久津氏 : なるべく早い段階での実用化を目指しています。ただし、店舗運営の裏側に関わる物流や、身体の不自由な方への対応など、乗り越える壁はまだまだ多くあります。入店していただいた方にアンケートを取りましたが、8割のお客様がいいサービスと答えてくれたので、なんとか早期に実用化させたいです。

▲サインポスト・川端氏


社会への実装を仕掛けたことで、変化した社内外からの反応

――AI無人決済システムは、テレビや新聞といったメディアにも多数取り上げられました。社内外の反響はいかがでしょうか。

サインポスト・波川氏 : 多くの期待の声をいただきましたね。「いつ実用化するのか、人手不足で悩んでいるので早く置きたい」と地方の企業様からも問い合わせをいただいています。

JR・阿久津氏 : 「JRがここまでやるんだ」と各方面から言われました(笑)。鉄道系サービスは、安心安全を目指し、完璧な状態じゃないとローンチできないと私自身が思っていました。

しかし、社会課題解決のためと理解されると、チャレンジングな取り組みでも世間が受け入れてくれることを実感しています。また、JRグループ内からは、「新しいことに取り組みたいので話を聞かせてほしい」といった連絡が来るようになりましたね。

JR・佐々木氏 : 2回の実証実験を通じて、グループ内における私たちのプレゼンスが上がったのは間違いありません。

▲JR東日本スタートアップ・佐々木氏

JR・阿久津氏 : 規模の大きい会社なので、社内の情報が全て回るわけではありません。JRの社員でも、メディアを通じて私たちのプロジェクトを知りますので、そういった意味でもメディアの効果は大きいと感じています。

――実用化に向けて、期待がふくらみますね。

JR・阿久津氏 : まずは、実用化にコミットすることが大切。赤羽駅ではスーパーマーケット「紀ノ国屋」さんの商品を置きましたが、高額商品でも受け入れられることが分かりました。さらに、紀ノ国屋さんの担当者が品出しなど、積極的に関わってくれたのも大きな収穫でした。こうした熱意のある方々の輪を広げながら、実用化まで進んでいきたいです。

――今回、共創プロジェクトが軌道に乗った理由は、どこにあると思いますか。

サインポスト・波川氏 : 取り組み自体がワクワクしましたし、みんなのモチベーションが高かったことが理由の一つだと思います。あとは、課題に対してスピード感を持って動き、そのサイクルを上手く回しながら、失敗を恐れずどんどん進んでいけたのが良かったと感じていますね。

サインポスト・川端氏 : 自由にやらせてもらえて、非常にやりやすかった。裁量も大きく、誰かに相談したとしても前向きに話し合えましたことで、スピーディーにプロジェクトを推進できたと思います。

サインポスト・宮城氏 : 開発者は、ユーザーがシステムを使う場面を実際に見ることが少ないです。それが今回の場合は、直接見て、感想まで聞きながら開発できました。これは、今までにない面白さです。制約も少なく、ユーザーの声をリアルタイムで開発に反映できたので、このやりがいは大きな原動力になになりました。

JR・阿久津氏 : 実際に実証実験が進んでいくと、駅員の方にも多くの協力をしてもらえました。新しい取り組みが、自分の働く駅で起こっていることに誇りを持ってもらえたからだと感じます。赤羽駅の名前もメディアで取り上げられ、駅長も喜んでくれました。仕事を終えた駅員の方が、AI無人決済店舗へ買いにきてくれたのも印象的でしたね。


取材後記

小売業の人手不足は、もはや深刻な社会課題だ。都市部のコンビニエンスストアなどでは、足りない人員を外国人労働者で補っている。しかし、そういった人員確保が難しい地方では、疲弊が加速するばかりだ。

こういった同じ課題感を共有する2社だからこそ、小さなユーザーの声も拾い上げて、一早く変化していく実証実験だったのではないか。社内外からも、大きな期待を寄せる無人決済店舗の実用化は、小売業が生き残るための大きな一手になり得るのか。JR東日本スタートアップとサインポストの共創に、これからも注目していきたい。

(構成・取材・文:眞田幸剛、撮影:古林洋平)