JR東日本グループのCVC であるJR東日本スタートアップ株式会社とサインポスト株式会社の合弁会社、株式会社TOUCH TO GOが誕生してから約9カ月――。去る3月23日、JR山手線49年ぶりの新駅となる「高輪ゲートウェイ駅」に、無人AI決済店舗「TOUCH TO GO」がオープンした。

この事業が始まったきっかけは、2017年度の「JR東日本スタートアッププログラム」だ。サインポストがプログラムに応募し、採択されたことから共創がスタート。JR大宮駅と赤羽駅で行った実証実験により手ごたえを得られたことから、本格的な社会実装に向け、2019年7月に合弁会社を設立。2020年3月に、1号店となる常設店を新駅にオープンした。

ただし、同社が目指しているのは「小売店の運営」だけではない。この1号店をモデル店舗と位置づけ、無人AI決済店舗システムを、人材不足に悩む小売業界にサブスクリプションで販売するという。5年で100店舗への導入を視野に、省人化ソリューションとして拡販していく狙いだ。

eiiconでは、昨年夏の合弁会社設立時に同社を取材し、誕生秘話について聞いた(※)。今回は新会社設立から1号店オープンまでの道のり、オープンで得た手ごたえ、さらにその先に狙うマーケットについて、同社代表の阿久津智紀氏と、副社長の波川敏也氏にお話を伺った。

JR東日本スタートアップでは、こうした合弁会社を今後も増やしていくという。JR東日本グループとの共創の先にある未来の一例として、ぜひ読んでみてほしい。

※関連記事:オープンイノベーションの1つの答え。JR東日本×サインポスト、合弁会社設立の裏側

【写真左】株式会社TOUCH TO GO 代表取締役社長 阿久津智紀氏

東日本旅客鉄道株式会社(JR東日本)入社後、駅ナカコンビニ「NEWDAYS」の店舗運営や、青森でのシードル工房事業、JRE POINTの企画・運営などを担当。その後、JR東日本スタートアップ株式会社へと出向し、スタートアップとの共創プログラムを推進。2019年7月より現職。

【写真右】 株式会社TOUCH TO GO 代表取締役副社長 波川敏也氏

システムコンサルティング企業であるサインポスト株式会社に入社後、同社が研究開発を進めていた無人AI決済システム「スーパーワンダーレジ」をもとに、「JR東日本スタートアッププログラム」に応募。共創のきっかけをつくる。2019年7月より現職。


小売の知見とテクノロジーを掛け合わせた店舗誕生

――昨年夏のインタビューでは、合弁会社の誕生秘話についてお伺いしました。今回は、新会社設立から1号店オープンに至るストーリーをお聞きしたいです。

阿久津氏 : 合弁会社を設立した時点(2019年7月)で、高輪ゲートウェイ駅に「TOUCH TO GO(TTG)」の1号店をオープンすることは決まっていました。

一方、JR東日本は高輪ゲートウェイ駅を最新技術のショーケースにしたいという構想の中で新しい技術を探しており、僕らは最新技術を社会実装したいという思いがあったので、思惑が一致したんです。そんなわけで「TTGを出店してみたら?」とJR東日本側から話が転がり込んできました。

――1号店のオープンが決まってから約9カ月、どんな体制でどんな準備を?

阿久津氏 : メンバーは、サインポストさんから出向で来てもらったエンジニアが7名。それと、私自身もコンビニでの店長経験もありますが、もう1名JR東日本の本体から小売経験が豊富なメンバーを出向で呼びました。エキュート(駅構内の商業施設)での経験があって、小売のすべてが分かっている人です。加えて、プロパーでエンジニアを2名採用し、現在は社員11名の体制です(※2020年4月現在)。

波川氏 : オープンまでに準備してきたことは、オペレーションの構築とシステムの開発です。小売店を運営することになるので、そのオペレーションづくりと、それに合わせたシステムづくりがメインでしたね。商品登録用のシステムを開発したり、アルバイトスタッフの対応を考えたり、決済画面をつくったり。

阿久津氏 : 設立当初から、JRグループ内外を含めて人材不足に悩む小売業界向けに、無人AI決済店舗システムを売っていこうという考えはあったので、小売業界の人たちが“使いやすい”システムになるよう、細部までこだわりました。なるべく負担のかからない設計にすることで、より多くの企業に導入していただきたいですね。

一方で、小売業界での経験から「このマーケットプライスじゃないと絶対売れない」というのが分かっていたので、システムをつくり込みすぎないようにも意識しました。

――「システムを使う小売店」の使いやすさと、「お店で商品を買う一般消費者」の使いやすさ、両軸でUI・UXを考えないといけないので大変ですね。

波川氏 : はい。一般消費者向けでいうと、TTGでは同時入店人数に上限を設けています。実証実験1回目の大宮駅では1人でした。2回目の赤羽駅では3人、今回の高輪ゲートウェイ駅では10人まで増やしています。入店人数を増やせば増やすほど、手に取った商品を正しく決済画面に表示できないトラブルが増加します。

人数を増やしても正しく機能するよう、もともとの考え方を土台から崩して、設計を見直すこともありました。色んなパターンを試しては、発生したトラブルを一つ一つ潰していくの繰り返しです。正直なところ、オープン直前までトラブル続きでしたから、連日連夜、検証と改修を続けていましたね。

▲天井に設置されたカメラによる画像解析と、赤外線センサー、重量センサーによって、ユーザーがどの商品を取ったか追跡。

▲決済エリアに立つと、手に取った商品がタッチパネルに表示される。決済は完全キャッシュレスで、現状「Suica」に対応。今後、クレジットカードも導入予定だという。

――ウォークスルー型の店舗になっていますが、空間デザインで工夫された点は?

波川氏 : 使い方が分かるようデジタルサイネージを効果的に配置しました。場所によって表示内容を変えていて、店舗の外には「店舗の使い方」、エントランスゲートには「入店の上限人数」、決済ゲート前には「支払い方」を動画で表示しています。慣れてしまうと簡単なのですが、初めてのお客さまだと使い方が分かりません。なので、初心者にも分かりやすいよう意識してつくりました。

阿久津氏 : 店内アナウンスにもこだわっていて、ボーカロイドを使っています。文字で入力すれば声になるので、カスタマイズが簡単なんです。将来的には、その日の天気などに合わせて、アナウンスを変えていくような運用も検討しています。

――JR東日本さんの小売に関する知見でオペレーションを練り上げ、サインポストさんの技術でシステムの開発・精度向上を進めてきた、という役割分担ですか。

波川氏 : はい。ただ、「分担」というよりは、「一緒に」つくってきたというイメージです。合弁会社を設立した一番大きな意義はそこにあると思っています。2社の協業だと役割分担が明確になりがちですが、1社だと常に同じ場所で仕事をしているので、ひとつの画面をつくるにしても、相談しながら一緒に考え、進めることができるんです。

阿久津氏 : それと、2社の協業体制だと、最終的にどちらかの責任にして逃げることもできます。しかし、僕らのように1社にすると逃げようがありません。なので、最後の追い込みの必死感は違いましたね。


オープンから約1カ月、人手不足の小売業界への答えはー

――3月のオープンから約2カ月がたちます。本格的に社会実装してみての感触をお聞きしたいです。まず、システムの精度はどのくらいまで向上したのでしょうか。

波川氏 : オープンしてからも改修を重ね、現状では9割以上の精度でトラブルなく決済まで進むようになりました。お客さまも使い方に慣れてきて、朝などは気持ちがいいくらいにスムーズです。案内スタッフを店内に1名配置していますが、見ているだけになってきました。

――すばらしいですね!私たちもTTGを体験してみたのですが、問題なく決済まで完了できました。商品の売れ筋や売上はどうですか。

阿久津氏 : オープン当初は、TTGのオリジナル商品がよく売れていましたが、最近はパンや飲み物、夜のアルコールがよく売れています。TTGは「自販機以上、コンビニ未満」のゾーンを狙っているので、1日の売上目標を30万~40万円程度に設定しています。オープン初日は120万円を超えましたし、その後1週間は平均して1日80万円程度売り上げています。新型コロナウイルス対策による緊急事態宣言が出るまでは、平均50万円くらいだったので計画通り、むしろ順調ですね。

▲幅広い小売り業界への導入を踏まえ、店内の什器や棚は既製品を使用することが可能な設計に。

――人手不足に悩む小売業界に、省人化ソリューションとして提供する予定とのことですが、実際にTTGを立ち上げてみて、省人化できそうな感触はありますか。

阿久津氏 : ありますね。通常これぐらいの規模(約60平方メートル)の小売店舗だと、3人程度のスタッフで運営するんです。でも、レジスタッフのいらないTTGだと、商品の補充や案内を担当するスタッフが1人いれば十分。それに、お客さま対応を一括して行うコールセンターを開設し、サポートできる体制も整えています。なので、3人を1人に減らせる感触はあります。

――前例のないサービスなので、プライシングに悩まれたと思います。月額80万円のサブスクリプションで提供するとのことですが、その理由は?

阿久津氏 : アルバイトの平均時給は、東京で1100円程度です。24時間営業のお店だと、1カ月にかかるアルバイト1人分の人件費がだいたい月80万円くらいになります。なので、1人分の人件費でこのシステムを導入できる設計にしています。また、サブスクリプションにすることで、イニシャルコストを低く抑えられるようにしました。

――初期導入費が安いと気軽に始められますね。導入にあたり、店舗が何か準備すべきものはあるのでしょうか。

波川氏 : カメラなどの設置は必要です。しかし、什器や棚などは既製品を使うことができるので、新しいものを購入する必要はありません。この店舗の棚もあえて既製品を使っています。また、決済スペースは、壁づけにタッチパネルを置くだけでつくれます。レジのスペースを減らせるので、逆に売り場を広くすることもできるんです。

――メディアにたくさん取り上げられていますが、このシステムを導入したいという問い合わせは増えていますか。

阿久津氏 : 増えていますね。印象的だったのが、愛知県にある障がい者施設からの問い合わせです。障がい者の方たちがつくったものを売店で販売しているそうですが、現金の扱いやお客さま対応が困難なので、このシステムをすぐにでも導入したいとのことでした。これは想定外の用途でしたね。それ以外にも、地方の小売店からの問い合わせは多いですし、小売業界以外からも、ピッキングの管理に使えないかという問い合わせがきています。

また、問い合わせではないですが、このシステムは新型コロナウイルス対策にもなります。今、新型コロナウイルスの影響で小売の店員さんがカスタマーハラスメントにあっていると聞きます。お客さまからレジ袋に触れないよう指示されたり、素手での現金のやりとりを嫌がられたり。「小売で働くのが嫌になった」という人も増えてきています。TTGの無人AI決済店舗システムを導入すれば、対面のやりとりはなくなるため、感染リスクを減らせるでしょう。

――確かに、コロナ対策にもなりますね。今後の目標や展開予定は?

阿久津氏 : 5年以内に100店舗への導入を目指しています。すでにJR東日本グループ内への導入は決まっていて、グループ外でも数カ所で話が進んでいます。サービスのモデルはできたので、システムの精度を引き続き高めながら、製品のパッケージをつくっていくことが当面の目標だと考えています。


49年ぶりの新駅で、夢を実現する

――波川さんにお伺いします。サインポストさんが「JR東日本スタートアッププログラム」に応募したことをきっかけに、この新規事業はスタートしました。実際に、JR東日本グループさんと共創してみての感想は?

波川氏 : レジの混雑に課題を感じ、約8年も前からサインポストが研究開発していた無人レジの技術。それがこのような形になりました。一緒に課題解決を目指せる仲間が増え、ワクワクする新規事業をつくっていく中で、合弁会社として独立し、辛いことも楽しいことも全部共有できるファミリーのような関係です。それ自体が、とてもうれしいことですね。

――蒲原社長(サインポスト代表)も強い思い入れのある事業だと聞きました。

波川氏 : はい、最初に研究開発を始めたのは蒲原自身でしたからね。TTGの1号店ができたことを非常に喜んでいます。実際に店舗を利用頂いているお客様の笑顔を見るのが何よりも嬉しそうですね。

――今年度も「JR東日本スタートアッププログラム」の募集が始まりました。応募を検討している企業に、お二人から一言ずつメッセージをお願いします。

波川氏 : プログラムに応募した時は、まさか49年ぶりにできる新駅に、新しい店舗をJR東日本グループさんと一緒にオープンできるとは夢にも思っていませんでした。しかし、このプログラムを通して、同じビジョンを目指せる人たちに出会え、思い描いたことを形にすることができました。そういう出会いの場になるかもしれません。

あとJR東日本グループさんの、このスピード感についていけない方だと難しいかもしれませんね(笑)。

阿久津氏 : JR東日本グループは、リソースをたくさん持っているので、それらを使い倒すぐらいの感覚でやったほうがいいですよ。どんどん使い倒してください。


取材後記

合弁会社設立から1号店のオープンへ。さらに1号店をモデル店舗として、小売業界への拡販を目指す「TOUCH TO GO」。実際に体験してみたところ、1回目は少し戸惑うものの、2回目以降は非常にスムーズだった。「はいる。とる。でる。」のシンプルな買い物体験が心地よく、一度これを体験した人は、もはやレジの行列に耐えられないのではないかと思うほどだ。

小売業界の人材不足に加え、キャッシュレスの普及、新型コロナによる非対面需要の高まりを追い風に、小売店舗のスタンダードが変わるかもしれない――そう感じる取材だった。「JR東日本スタートアッププログラム2020」の応募締切は5/31(日)。ぜひ応募を検討してみてほしい。

(編集:眞田幸剛、取材・文:林和歌子、撮影:古林洋平)