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【アンドハンド×DNP】「花火を打ち上げろ」経営層にそう言わしめた、ソーシャルイノベーションの全体構想とは?

伝統的な大企業でオープンイノベーションを進めていくために、乗り越えるべき壁はたくさんある。中でもボトムアップでの活動の場合、社内的に大きな壁となるのが、同志を集めること。そして経営トップの承認を得て拡大させていくところだろう。

今回スポットを当てるのは、大日本印刷(DNP)。以前eiiconLab(前編後編)でも紹介した、身体・精神的な不安や困難を抱えた人と手助けをしたい人をマッチングし、具体的な行動をサポートする「アンドハンド」の中心メンバーである松尾佳菜子氏が勤務する企業だ。

当初は松尾氏が個人で携わっていたアンドハンドだが、そのビジョンと松尾氏の熱意に共感した社内の有志が次々とプロジェクトに加わった。その熱意はついに経営層を動かし、予算を取って事業化していこうという段階にきている。大企業の中で、未来につながる新たな事業の種を蒔き育てていくために、彼らはどのようなことを考え、行ってきたのか。そしてアンドハンドの全体構想とは。松尾氏を中心としたプロジェクトメンバーに話を伺った。


ビジョンと熱意が、人を動かす

――まずは、それぞれの所属・役割と、プロジェクトに参画したきっかけを教えてください。

松尾:サービスデザイン・ラボに所属し、共同事業開発や産学連携等、イノベーション創出や創出し続ける組織自体を作る”サービスデザインのプロジェクト”を提供しています。最近は、社内にデザイン思考を広げていく活動も行っています。アンドハンドプロジェクトでは中心メンバーとして活動をしています。

▲情報イノベーション事業部 C&Iセンター 第1マーケティングコミュニケーション本部 サービスデザイン・ラボ 松尾佳菜子

金井:コンサルティング営業本部にて、ICTを使った先端的なソリューションを提案しています。担当顧客の案件で、ビーコンやアプリなどの取り組みをしていたこともあり、松尾からはスマート・マタニティマークの頃から相談を受けていました。そこで話を聞くうち、熱意に共感してプロジェクトに協力することになりました。

▲情報イノベーション事業部 コンサルティング営業本部 第1部 第1課 金井剛史

浜崎:私は情報イノベーション事業部を横断的に見る部門で、新規事業の推進や構築・実行のサポートを行っています。松尾からアンドハンドの活動について話を聞き、これはいきなり組織で行うのではなく、まずは社内で有志を募っていくべきではないかと判断。その後、経営層にプレゼンテーションする上でのアドバイスも行いました。

▲情報イノベーション事業部 事業企画本部 事業企画第2部 部長 兼 オリンピック・パラリンピック事業開発本部事務局 浜崎克敏

鈴木:松尾と同じ部署に所属しています。インクルーシブデザインやバリアフリーのビジネスに携わった経験から、アンドハンドに興味を持ちました。視覚障がい者向けのリサーチ設計やアプリのUXデザイン、プロトタイピングなどを担当しています。

▲情報イノベーション事業部 C&Iセンター 第1マーケティングコミュニケーション本部 サービスデザイン・ラボ 鈴木英恵

米山:私は以前、松尾と同じサービスデザイン・ラボに所属し、デザインプロジェクトのマネジメントや戦略立案を担当していました。松尾からアンドハンドの話を聞いた時、「PM(プロジェクトマネジメント)のできる人がいない!ここは自分の出番だろう」とPMに立候補したんです。また個人的なことですが、子供が生まれてから、妊婦さんなど困っている人たちの助けになりたいという気持ちが大きくなっていたことも、参画した理由の一つです。

▲情報イノベーション事業部 コンサルティング営業本部 企画グループ 米山剛史

 尾野:私も、金井や米山と同じ本部に所属しております。これまで業務システムの開発をしながら、様々な企業のBPR(ビジネスプロセスリエンジニアリング)を行ってきました。本件ではアプリの設計・構築を担当しています。アンドハンドに参画したのは、以前から業務で関わりのあった金井から誘いを受けたことがきっかけです。メンバーの人柄やプロジェクトのビジョンに惹かれたのはもちろんですが、東京メトロさんやLINEさんといった、生活者になくてはならないインフラ企業のご協力もあり、面白いことができそうだなと思いました。

▲情報イノベーション事業部 コンサルティング営業本部 企画グループ 尾野友邦


手書き資料と熱意で、経営層に直談判

――有志が集い始まった取り組みが、経営層に認められるまでの話を伺いたいのですが、まず浜崎さんが経営層に通そうと決めた理由を教えてください。

浜崎:DNPは創業140年の歴史があります。創業後の70年は、書籍など紙に印刷することが社業でした。次の70年は、そこで培った印刷技術をカラーテレビや包装材などへ横展開し、日本の経済成長と共に拡大を続けてきました。そして今、これからの70年を考えていくにあたり、当社は第3の創業として新たな価値を創造していこうとしています。

こうしたタイミングで松尾からアンドハンドの話を聞き、直接的なソリューションやサービスではなく「困っている人を助けるためにサービスを提供する」価値創造は、評価に値すると考えました。さらには、自主的に取組んだ社外のコンテストで受賞もしている。これを潰すようではいけないと、経営層に上申することを決めました。

また、提供するサービスは解るが儲けどころが全く見えなかったことにも可能性を感じました。社会的価値はおおいにあるが、それをどう事業化していくかは未知の領域へのチャレンジになります。これは会社として新しいことを行うチャンスだと考えました。

――経営層へのプレゼンは、松尾さんが行ったのですか?

金井:浜崎、松尾、私の3名で、情報イノベーション事業部の経営層に対して行いました。それが、2017年の6月頃ですね。「LINE BOT AWARDSグランプリ受賞」、そして東京メトロさんが興味を持ってくださっているという外部からの評価、あとは熱意で(笑)。

松尾:プレゼン資料はもちろんPowerPointで用意していましたが、最後は手書きのラフを持って、目指す社会とDNPにおけるメリットを伝えました。

――手書きですか!それは斬新ですね。それにしても、大企業であれば通常は様々な組織のステップを踏んで経営層へのプレゼンテーションに到達するはずです。今回、アンドハンドが経営層に直談判できた理由としては?

 浜崎:確かに通常であれば、複数の段階を経て経営層に到達します。その中で立ち消えになってしまうアイデアも多く見てきました。しかし、アンドハンドはどの組織にも所属していない「有志によるプロジェクト」です。

だからこそ経営層に直談判できたのです。また、会社として新しいことを生み出そうとしている中、このアンドハンドに関しては、松尾をはじめ関わる人の情熱を経営層に直接伝える場を作りたいという想いもありました。ある種、正攻法ではなく、後頭部から行くようなレアケースですが(笑)。

――後頭部から、というのも面白い表現ですね(笑)。経営層の反応はどうでしたか?

松尾:「よし、トライしてみろ。花火を打ち上げなさい」と言ってもらえました。しかし、それで終わりではなく、実はもうひと山あったんです。初回のプレゼンで好感触だったため「よし、いける!」と思って、意気揚々と東京メトロさんと打ち合わせを始めました。しかしその後、実証実験の予算を取るために社内の経営層に改めてお願いに行ったら、「ちょっとこれ、ビジネスとして大丈夫?」と反応が芳しくなくて。

金井:経営層としては、初回のプレゼンから数カ月経っているため、「どう稼ぐのか」の部分がもっと煮詰まっているだろうと期待をかけてくれていたんです。しかし、その作り込みが甘く、期待に到達できていませんでした。そこで、チームメンバーを招集して急ピッチで練り直し、朝8時から専務執行役員に時間をつくってもらって再度プレゼン。無事予算の承認が下りました。

浜崎:当事業部の専務執行役員も自身の経営者ネットワークを駆使して「この団体の話が参考になりそうだ」と情報をくれたり、自らアポを取ってくれたりと、非常に協力的でした。


アンドハンドがつくる世界を、「未来のあたりまえ」に

――まさに、経営層を巻き込んだ取り組みになってきているのですね。ところで、そのプレゼンテーションは、どのような内容だったのでしょうか。

松尾:DNPのブランドステーメントは「未来のあたりまえをつくる。」です。そこで、「アンドハンドサービスを通して、実現したい『未来のあたりまえ』」という切り口で話をしました。

日本は「おもてなしの国」と言われていますが、世界寄付指数ランキング(2016年)の「見知らぬ人への手助け」という項目では、140カ国中138位という低順位です。もちろん、寄付に対する個人の考え方や制度の違い等があるため一概には言えませんが、「日本人は他人にやさしくないのでは?!」と疑ってしまいます。

——そんな低い順位なんですか。

松尾:はい。ただ別の調査データを見てみると、日本人の9割は「困っている人を助けたい」という気持ちを持っています。しかし、サービスインフラが整っているがゆえに、個人がいざ困っている人を目の当たりにした時に、どうしていいのか分からないという事態が起こり、実際に行動できている人は少ないそうです。個人間の助け合いの関係を醸成しない限り、サービス業の人員不足、訪日外国人の増加・障がい者の社会進出によるボランティ不足などの問題はますます深刻になると思いました。

——なるほど。

松尾:今のあたりまえは、「助けてもらうのがあたりまえ」「事業者が助けてあげるのがあたりまえ」。我々は、「未来のあたりまえ」として、助ける側も助けられる側もスキルや能力を相互に補完し合うことで、困りごとや困難を楽しみながら乗り越えていくことを実現したいと思っています。

そうなるためには「助けられる側」「助ける側」双方の視点が大切です。「助けられる側」は、困っていることをしっかり意思表示できるように。「助ける側」は“障がい者はかわいそう”といった同情から脱却し、正しい知識のもとで困りごとを助けられるように。DNPは、その両者の後押しをしていくことを目指しています。

鈴木:株式会社ミライロさん(http://www.mirairo.co.jp/)が実施する「ユニバーサルマナー検定」(http://www.universal-manners.jp/)とも提携し、正しい知識の普及に努めると同時に、検定に合格した人にはアンドハンドに登録していただくなど、助け合いの行動を起こしていける人たちをつないでいきたいと考えています。

――そんな「未来のあたりまえ」を創るため、アンドハンドの今後の具体的な構想としては?

松尾:まず、フェーズ1「導入」としては、交通弱者への無償の善意によるムーブメントの醸成です。一つは、東京メトロさんとも取り組んでいるLINEを使った妊婦さんへの席ゆずり実験。ここでウォッチしていきたいのが、「助ける側の行動変容が起こるかどうか」。ちゃんと行動変容が起こるような仕掛けを作っていくことが必要です。また、駅を中心とした移動において視覚障がい者がどのような困りごとを抱えているのか、リサーチも行っていきます。

——次のフェーズは?

松尾:フェーズ2は「強み構築」。ここでは、今まで無償で提供していた助ける側のスキルや善意を、有償の価値にできるかどうかを検証したいと考えています。例えば、障がいがあって洋服を着るのに2時間かかる人が、手伝ってくれる人の特有のスキルや善意を有償で購入して、短時間で服を着替えて仕事に出かけられる。時間をシェアするタイムチケットのような考え方かもしれません。「助ける側のスキルや善意」に対してお金を支払うなどの価値があるのかどうかを見ていきたいと思っています。

そして、フェーズ3「継続化」。&HANDで助け合いを繰り返していくと、個人の善意レベルが数値化できるようになるはずです。これを私たちは「いい人データベース」と呼んでいます。その基盤を使って、より安心安全が担保された新しい思いやりのCtoCサービスが開発できるのではないかと考えています。

 米山:アンドハンドでの行動データが溜まっていくと、いつ・誰が・どんな場所で困りごとが発生しているかが分析できるようになります。それは即ち、バリアフリーの課題がある場所を特定できるということ。そのデータを企業に提供したり、課題が起きている箇所をリデザインする施策を提案するといったビジネスも展開できるでしょう。


実証実験、そして、その先に

――アンドハンドを通じて実現したいことを、それぞれ教えてください。

松尾:善意や優しさは、誰もが素質として持っているスキル。しかも、一生磨き続けることができます。また、優しさを人に提供すると自分自身の喜びにもつながります。そうしたことに気が付いてもらえるよう、UXやサービスを設計したいですね。

鈴木:私はこれまでに障がいのある方と接する機会が比較的多くあったのですが、彼らは障がいがあるからといって、常に困っているわけではありません。逆に、健常者であっても場所や環境が変われば困っている人の立場になりえます。障がい者だから、高齢者だからといって「助けられる側」だと切り分けるのではなく、互いが互いを助け合えるような関係が、アンドハンドで作っていけたらいいなと思っています。

浜崎:日本社会は今、「助けて」が言いにくいと感じています。学校や家庭、企業でも、なかなか気軽に「助けて」と発することができず、溜め込んでいることが多いのではないでしょうか。アンドハンドを通じて、もっと簡単に「助けて」と言える社会を創ることができたらいいと思います。

尾野:電車に乗ると、みんなだいたいスマホを触っていますよね。画面に夢中で困っている人に気が付かなかったり、声かけるのが少し恥ずかしいというシーンはよくよくあること。今、手にしているスマホで気付きを与え、背中を押せるプラットフォームを作ることができたら、もっと良い社会になっていくのではないか。そして人を助ける行動がどんどん増える循環ができれば、カッコいい世の中になるはずです。

米山:例えば、電車で妊婦さんに席を譲れなかった時、たまたま気が付くのが遅かっただけなのに自分を少し責めて罪悪感を抱くこと、ありますよね。でもアンドハンドがあれば、そういうことがなくなります。そうなれば、きっと行動だけではなく気持ちの在りようも変わるはず。自分にもできることがあるのではないかと改めて見つめ直すことで「行動」だけではなく、人の「意識」も変えるきっかけが提供できるものだと思います。

▲画面は開発中のものです。


編集後記

当初、松尾氏が個人で参画していたアンドハンドは、今では大日本印刷の看板を背負ってイベント出展するまでになった。これほどのスピード感で実証実験まで辿り着いた理由は、松尾氏の強い熱意とアンドハンドの社会的意義の高さに魅力を感じて各方面のスキルを持つ有志が集ったことはもちろん、経営トップとの太いパイプを持つ浜崎氏の協力を早期から得られたことも大きいだろう。

松尾氏は、今後も「未来のあたりまえ」を一緒につくっていく仲間を社内で増やしていきたいという。eiiconでは引き続き、超福祉展、東京メトロでの実証実験もレポート予定だ。

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■超福祉展

正式名称「2020年、渋谷。超福祉の日常を体験しよう展」。2017年11月7日(火)~13日(月)

障がい者をはじめとするマイノリティや福祉そのものに対する「心のバリア」を取り除こうと、2014年より毎年11月の一週間、渋谷ヒカリエを中心に開催を続けている展示会。

DNPと東京メトロが共同で、アンドハンドを出展する。

■実証実験

2017年12月11日(月)~15日(金)、東京メトロ「銀座線」にてアンドハンドの実証実験を予定している。10時~16時の間に4回、車両を限定して行う。

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(構成:眞田幸剛、取材・文:佐藤瑞恵、撮影:古林洋平)