いま新規事業やオープンイノベーションの担当者の間で、注目を集める書籍がある。それが今年1月に刊行された”「事業を創る人」の大研究”(クロスメディアパブリッシング)だ。新規事業に関する書籍というと、アイデア創出のためのハウツー本などが主流だが、本著は一貫して「人と組織」の観点にフォーカス。新規事業やイノベーションの成否を分けるポイントや、新規事業担当者の成長・学習のメカニズムなどを、膨大なデータをもとに紐解いていく。

この書籍を、立教大学経営学部 教授の中原淳氏とともに共同執筆したのが、人材系シンクタンク・パーソル総合研究所出身で現・立教大学経営学部 助教・田中聡氏だ。自身も新規事業に携わった経験を持つ田中氏に、前後編の2回にわたってインタビューを実施。<前編>では、「事業を創る人」に着目するに至った田中氏自身のバックボーンやこれまでの経歴について語ってもらった。


▲立教大学 経営学部 助教 田中聡氏

1983年、山口県生まれ。慶應義塾大学商学部を卒業後、株式会社インテリジェンス(現・パーソルキャリア株式会社)に入社。事業部門を経て、2010年に株式会社インテリジェンスHITO総合研究所(現・株式会社パーソル総合研究所)設立に参画。専門は、人的資源開発論・経営学習論。主な研究テーマは、新規事業担当者の人材マネジメント、次世代経営人材の育成とキャリア、ミドル・シニアの人材マネジメントなど


アパレル業界で見た、人と組織の課題。

――田中さんは人材業界の出身だと伺っています。

立教大・田中氏 : そうです、2006年に株式会社インテリジェンス(現・パーソルキャリア株式会社)に新卒で入社しました。キャリアのスタートは、アパレル業界を担当する採用支援の仕事でした。当時の私は、アパレル業界に対して先入観を持っていたんです。幼い頃から洋服が好きで、中高生ぐらいになる頃には「将来はアパレル業界で働くんだ」と進路を決めているような人たちが働く業界だから、きっとみんな楽しそうに働いているんだろうと。

――アパレル業界の実態は、そうではなかった?

立教大・田中氏 : はい。誤解を恐れずに言えば、個人も組織も元気がないように見えました。理想と現実のギャップに悩み、「好きだけでは続けていけない」と、他業界へ転職される方も多かったですね。

よく給与の低さが問題に挙げられますが、実際には職場の人間関係や働き方の問題の方が大きいんです。組織側としても問題の本質に向き合うだけの余裕がなく、辞めた欠員をなんとか採用でカバーするといった状況でした。そんな状況を目の当たりにして、徐々に、人と組織が出会う採用の一場面だけでなく、出会った先にある「人と組織のより良い関わり」について問題意識を持つようになったんです。

――採用の問題から、次第にその後の「人と組織の関わり方」へ興味が移っていったわけですね。

立教大・田中氏 : そうですね。それから、もうひとつ大きな出会いがありまして。アパレルメーカーの社長様と仕事をする機会も多かったんですが、特に影響を受けたのが50代のある男性社長でした。彼はパリコレクションやミラノコレクションに出展し、世界中のバイヤーから賞賛される日本のトップデザイナーでもあったのですが、実は社会人になって独学でデザインを学んだという異色のキャリアの持ち主なんです。

その働く姿勢から強烈に学んだのが、「成功体験を全て捨て切り、常に新しいデザインに挑戦する」ということ。時代の変化に合わせるために、自分が変わることをどこまでも妥協しないんです。毎シーズン、毎シーズン、それをやり続けるわけですから、周囲から見れば、もはや狂気の沙汰ですよね。

――業界のトップクリエイターでも、日々学び、変わろうとしている、と。

立教大・田中氏 : クリエイティブの世界なんて、ほとんど生まれ持ったセンスで決まると思うじゃないですか(笑)。それが全然違ったんですよ。これは当時の私にとっては結構、衝撃的でしたね。私の中で、「学び」や「成長」に対するイメージがガラッと変わりました。

いくつにもなっても、変われる。学び続けられる。成長し続けられる。そして何より、それがどんなにカッコいいことか。20代の時にその方に出会い、仕事をご一緒できた経験は私にとって大きかったですね。

――そこから、シンクタンクを立ち上げられるわけですね。

立教大・田中氏 : 採用支援の仕事をしながら、人と組織が出会った先にある「人と組織のより良い関わり方ってなんだろう」「人と組織が成長するってどういうことなんだろう」と考えはじめていた頃、ちょうどグループ内にシンクタンク(インテリジェンスHITO総合研究所/現・パーソル総合研究所)を新設する計画があることを知りました。この組織なら自分の問いにストレートに向き合えるはずだと思い、立ち上げメンバーとして参画しました。2010年の秋ごろです。


新規事業立ち上げを通して見えたこと。

――田中さんは、新規事業でどのような経験をされたのでしょうか? 

立教大・田中氏 : 異動した当初、決まっていたのは「グループ内に研究所を立ち上げる」ということだけでした。立ち上げ当初、専任メンバーは私ともう一人の2名のみ。その他のメンバーといえば、当時の社長はじめ全員経営陣だったので、下っ端の私たちがやるしかないですよね。

入社4年そこそこの若手二人だったので、周りにはたくさん迷惑をかけました。ちょっと口には出せないような失敗も(笑)。この時、今回の新規事業の研究結果を知っていれば、もっとスマートに垂直立ち上げできたんじゃないか、と今でも頭をよぎることがあります。

――働きながら、大学院にも通われていた、と聞いています。

立教大・田中氏 : はい、組織を立ち上げて間もない頃は、震災復興が労働市場にもたらす影響や日本企業におけるグローバル人材マネジメントなどをテーマに産官学の有識者を招いた研究会を行なっていました。人と組織に関する研究領域を幅広くみた中で、やはり自分には異動の原点であった「人と組織の成長・学習」をテーマに研究したいという思いが強まり、人材育成・組織開発研究の第一人者である中原淳先生の下で学ぼうと大学院への進学を決意しました。

シンクタンクを立ち上げて3年目ぐらいだったと思います。この時、研究テーマのことは一切聞かれず、大学院進学を容認してくれたパーソル総研の上司とメンバーのみなさんには頭が上がりませんね。

――「新規事業×人と組織の成長」というテーマは、どのように見えてきたのでしょうか?

立教大・田中氏 : 身近にいた、ある新規事業部門の責任者の影響が大きかったですね。既存事業では素晴らしい実績を残してきたエース社員で、社内でも一目置かれるような存在だったのですが、なぜか新規事業ではなかなか結果を出せないでいたんです。アイデアを生みだせないというよりは、そのアイデアを実行する、実現していくフェーズで「組織の壁」にぶつかってしまう。

新規事業なわけですから、うまくいかなくて当然なんですが、周りの目は冷ややかでしたよ。中には「あいつに新規事業は難しかったかな」といった批判的な声も。でも、私は近い立場にいたのでよくわかるんですが、本人はこれまで既存事業では経験したこともないような壁を乗り越えようとしていく過程で、見違えるほど仕事に対するものの見方や考え方が変わっていったんです。

――なるほど。

立教大・田中氏 : ある時、本人が「このまま既存事業でそれなりのポストに就いていても、俺は絶対に変われてなかったと思う」と話していたのを聞いて、「これだ」と思いましたね。事業の業績や成果一辺倒で評価がされがちな新規事業ですが、新規事業の経験は成功も失敗も全てが、そこに関わる人と組織にとって学びの機会になる。その学びを評価しないのは会社経営にとって大きな損失だと、そこから強い問題意識を持つようになりました。



ーー田中氏へのインタビューは6/22公開の<後編>に続きます。<後編>では、約1400名の新規事業担当者に調査を実施して見えてきた「4段階の変化」について具体的に語っていただきました。ぜひ、ご覧ください。

(構成:眞田幸剛、取材・文:太田将吾、撮影:西村法正)