東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年を目前に「令和」という新しい時代を迎え、日本社会・経済は大きなターニングポイントを差し掛かっている。そうした中、日本国内ではオープンイノベーションが徐々に浸透し、大企業やスタートアップの共創による新規事業創出が形になってきた。――しかし、米中貿易摩擦などによりグローバルの市場環境は不安定となり、さらに国内では消費税増税など、明るい見通しとは言えないのが現状だ。

シリーズ企画「think 2030」では、激動を予感させる2020年のその先、「2030年に向けた企業×オープンイノベーションの未来」という視点から、日本の企業・ビジネスパーソンの進むべき道を考えていく。

今回は、事業会社であるIMJの内部からVCの立ち上げにかかわり、既存産業のデジタルトランスフォーメーションを実現してきたスパイラルベンチャーズ、パートナーの岡洋氏にインタビューを実施。数々のスタートアップや大企業にハンズオンで支援を行い、投資を手掛けてきた岡氏に、これから2030年にかけてのオープンイノベーションの未来と、そこにかかわるビジネスパーソンのあり方について、お話を伺った。

■スパイラルベンチャーズ パートナー 岡 洋 氏

 2007年、デジタルマーケティング事業を展開するIMJに新卒入社。営業兼プロデューサーとして、学校法人のサイトリニューアル、インポートアパレルのEC立ち上げなど、多くのインテグレーション案件に従事。2010年からアフィリエイトプラットフォーム「VERSiON-M」のセールス&マーケティングを担当。2011年にスマートフォンアプリ「ショッピッ!」の新規事業開発を経験し、2012年に株式会社IMJインベストメントパートナーズ(現 スパイラル・ベンチャーズ・ジャパン・エルエルピー)の立ち上げから参画。千葉大学大学院修了。

・主な投資先「Bizreach、Openlogi、SORABITO、Z-Works、div」

・主な支援アクセラレーター「T-Venture Program、東急アクセラレートプログラム、森トラストFuture Accelerate Program、ASICS Accelerator Program 」


■勝機は、「旧態依然の産業がデジタルトランスフォーメーションするところ」にある

――本題に入る前に、まずは岡さんのバックボーンや現在投資家として手掛けられていることについてお聞かせください。岡さんは、金融機関ではなく事業会社のご出身ですが、どうしてベンチャー投資の世界に入っていらしたのでしょうか?

岡氏 : 2007年にIMJに入社して、最初のころはWebサイトのマーケティングやプロデュースの仕事をしていました。入社4年目くらいのときに、IMJが「ショッピッ!」という価格比較アプリの事業を買収したのですが、当時、日本に「スタートアップ」や「シードアクセラレーション」といった言葉が入り始めた時期で、自分もそういうことをやってみたいと思って、「ショッピッ!」の事業開発にかかわりました。

しかし当時の社内にはスタートアップ事業育成の体制が未整備で、意志決定にも時間がかかるし、アプリのユーザーエクスペリエンスを存分に語りあうような文化もなく、フラストレーションがたまっていきました。

――現在とは隔世の感がありますね。

岡氏 : そのとき、IMJの役員だった堀口(現・スパイラルベンチャーズシンガポール法人代表)が、社内でシードアクセラレーションを開始すると言い始めたので、「これだ!」と思って手を挙げ、2012年に堀口と2人で、IMJインベストメントパートナーズを立ち上げました。

――自分で事業開発をするのと、投資をするのとではスタンスが多少異なると思いますが。

岡氏 : ある意味で、自分が十分にはできなかった事業開発を、お金と環境を提供して、スタートアップの皆さんにやっていただく、というような意識がありました。それが意外と自分に向いていたので、今まで投資家を続けてきています。

――最近では日本酒開発・販売のWAKAZEさんなど、スパイラルベンチャーズさんの投資先にはユニークなものも多くありますが、どういった基準で選ばれているのでしょうか。

岡氏 : 私たちの投資戦略には一貫したテーマがあります。「X-Tech」と書いて、「クロステック」とか「エックステック」と言っていますが、一口で言えば、既存の産業が抱える課題を、ネットなどのテクノロジーの力で解決して価値向上を図るということです。旧態依然とした古い産業を、テクノロジーの力でデジタルトランスフォーメーションさせ、新たな価値を生み出すところに勝機を見いだしているのが私たちの特徴です。

日本酒という、それこそ「伝統」という言葉がぴったりくるような業界において、テクノロジーの活用で世界に打って出ようというWAKAZEさんは、まさに私たちの考える「X-Tech」でした。また、過去に私が担当した案件ですと、倉庫をネットと融合させて活用効率を高めたオープンロジさんや、それまでは港に集まって札を上げていたような中古建機売買の業界で、オンライン取引所を開発したSORABITOさんなども、同様の事例だと言えます。


■VC投資の流れは止まらない

――ここから徐々に本題である2030年に向けた話に入っていきます。前段として、まず足元に目を向けたいと思いますが、現在のスタートアップ投資やオープンイノベーションの界隈について、どのようにご覧になっていますか?

岡氏 : 私がこの業界に入った2012年当時から比べると、VCの数や種類も、リスクマネーの供給量も格段に増えており、またマネー供給以外にも、eiiconのような情報プラットフォームを担うプレイヤーも出てきて、エコシステムの多様性が増していることが、非常によい状況だとみています。

IMJインベストメントパートナーズを作った2012年の段階では、私たちも、先進的な取り組みをされていたOpen Network Lab(オンラボ)さんや、KDDI ∞ Laboさんなども、実験的に取り組んでいる雰囲気がありました。「向こうでは、Y Combinatorっていうのがあるぞ」とか、「Seed Accelerator というプレイヤーがいるぞ」といっては、日本版の立ち上げに腐心しているような感覚です。そこから、いくつかの成功と失敗を経て、経験も蓄積して、VCでも大企業でも、「日本では、あるいはうちの会社ではこうやるべきだ」という体系化や仕組み化が進み、現在の多様化に至っています。

――近い将来の、マクロ経済のリセッションやマーケットクラッシュの発生により、流れが変わる心配はありませんか?

岡氏 : リセッションやクラッシュの危惧はあります。しかし仮にそういう事態になったとしても、スタートアップ投資の流れは変わらないし、止まることはないと考えています。逆に言うと、それしか道はないとも思っています。

理由の1つとして、以前は企業の中でも「なんとなくこういうことが流行っているからやってみよう」という意識だったのが、正式に部署を作り、予算をつけ、専任者を配置するところがどんどん増えている、という点が挙げられます。大企業の中で、一度そういった仕組み化や体制ができると、良くも悪くも流れは簡単に変えられません。

また、VCの観点から見ると、一般的にファンドレイズの際、出資者とはだいたい10年の契約を巻きます。いまファンドができたとすると、10年の間に回収まで行うということです。厳密に言うと、その中での投資フェーズは3~5年ですが、その間はリスクマネーの供給が続きます。

―― 一部の先進的な大企業だけではなく、多くの企業でLP投資の裾野も拡がっているのでしょうか。

岡氏 : 裾野の広がりは強く実感します。VC業界ではともかく、世間一般的には決して知名度が高いとは言えない弊社にも、「ファンドへのLP出資を検討しているのですが」といった問い合わせが、日本各地の事業会社から入るようになりました。

地方企業だと、失礼ながらお名前を存じ上げないこともあるのですが、調べてみると、売上が何千億円もある超優良企業だった、ということがよくあります。そういう企業が自ら能動的にLP出資の情報収集をしています。その動きが顕著になってきたのは、ここ1〜2年ほどですね。3、4年前はまったくありませんでした。そういう面でも、大きな流れは止まらないだろうと肌感覚的に感じています。


■瀬戸際の日本。生き残るには、腹をくくってなんでもやれ

――スパイラルベンチャーズさんは東南アジアでもVC投資をなさっています。グローバルな視点から見たとき2030年に向けて日本はどうなっていくでしょうか。

岡氏 : 正直言って、いまが日本の瀬戸際だと思っています。日本は確かに世界に例を見ないほど豊かな内需の市場がまだあります。そのため、いまでもスタートアップによって国内に新しいビジネスの芽が生まれており、その流れは10年後も基本的には変わらないと思います。しかし、今後、人口減少と高齢化が進む中では当然外に目を向けていかなければなりません。そのときに、グローバルな競争で勝ち残れる企業がどれだけあるかと考えると、非常に心許ない面があります。

スタートアップの若い経営者には、グローバルな視点を持つ人が増えています。しかし、それを支援、サポートできるVCや大企業があまりにも少ないのです。

2012年当時と比べてスタートアップ投資環境は豊かになったと言いましたが、それは国内の話で、東南アジアで活動している日系のVCプレイヤーは、実は7年前とあまり変わっていません。国内ではこれだけ多様化が進んでいるのに、海外だと数えるほど。例外的に、ソフトバンク・ビジョン・ファンドさんがいますが、その一方で、アリババがスタートアップ1社に200億円、300億円とどんどん投資しているように、東南アジア全域で桁違いのチャイナマネーが流れ込んでいます。

私たちは、経産省とも定期的に意見交換をさせてもらっていますが、国の方でもそこには相当な危機感を持っています。

――どうすればいいのでしょうか?

岡氏 : 答えは明快で、「腹をくくってなんでもやる」ということです。東南アジアのファンドレイズを説明にいくと、「東南アジアですか?まだわからないですね」とか「とりあえずいまは北米で手一杯です」みたいな反応をされることもよくあります。

シリコンバレーに注力することが悪いとは言いませんが、一方で、ほとんど未開拓のマーケットがあるのに、そこに手をつけないのは、経営判断としてはどうなのだろう?という気はします。もちろん、私たちの力不足も多分にあるのでしょうが、それで本当にグローバル競争に勝てるのか、と心配になることもあります。だから、腹をくくって、北米も東南アジアも両方やるべきではないかと考えています。

――ほかに、2030年に向けたベンチャー投資という点で、注目なさっていることはありますか。

岡氏 : 現在、我々のもとにたくさんのCVCのご相談がくるようになっています。そういう流れもあって、一番注目しているのはCVCの動きです。今までCVCというと、高値掴みしてしまうとか、大企業の意思決定に押されて本質的な投資ができないとか、ややもすると、ネガティブな面が取り沙汰されることがありました。しかし、ベンチャー投資のエコシステムが多様化してきた中で、日本的な独立系VCの成長と、CVCの変化が相まって、「CVC1.0」から「CVC2.0」「CVC3.0」へと変化していく波を、2030年に向けて作っていけるのではないかと思っています。

財務リターンもきっちり出しつつ、CVCの真骨頂である本社とのリレーションとか、事業開発もやる、KDDIさんとか三井不動産さんがやっているようなCVCがどんどん出てくるイメージです。その際に、我々のような外部の独立系VCだからこそ、パートナーとして力になれることはたくさんあるでしょう。

ただし、じゃあ、大企業がみんな揃ってCVCに最適化していくことが良いかと言えば、それも違うと思います。やっぱり実現のハードルもそれなりに高いですし、目的は、自分たちの事業の拡大だと思います。そのためには、社内での新規事業開発は当然として、それに加えてLP投資もやるべきだし、社内起業家制度もやるべきだし、アクセラレータープログラムもやるべきでしょう。さっきの北米か東南アジアか、という話に似ていますが、できることを全部やって、各社なりの全体最適化を図るべきなのです。何か1つに取り組んでいたら安泰という世界では、残念ながらありません。


■事業会社出身のVCだからこそ提供できる価値を突き詰めていきたい

――今のお話からも、大企業の中でオープンイノベーションや新規事業開発にかかわるビジネスパーソンの重要性が今後ますます高まるであろうと感じられますが、そういう方たちに向けたアドバイスはありますか。

岡氏 : オープンイノベーションや新規事業開発は、本来は外を向いて行うものです。しかし、大企業内でやろうとすると、部署間の調整とか、予算取り、チーム編成など、まず内側を向いた動きから始めないといけません。外に向けては、「オープンイノベーション開始」などとかっこいいことを言いながら、中では「専務、話をきいてください」と、泥臭い社内調整から始まるわけです。大企業において、これは当然、必要なプロセスなのですが、ここが苦しいので、へこたれてしまう人が意外と多くいます。「こんなことがやりたかったわけじゃない」というわけです。

しかし、「今は、健全なオープンイノベーションを起こすための第1フェーズなんだ」としっかり認識することがポイントです。やがてそこを過ぎ、社内に体制や仕組みを創ることができれば、一定の裁量と権限が与えられて、本来の、外を向いたオープンイノベーションに取り組める第2フェーズがやってきます。そういう全体のプロセスを理解していれば、社内調整だとか承認プロセスも、大変だけどやりきれるでしょう。そして、それを今きっちりやりきることで、その経験は、人材市場において最高の市場価値となるはずです。

――それは、岡さんご自身の経験から言えることですか。

岡氏 : それもあります。私は事業会社でゼロからVCの世界に入りましたが、最初のころは、ボロクソ言われました(笑)。「利益率の低い受託事業で稼いだお金を、スタートアップに何億円もつっこむなんて、頭おかしいんじゃないか?」というように。自分たちがそういうコンフリクトをひとつひとつ乗り越えてVCとして成長してこられたからこそ、いま事業会社の中で事業開発にかかわる方々が直面している苦労や課題が、よくわかるのかもしれません。

事業会社から生まれたVCだからこそ、この業界に寄与できる独自の価値があるでしょうし、そこを突き詰めていきたいと思っています。それが、2030年に向けた個人的な目標です。


■取材後記

岡氏は、千葉大学大学院で庭園デザインを学んでいた。そこから、Webマーケティング会社であるIMJに就職し、さらにVC投資家の道へと転進した。金融業界出身のVCが主流の中で、自身がいくつものトランスフォーメーションを重ねてきた岡氏は、異彩を放っている。それだからこそ、レガシーな事業をデジタルトランスフォーメンションで蘇らせる「X-Tech」というミッションを、いくつも成功に導いてこられたのかもしれない。2030年に向けて、岡氏と、スパイラルベンチャーズがどんな変貌を遂げていくのか、今後も注目していきたい。

(構成:眞田幸剛、取材・文:椎原よしき、撮影:齊木恵太)