日本のイノベーションを牽引する一般社団法人Japan Innovation Network(JIN)専務理事 西口尚宏氏が、目まぐるしく変化を遂げているイノベーション経営の世界動向について解説。各国で行われている数々の国際会議の現場に足を運び、西口氏が感じていることとは?――「グローバル動向×イノベーション」と題して実施されたスピーチの模様をお届けする。

※このキーノートスピーチは、オープンイノベーションプラットフォームeiiconが主催したイベント「Japan Open Innovation Fes 2019(JOIF2019)」にて実施されたものです。


<本トークセッションのポイント>

●経営の焦点が、「効率性の追求」+「創造性の追求」に変化。その中でも「創造性の追求」は、個人技から組織技に移行している。

●2013年にISO「国際標準化機構」の取り組みとしてTC279が発足し、イノベーション経営の標準化が議論されている。

●産業史上初のイノベーション経営の国際規格であるISO56000シリーズが議論され、国際合意が進んでいる。

●「オープンイノベーションの目的は競争力の強化である」と、世界各国で明確に共有されている。

●世界各国でスタートアップエコシステムが強化され、国家間の「陣取り合戦」が進んでいる。

●企業のイノベーション活動を個人技で頑張る時代は過ぎた。イノベーションマネージメントシステムという考え方で、イノベーション活動を実行するためのOS(オペレーションシステム)として、イノベーション経営システムの導入の可否が問われる時代が目前に迫っている。


<SPEAKERS>

■一般社団法人Japan Innovation Network専務理事 西口尚宏氏

日本長期信用銀行、世界銀行グループ人事局(ワシントンDC)、マーサー社(ワールドワイドパートナー)、産業革新機構 執行役員等を経て現職。大企業からイノベーションは興らないという定説を覆す活動に注力。イノベーション経営を推進する経営者のコミュニティ「イノベーション100委員会」を経産省や株式会社WiLと共同運営するなど経営者の役割の重要性と具体的な企業内アクセラレーションプログラムの運営に焦点を当てる。オープン・イノベーション活動としてSDGs(持続可能な開発目標)をイノベーションの機会として捉える「SHIP(SDGs Holistic Innovation Platform)」をUNDP(国連開発計画)と共同運営。ISO TC279 委員。主な著書に、『イノベーターになる:人と組織を「革新者」にする方法』(日本経済新聞出版社、2018年)


■「創造性の追求」が、個人技から組織技に移行している

Japan Innovation Network専務理事 西口と申します。本日、私がお話しするセッションの主なテーマは、「競争力強化」、「アントレプレナーシップ」、「国連システムとSDGs」、「国際標準化」の4つです。

今日は、この4つの観点に関わっている私の立場として、感じていること、起こっている変化、今後起こりそうな変化を中心に、お話をしていこうと思っています。どこかのウェブサイトに載っているような話では無く、月に1〜2度、海外で出席する国際会議や国際交渉の場で感じていることを、そのままお伝えするセッションとなります。

まず結論です。ほとんどの既存企業は「効率性の追求」について、本当に力を注いできたと思います。しかし今はそれに加え、「創造性の追求」に軸足が移っています。これを両方やる必要があるということが、ほぼ全ての国の皆さんとの共通認識と言えるでしょう。ただ、「創造性の追求」について、今までは個人の創造性を追求すれば良かったのですが、組織能力として創造性の追求に大きく舵を切り始めています。日本だけではなく、欧州、アジア各国、アフリカ、北米、南米ともに、そういった動きが加速しているとご理解ください。


■「イノベーションの標準化」の議論が進む

全体の話をする前に、歴史を少し振り返ります。以下の図は、2008年から今日に至るまでに起こったことを私なりにまとめたものです。私の独断と偏見で選んでいますので、これ以外に色んなイベントが起こっていますが、私の視点から見て非常に重要なものが、いくつかあります。

特に2013年と2015年は、非常に重要な年になっています。2008年から2013年にかけて、スペインがリーダーシップを執り、EUの中でイノベーション経営の標準化が進められました。2013年には実際にEU内でイノベーション経営のガイダンスが出ています。

その結果、いくつかのEU加盟国は、国からの研究開発補助金・予算を得るために、EUが定めたイノベーション経営の認定を取らないと補助金がもらえない状況になりました。つまり、イノベーションの方法論を持たない企業・組織には、国はお金を出さないということが、EUの中で既に起こっています。それを受けて2013年に、イノベーション経営の標準化を議論する「ISO/TC 279」という部会がフランス主導で立ち上がりました。日本は2015年からISO/TC 279に参加しています。私は国から依頼を受けて、この議論に日本の代表としてずっと参加し、規格案作りを行ってきました。日本では国内審議会の委員長をやっています。

一方、日本においては、オープンイノベーションが産業政策として初めて世に出たのは、実はちょうど10年前の2009年です。当時、経済産業省が出した「知識組替えの衝撃」という非常に先進的なレポートがありますが、世の中がまさに知識を組み替えながら競争力を高めている時代に、日本は自前主義で、このままでは国が沈むという問題意識の中、オープンイノベーション自体を政策として出し、産業革新機構がそれを実行するための官民ファンドとして作られたという歴史があります。

機構自体の是非については色んなご意見もあると思いますが、お伝えしたいのは2009年の段階でオープンイノベーションが、日本の産業政策の中で非常に重要だという意識を持たれていたことです。それによって産業革新機構がつくられ、リスクマネーを大量に供給することが始まったわけです。


■各国のエコシステムが強化され、「陣取り合戦」が行われる

次にお話したいのは、「競争力強化」というテーマです。さまざまな国の方々と意見交換をしていますが、オープンイノベーションの目的は、競争力の強化であると、明確に共有されているんですね。サウジアラビアの人も、マレーシアの人も言うし、どの国の人も、自国の競争力をいかに高めるか、自国の産業界の競争力をいかに高めるか、そのためにオープンイノベーションをやろうではないか、という議論をします。

「共に創る」のは手段であり、「共創すること」が目的ではないんです。最終的な目的は、自国の競争力、自国の産業力を強めることにあります。そういう意味では、他国との連携において、彼らがそのように思っているを見逃すと、実は陣取り合戦をやっているのに、それをしている意識が無いままコラボレーションを進めてしまうことになります。

次に、スタートアップエコシステムを世界がどう見ているかについてお話しします。グローバルアントレプレナーシップネットワーク(GEN)という、170か国それぞれに代表を置いて国ごとの連携を加速するネットワークがあり、その日本代表を私が務めていますが、そこで強く感じるのは、170か国が一斉にアントレプレナーシップを強化する時代になっているということです。

南アフリカのケープタウンのコワーキングスペース、非常に綺麗です。先日、スウェーデンのストックホルムやドイツのボンに行きましたが、どの街に行ってもコワーキングスペースがごく当たり前のようにあり、中には極めて大規模なコワーキングスペースがあります。そこで、様々なトレーニングプログラムが提供されており、そしてグローバルレベルのメンタリングを受けることができます。さらに、その場にいる人だけでなく、デジタルで繋がったメンタリングを提供するのは、ある種当たり前になっています。

その中で、各自皆さんが、色んな相談をしながら、ものを決めていくわけなんですが、冷静に考えていただきたいのは、コワーキングスペースあるいはアイデアソン、ビジネスモデルトレーニング、ハッカソン、その他様々な同じような取り組みが、例えば170か国で同時並行で起こるとどうなるか?ということなんですね。さらに、各国の皆さんはエコシステムという言葉を使います。

自国のエコシステムを強化し始めると、何が起こるか。陣取り合戦なんです。ある種、パイの奪い合いになります。日本も含めてどの国も、エコシステムの重要性、もしくはシステムの重要性を分かりつつ、まだデザインをしている初期段階なんですが、各国の間で、陣取り合戦が今激しく起こっていると考えていいと思います。

そんな中で、例えば各国は自国のエコシステムを強化して、宣伝します。オランダの王子は数か月前に日本に来て、自国のスタートアップの宣伝をして帰っていかれました。スウェーデンでも、デンマークでも、ケニアでもナイジェリアでも、世界各国でスタートアップのエコシステムが、どんどん出来上がっている。どの国に行っても、だいたい同じことをやっています。まさに、色んなツールがあって、デザイン志向だったり、ビジネスモデルキャンバスみたいな話は、ごく当たり前の共通言語として、皆議論しています。


■SDGsの解決のために、国境や地域を越えて連携が進む

次に、SDGsの話をします。2017年には国連でSDGsに民間セクターを巻き込む議論が、ごく普通に起こっていました。やり方がよく分からないけど、それは必要だね、という議論が当たり前に起こっていたのです。そして5月には、ドイツのボンで国連の正式なSDGsイベントである「SDG グローバルフェスティバル オブ アクション 2019」(SDG Global Festival of Action 2019)が開催され、数十か国の方が集まって、様々なピッチコンテストをしたり、ネットワーキングをしたり、あるいはお互いのツールの紹介をし合っていました。

そこで感じたのは、SDGsに代表される社会課題の解決に対して、国境や地域を超えて、スタートアップが連携する時代になったということです。ヨーロッパや北米だけではなく、アジア各国でもSDGsを通じたイノベーション活動は盛んになってきています。

一言でいえば、イノベーション活動はある種当たり前になっていて、手法もほぼ共通化されていて、だいたいやっている内容も似ています。世界の経験値が高まり、それを受けて、イノベーション経営の進め方がISO56000シリーズに整理され、イノベーション活動をするためのOSの国際標準化が進んでいます。――これは、最終案が実は確定していまして、この夏ぐらいに世に出る段階にまで来ています。


■イノベーションの「型」が必要

私が専務理事を務めるJINは経済産業省さんと連携し、イノベーション100委員会を通してイノベーション経営を推進する経営者のコミュニティを作っています。そこでは、「何がイノベーションを阻むのか」という声を経営者・CEOの方々に聞いていますが、以下のような5つの課題に集約されます。

これを世界各国の方々にお見せすると、皆さん「私の国の大企業でも中小企業でも全く同じだと」とおっしゃいます。大企業、もしくは中堅企業がイノベーション起こしにくいという話をよくしますが、これは日本特有の問題というより、企業が一定の規模になると、自然と起こる問題なんですね。

こうした課題を踏まえて何が起こったかというと、先程お話した通り、グローバルでは企業の競争力を強化するために、イノベーション経営の国際標準であるISO56000シリーズをつくろうという話になりました。

私は、これを作った理由を聞きましたが、回答はとてもシンプルなものでした。「EUは、シリコンバレーではない」と。ヨーロッパ人は失敗すると、格好悪いし恥ずかしいので、できれば失敗せずに事業をやりたいんだと。そのときにシリコンバレーの真似をしろと言われても、ヨーロッパ人は基本的にできませんと。――だから、ある種の「型」が必要だったので、EUでこれを作ったと極めて明快な回答でした。

私は、それを聞いたときに、これはかなり日本にも当てはまる話だなと思ったのです。実はEUや日本だけではなく、世界各国で同じこと言います。だから、問題は共通なので、皆で解決策をつくろうという発想ですね。

では、イノベーションの標準化を議論する「ISO/TC 279」はどういう話をしているのか。キーワードは「イノベーションマネージメントシステム」なんですね。「イノベーションの起こし方」ではなくて「イノベーション活動のマネージメント」をシステムとして実行するという考え方で、これについては非常に大きなディベートがありました。

フランスがこの議論を始めたんですが、参加者がいわゆる学者の集まりではなく、各国でイノベーションマネージメントを支援しているコンサルタントや個人事業主、あるいは自社内でイノベーションを起こしてきた人たちばかりなんですね。そんなこともあって、非常にヒートアップした議論が続きました。


■経営システムとして、イノベーションが導入される

最後にお伝えしたいのは、「競争力強化」、「アントレプレナーシップ」、「国連システムとSDGs」、「国際標準化」の4つのポイントを繋げるとどんな変化が起こるのか。――企業と企業の間で、お互いが選ぶ時代になります。つまり、企業と企業、スタートアップと企業、あるいは研究機関と企業で連携する際に、「あなたの会社のイノベーションマネージメントシステム(IMS)について教えてください」という会話が始まります。貴社のIMSはどういう状況ですか?と。

これは、非常に恐ろしいことで、例えば海外のスタートアップの皆さんが、「A社さん、当社に対して大変関心を示してくださり、ありがとうございます。ところで、お宅のイノベーションマネージメントシステムはどうなっているんですか?」という会話を、普通にし始めます。――システムとしてイノベーションを起こす力がある会社と、引き続き個人技に依存している会社では、エコシステムをつくれるかどうか、差が出てくる時代が目の前まで来ているのです。

このイノベーションマネージメントシステムを最も熱心に導入しようとしている国が、中国です。イノベーションマネージメントシステムを全ての組織に導入し、やがて中国をイノベーション国家に生まれ変わらせる、ということをごく普通に、かつ公式発言で中国の方はおっしゃっています。

そういう意味で、やがてイノベーションマネージメントシステムを持っているかどうかが企業と企業の連携で普通に会話ができないと、提携の相手にすらされない。そういう時代がすぐそこに来ています。繰り返しますが、個人技で頑張る時代、特定の役員だけで頑張る時代ではもはやなくて、イノベーションマネージメントシステムという考え方で、経営システムとしてイノベーションが導入されているかどうかが問われる時代がもう目前にまで迫っているのです。

時間になったと思いますので、ここで締めたいと思いますが、私がもう一度お伝えしたことは、イノベーションの標準化であるISO56000シリーズが発効される数か月前というのが今日現在で、やがてそれは世界中に広がっていきます。今のうちにこうした状況を吸収し、人より早く始めて早くできるようになるのが、今の私たちには必要ではないかと思います。今後JINもISO56000シリーズを作ってきた組織として、積極的にエグゼクティブプログラムや56000シリーズを理解し、実践するプログラムを多数提供していきます。どうもありがとうございました。


※eiiconが2019年6月4日〜5日に開催した「Japan Open Innovation Fes 2019(JOIF2019)」では、各界最前線で活躍している多くのイノベーターを招聘。11のセッションを含む様々なコンテンツを盛り込んだ日本におけるオープンイノベーションの祭典として、2日間で述べ1060名が来場、経営層・役員・部長陣が参加の主を占め、多くの企業の意思決定層が集まりました。JOIF2019の開催レポートは順次、以下に掲載していきますので、ぜひご覧ください。

(構成・取材・文:眞田幸剛、撮影:加藤武俊)