オープンイノベーション界隈に身を置き、数多の事例を見てきている業界人たちの知恵をオープンにしてしまおうという企画「オープンイノベーターズバトン」。ADK 寺西藍子氏からバトンを繋いだのは、株式会社マクニカ 新事業本部でヘルスケア領域において、新規事業を推進する幸村潮菜氏です。

幸村氏は2003年に楽天株式会社に中途入社し、約10年の間に EC事業責任者、営業統括部長を経て、全社グローバル戦略に連動した新規事業プロジェクトを担当。その後、数社のスタートアップで経営に携わり、自身も起業を果たしました。2017年にジョインした技術商社・マクニカでは、生活習慣病患者向けソフトウェアを開発するスタートアップ・Save Medicalに1億円の出資を行い、自身も取締役として参画しビジネスをサポートしています。

――第5回目となる「オープンイノベーターズバトン」では、スタートアップ〜起業〜大企業とあらゆる「場」で新規事業を経験した幸村氏から、オープンイノベーションを成功に導く秘訣をお伺いしました。

株式会社マクニカ 新事業本部 ヘルスケア事業推進室長 

株式会社Save Medical 取締役 

幸村潮菜 氏

大学卒業後、教育系の企業へ新卒入社。2003年5月に楽天株式会社に転職。その後、IPOを目指すベンチャー企業だった株式会社ロックオンを経て、株式会社イノーバを共同創業。その後、ランサーズ株式会社へ。2017年2月に株式会社マクニカに入社し、現在に至る。


■ベンチャー経験後の起業で、修羅場をくぐる

これまでにいくつかの上場前後のスタートアップで働いてきましたが、ベースとなっているのは楽天での10年間ですね。楽天に入社したのは2003年でECの黎明期――まだ「電子商取引」と言われていた時代で(笑)。そこで経験を積みながら、慶應義塾大学ビジネス・スクールで経営も学びました。40代で起業した両親の影響もあり、企業経営に興味がありました。その後、産休をきっかけにロックオンというデジタルマーケティングの会社へ転職したのですが、上場を目前にして共同創業者にならないかと打診がありました。人生でそう何回もないチャンスだろうと、ロックオンを退職して起業することを決意したんです。

起業してからは、スタートアップならではの苦労を嫌というほど味わいました(笑)。事業内容をプレゼンして資金調達を行い、プロダクト作るために人を雇い、資金繰りを計算してまた調達……。このサイクルを繰り返しながら、資金を崩さずにマーケットを切り拓いていくのは、並大抵のことではないと実感しました。あるとき、2億円の出資を受けるために投資契約書を確認しましたが、こちらのリスクが大きな契約で、夫も弁護士の友人も絶対に止めた方がいいと助言してくれました。

――でも、ここで調達しないと会社が継続できない。家族には迷惑をかけまいと離婚の話まで出るくらいに追いつめられましたが、契約書に判を押しました。数億円の借金をするかもしれないというヒリヒリ感は凄まじく、胃を痛めたほどです。その後、私は共同創業者に株を譲渡することになり、楽天時代の同僚が役員を務めるランサーズから誘いがあったのでそちらで働くことにしました。


■起業から見えた、その先のキャリア

スタートアップで働き、起業まで経験したことで、私の中で問題意識が生まれました。スタートアップは実現したいビジョンに向けてチャレンジしますが、その実現のためには圧倒的にリソースが不足している。例えば、資金が不足すると、開発チームで受託案件などを受けるようになり、本来、力を入れるべきところにリソースを割けなくなってしまう。――そうした状況に対する問題意識です。

しかし、俯瞰して見ると、大企業のR&D費は膨大でトヨタは約1兆円もある。2億円調達するだけであんなにヒリヒリしていたのに、大企業にはヒト・モノ・カネのアセットが凄くあるんです(笑)。これにレバレッジをかけることができれば、新しいものが生み出せるなと感じました。オープンイノベーションが日本で注目され始めており、大企業側から新規事業を立ち上げるのもありかなと思ったんです。今まで全く選択肢になかった大企業で働くことが、現実味を帯びてきました。


■ベンチャーマインドも、新規事業への本気度もある大企業・マクニカへ

そして数ある大企業の中でマクニカに転職した最大の理由は、裁量・権限があるポジション且つ意思決定者の近くで仕事をしながら、スピード感を持って進んでいけると確信できたからです。新規事業は意思決定者と話せないと前に進みません。私が所属する新事業本部は社長の直下にあり、現在も2名の役員と非常に近い距離で業務を行っています。

さらに、マクニカ自体が新規事業に本気で取り組み、会社をさらに成長させたいと思っている部分も魅力に感じました。マクニカは創業者である会長や経営陣が、既存ビジネスに加え、第2、第3の柱を常に考えています。裁量もベンチャーマインドも新規事業への本気度もある会社なのです。


■2000人の前でビジョンを語った、初仕事

2017年2月、マクニカに入社した当初は、私が新規事業で何をするかは、まだ決まっていない状態でした。そんな中での初仕事は、年1回全社員が集まる経営計画発表会で約2000名の前で新規事業を通して何を実現するか、ビジョンを発表すること。

そこでスピーチした内容は、スタートアップの苦労と夢です。「私は過去に怪しいスタートアップに入ってしまった。やたらと大きな夢を語る、元・金融マンが経営者。ECサービスを手がけていましたが当時は知名度もなく、100本営業電話をして、1本繋がるような時代だった。とても厳しい道のりだったが、ブロードバンドの普及とともに事業は好転。今ではスペインのサッカーチームのスポンサーとなり、グローバル企業へと成長を遂げた。日本のリーダーになると語っていたあの人は、その目標を本当に実現させた。――それは、楽天です」といったことをお話ししたのです。

さらに、マクニカがこれからさらに大きくなるためには、社会性のある領域へ投資することが必要だとスピーチしました。企業理念である「足下に種を蒔き続ける」のもと、海外のベンチャーや素晴らしい技術のある企業と業務提携し、今まで日本そしてアジアの発展に貢献してきた。だから、私たちは別の領域でも実現できるんだと。このスピーチが社員のみなさんに届き、それからさまざま部門の方が協力してくれるようになりました。


■今後のマーケットを見据え、Save Medicalに1億円を出資

経営計画発表会に登壇した後、挑戦する新しい事業ドメインの一つをヘルスケア領域に定め、連携するスタートアップをリサーチする中で出会ったのが、Save Medicalです。Save Medicalが面白いのは、海外で広がりを見せている生活習慣病患者向けのソフトウェア(治療を補助する単体プログラム医療機器)において、日本で先行者であること。一般的に、本格的なデジタルヘルス領域への参入障壁は高く、各種規制の対応や認可取得には専門性ある人材の確保と大型資金が必要で、不確実性の高い事業であることは理解していました。 ――ただ、そのリスクを承知したうえで、この領域にチャレンジしようとする創業者を心からリスペクトし、応援したいと思いました。

過去に起業した当時の経験があるので、出資におけるリスク・リターンをマクニカとSave Medical双方が理解できる形で通訳できます。マクニカの経営陣に対しては、リスクはあるが新しい産業の立上る可能性のあるこのフェーズでの参入にチャンスも学びも多くあると説得。Save Medicalと出会ってから、4ヶ月後には経営会議で稟議を通し、1億円の出資を実現しました(※)。今考えると、かなりのスピード感で動きましたよね(笑)。

Save Medicalが取り組むプログラム医療機器は、医薬品や医療機器単体ではできなかったイノベーションを起こせる成長産業として、アメリカ、そして日本でも注目が高まっています。ただ、厚生労働省の認可などを含めるとサービスやプロダクトの開発は長期にわたります。それを私たち大企業側にいる人材が理解しサポートしながら、新たな産業を生み出していく。――そのことで社会貢献ができればいいなと思っています。

 ※参考リンク 「マクニカ、デジタルヘルス製品の開発を手掛けるSave Medicalへ出資」


■スピード感がないと、何も実現できない

必要であれば、臨時で経営会議を開くこともあります。Save Medicalへの出資のときも、臨時で経営陣を招集させてもらいました(笑)。スタートアップのスピード感は肌で知っていますし、時間が経つと他の企業にアプローチにされてしまう可能性もあります。

スタートアップの1カ月って、大企業の1年と言いますよね。楽天には、成功の5つのコンセプトというものがあり、その最後が「スピード!!スピード!!スピード!!」――つまり、重要なのは他社が1年かかることを1か月でやり遂げるようなスピードなんです。そんな企業にいたので、「待ち」の姿勢はあり得ません。前を向いて事業を作りに行く!というスタンスでコミットしています。


■スタートアップと大企業の「ハブ」となり、オープンイノベーションを仕掛けていく

今までの経験があるからこそ、スタートアップと大企業を繋ぐことができると思っています。双方が言いたいことに関しても、それぞれの意見を翻訳して両者に分かりやすく伝えられます。もともと私はIT・デジタル業界出身なので、既存産業とデジタルを繋げることも可能です。さまざまな場面で私は「ハブ」となり、最大限シナジーを発揮できる場所や領域はどこなのかを考え続けていきます。

これからは、スタートアップ、大企業、デジタル、非デジタル、産学連携といった研究機関なども含め、既存の枠組みにとらわれず大きな仕掛けも実現したいですね。他にも、海外のベンチャー投資やM&Aなど、大企業なら多くの選択肢があります。それらをどう組立て、繋いでいくか。方法はたくさんありますので、何が最適かをこれからも挑戦を続け、見つけていきたいと思っています。

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幸村さんのお話の中から、オープンイノベーションの成功のエッセンスとして導き出されるのは主に以下のポイントです。

●「意思決定者の近くのポジションを取る」……オープンイノベーションを実現するには、自身にも裁量が必要。そして、物事を迅速に進めていくために、経営層など意思決定者の近くにポジションニングしておく。

●「スピード感を意識する」……スピード感を持って、大企業が取り組んでいかなければならない。“事業を作りに行く”という姿勢がなければ、新規事業をカタチにすることはできない。

●「スタートアップと大企業。双方の翻訳に努める」……スタートアップと大企業は、カルチャーも人材も、考え方すらちがう。メリット・デメリットを双方の立場になって伝えないと、お互いが理解し合うことは難しい。

次回はカナダ大使館でイノベーション施策を担当するロウェナ・コウさんが登場!――マクニカ・幸村さんからの「オープンイノベーターズバトン」を繋ぎます。 

(構成・取材・文:眞田幸剛、撮影:加藤武俊)